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第二十五話 ダブルデート①

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 そして来たるダブルデート当日。
 来訪の知らせが届き、ヒューパート様と共に表へ出ると、そこには恭しく頭を下げる二人の人物がいた。

「ごきげんよう、ヒューパート皇太子殿下、ジェシカ妃殿下。ヴェストリス侯爵家長女アンナ・ヴェストリスでございます」
「リドルマ侯爵家のレイフと申します。お二人にお会いできて光栄にございます。婚約者のアンナが妃殿下にいつもお世話になっています」

 ダブルデートのお相手である、アンナ嬢とその婚約者の侯爵令息レイフ様だった。
 縦ロールに巻いたワインレッドの髪に紅いドレスという派手な装いのアンナ嬢に対し、黒髪に濃紺の礼服姿のレイフ様ははっきり言って控えめな印象だ。

 そして、二人の背後にはヴェストリス侯爵家の家紋が入った豪勢な馬車が停まっている。
 お忍びのはずなのに全く貴族であることを隠す気のないその馬車は実にアンナ嬢らしかった。

「こうしてきちんと言葉を交わすのは初めてだな。私は皇太子ヒューパート・レンゼ・ハパリンだ。この度はダブルデート……お忍びで街へ赴くのだったか。ヴェストリス侯爵令嬢、リドルマ侯爵令息、よろしく頼む」

 わたくしには決して向けることのない、完璧な貴公子の顔で言葉を返すヒューパート様。
 それをチラリと横目で眺めたあと、すぐにアンナ嬢たちに視線を戻して、わたくしは言った。

「アンナ嬢、レイフ様、お越しいただきありがとうございます。わたくし、お手紙をいただいてからずっと本日を楽しみにしておりましたの」

「まあ、嬉しいわ。そういうことならめいっぱい楽しまなくてはね」

 顔を上げたアンナ嬢はうきうきとした表情をわたくしへ向ける。
 その瞳を見れば彼女が言いたいことがわかった。

 ――ここまでお膳立てしてあげたのだから、私にも少しは対価があってもいいわよね?

 わたくしは頷くと、さっと手作り菓子を差し出す。それはヒューパート様に渡すために以前作ったものに改良を重ねたもので、受け取った彼女は非常に満足げだった。

 一方、レイフ様はわたくしとアンナ嬢の様子を静観。ヒューパート様はというと、アンナ嬢とレイフ様との距離を測りかねているのか、貴公子らしい親しみやすい顔のままで固まっている。
 それを見かねたらしいアンナ嬢が口を開いた。

「さて、ひとまず挨拶も終えたことだし、早速行きましょう?」

「そうしましょうか。――ヒューパート様」

 わたくしが名を呼ぶと、ヒューパート様は無言でこちらの腕を取った。
 あの偽りの甘々な日々の中で良き恋人を演じていた時とは大違いだ。しかし、その表情は少しばかり強張っているものの怒っているようには見えなかったので安堵する。

 そんなわたくしたちへ、アンナ嬢が生暖かい視線を向けてきているのには気づかなかったことにして、馬車に乗り込んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 城を出た馬車は、人通りの多い平坦な道を進んでいく。
 多くの人々がギョッとした顔でこちらを振り返り、指を指している。王城で何の催しもないのに貴族の馬車がこうして大通りを行くのは滅多にないことだから、驚くのも当然だった。

 こんなに目立っては身の危険が及びそうなものだが、馬車の御者はヴェストリス侯爵家が雇っている腕利きの護衛、他にも王家の影が見張りをしているので襲われるような心配はないだろう。

 などと考えつつ、わたくしは向かい側の座席で喋りまくるアンナ嬢の話に相槌を打っていた。

「せっかくだから国中の人気の場所を色々と回ってみようと思うの! 皇太子殿下もジェシカ妃殿下も忙しくいらっしゃったから新婚旅行なさっていないでしょう? これはいい機会だと思うわ」

「そうですわね」

「あ、言っておくけど私の前だからってイチャイチャを遠慮しなくても大丈夫よ。これはダブルデートだから、私たちもたっぷり色々甘いことさせてもらうわ」

「ええ、ダブルデートですものね」

 アンナ嬢はレイフ様に腕を絡め、ぴったりと寄り添っていかにも仲良さげにしている。いや、仲良さげではなく本当に良いのだろう。レイフ様はずっとアンナ嬢のことばかり見つめているし。
 ――わたくしとヒューパート様の関係性とはまるで違いますわね、と思ってしまう。

 ヒューパート様は馬車に乗ってから一度も、わたくしの方へ顔を向ける素振りさえ見せていなかった。

 とはいえ、そもそも今回のダブルデートはアンナ嬢がわたくしたちの関係改善を考えて行動を起こしてくれたからこそ行われることになったわけで、結果を出しさえすればいいのだ。

 わたくしは決意を新たにした。

「でももちろん主役はジェシカ妃殿下よ。だって今日はジェシカ妃殿下のお誕生日ですものね!」

「……そうだな。そう、だな」

 アンナ嬢に笑顔で頷いたあと、なぜかわたくしをチラリと見て言葉尻をすぼめるヒューパート様。
 昨年のことを思い出してなんとも言えない気まずい気分になったのだろう。あれはわたくしにとってもあまりいい記憶ではなかったし。

「皇太子殿下、たいへん無礼であることを承知で申し上げますが、何か憂いごとでも?」

「ああ、すまない。だが私は大丈夫だ。ジェシカへの贈り物を迷って迷って迷いまくって結局決められなかったなんていうことはないからな。今日のダブルデートとやらを私なりに満喫させてもらうつもりだ」

 ヒューパート様の言葉のわずかな切れ味の悪さに気付いたのだろう、そんなことを問いかけたレイフ様。しかしそれはヒューパート様によってすぐに否定される。
 その中でぽろっと贈り物に迷ったという話が差し込まれていてギョッとしたが、考えてみれば確かにダブルデートなどに誘われたせいで本来渡す気のなかったわたくしへのプレゼントを急遽用意しなければならなくなった彼はさぞ大変だろう。

 それでも――。

「できれば適当なものではなく、今年こそはそれなりに選んだものを渡していただきたいものですわね……」

 それがわたくしの偽らざる思いだった。
 もちろんヒューパート様本人には言わないし言えないことだけれど。



 それからもしばらくアンナ嬢やレイフ様と雑談を交わしているうち、王都のはずれのある店の前に馬車がゆっくりと停まった。
 薄紅色の垂れ幕、店の前に白や黄色の花々が植えられ、とても可愛らしい外観をしていた。

「ここは王都で有名なカフェ。貴族子女のお忍び先として一番人気なの。メニューも充実しているわ」

「まあ、今日の僕たちは全くお忍びに見えないからドン引きされそうですけどね」

「細かいことはいいのよ。さ、入りましょう」

 わたくしたちより先にさっさと店内へ入っていくアンナ嬢たち。
 その背中を見つめながら、わたくしの隣のヒューパート様は言った。

「今日はこ、恋人らしいことも……してやってもいいぞ。ヴェストリス侯爵令嬢たちの前で失態は犯せない」

「はい、ありがとうございます。ですがヒューパート様、本日ばかりは肩の力を抜いてもよろしいのではと愚考いたしますわ。これはあくまでお忍びですから」

 親しげな演技で仲の良い夫婦を装うというだけで終わらせたくはない。そんな気持ちを込めて口にした言葉だったのだが、なぜかヒューパート様は「ああ、うん」とどこか掴みどころのない反応だった。

 ――やはりサラ様をまだ想っていらっしゃる故、これはあくまで偽装夫婦を取り繕うための作業の一環と捉えていらっしゃいますのね。

 そこの認識を変えさせるにはどうしたらいいだろう。
 わたくしは思案しながら、ヒューパート様と共にカフェの店内へと足を踏み入れた。
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