生贄に向くタイプ〜閉じ込められたのは快適空間でした

鶫夜湖

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一章

第5話 読めるんですか

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「おはよーさん」
「おはよう……」

 目覚ましがないのでいつものように起きるかーと思った時間に起きて支度をしてステンドグラスの部屋に入ったら昨日の男がいた。
 フードをかぶったまま床に座っていた彼は立ち上がるとこちらに手を振ってきた。
 朝から元気そうである。

「おはようって言ったけど今昼なんだけどな!」
「そんな気はした……」

 体内時計別に正しくはなかったな。
 太陽の昇り降りがないんじゃ仕方がない。そういうことにする。
 昨日は泡風呂堪能した後すぐ寝たんだけどもう昼かあ。我ながらよく寝るな。

「本当に来るとは思わなかった」
「そうか? 夜はここにいるなって言われてただけであんたともう少し喋りたかったし」
「夜……」
「外が夜の時間って話だけど」
「それは分かってるけど関係あるのか?」
「うーん。昨日の夜何ともなかったのか?」

 彼が怪訝そうに首をかしげる。

「そう言われてもここに来てから何も起こってない」
「そうなのか?!」
「そうなんだよ。まったり過ごしてた」
「肝すわってんな……俺ですら異様な雰囲気を感じるんだが」
「異様、なぁ。どの辺りが?」
「どのって、まず立地から?」
「立地」

 知るはずもないことの恐ろしさなど分かるはずがない。

「えーっと。この場所住む場所としては到底向かない森の中なんだ。デカくて強い魔獣が山ほどいて危なすぎる」
「仲間大丈夫か!? 外で待ってるんだろ!」
「俺達結構強いパーティだからそれくらいは平気。待ってるだけなら体力の温存も回復だってできるし」

 彼は壁にもたれたままにこりと笑う。

「あとは建物の中とはいえひとつの音もしないほど静かなところ。静かなのに殺気を感じるところ。……まあ仲間が警告したっていうのが俺には一番大きいけどな」
「そうなのか。音は分かるけど俺には殺気なんて感じようがないしな。しかしなんだってそんなところまで来て食料の調達なんてしているんだ? 街に行けばいいだろう」
「……あんたこの世界の人間じゃないんだな?」
「え? なんで、そう思うんだ?」

 彼は少し俯いて、しばらく床を眺めていた。
 つ、と顔を上げた彼が自分の目を見る。

「街なんて。俺が知っているのは片手に入るくらいだ。点在していて……住んでる人も多くないし。それにこの辺じゃ七日歩いたってない」

 驚いて声も出せなかった。そんなに荒廃した世界ではないのだと漠然と思っていたからだろう。
 なんでも出てくる魔法の空間のせいだろうか。

 召喚されたのだからもしかしたら何かしら自分に役目があって、何かしら解決できることがある。そんな気もしていた。しかし自分に人口を増やすことはできない。街を発展させることもできない。特殊な力はないのだから。

「っても今まで通ってきたところがそうだったっていうだけで、もしかしたらまだ行っていない場所に大きな街がある可能性は十分にあるんだ。連絡が取れないから遠くがどうなっているのかが分からない。ただそれだけだ」

 俺が呆然としたからだろう。慌てた彼が手を振って付け加える。それに軽く笑うしか応えられなかった。
 しかし自分としては外の真実が知れるのは悪いことではない。外に出られる気がしなくても。

 あの外の壁の黒は目隠しだったのだろう。あの唸り声は本当にそこに魔獣がいたのだろう。
 鳴り止まない声はこちらからは見えないだけで向こうからは自分の姿がよく見えていたに違いない。腹の足しになるんだかならないんだか、しかし捕まえやすそうな弱い獲物の姿が。

「なあ、こんな狭い場所にいるものじゃない。この場所があんたに危険はなくとも……」
「残念。出れる場所がないんだよ」

 彼の言葉を遮るように言ってしまった。
 快適だからといって外に出ないというのは引きこもりと変わらないのかもしれない。いや建物の外には出ているのだが。決まった範囲の空間の中にいるのはどう呼ぶのだろうか。

 体感一週間ぶりの他人との会話は楽しい。返ってくる言葉はいいものだな。

「出られないのか? 何か手がかりはないか?」
「手がかり……」

 読めない本の山があることを思い出した。
 彼があの文字を読めるならそこから何かを見つけることができるかもしれない。

「自分じゃ読めない文字の本なら山ほどある」
「本なんてどこにあるんだ? あの部屋は食べ物しか入っていない」
「君が入っていたあの扉じゃなくてあっちの扉」

 彼が目を細めて自分の示した方向を見て首をかしげている。

「もしかして見えない?」
「いや、あの扉は最初から見えているけれど開かない」
「変なセキュリティだな」

 そう言ってスタスタと彼が開かないと言っていた、外に繋がる廊下に出る扉を開けた。

「うわ、普通に開いた……地味にショックだ。力はあるんだけどな」
「力の問題じゃないんじゃないか? 昨日君が開けてたあの扉君が開けるまでなかったぞ」
「は?」
「いや冗談じゃなくて。そういえばさっき俺が出てきた扉は見えたか?」
「いやあんた壁から出てきた」
「そうか……なんで疑問に思わないんだよ」
「壁抜けの魔法があるから別に」
「魔法か。火とか出せるのか?」
「出せる出せる」
「さっき言ってた魔物も倒せるのか」
「物によるけどな」
「ふーん」

 そんな話をしているうちに目的の扉の前だ。ガチャリと扉を開けると置いたままの丸い灯りが出迎える。
 グラデーションを作るついでに本棚に全ての本を収めるという謎の使命感に駆られ、それを完遂してしまったので以前と変わらず部屋は暗い。本棚に入りきらず余った本は床に積んでいるのだから窓の棚は開ければいいんだろうけど、つい。

「なんだこの本の山。見たこともない量だ」
「図書館とかなかったのか」
「としょ……? あー勉強に使う程度の本しか見なかったんだよ。どこかにあったのかもな」

 そして彼が適当に一冊手に取った。
 ペラリとページをめくってパラパラと先を見ていく。
 眉間にシワがよった気がした。

「これは違うな」
「何だったんだ?」
「何と言うか日記みたいな? まあここのことが分かる書物ではない」

 そう言うと先ほどの本を元に戻し次に取り掛かる。背表紙に書いてある題名も読めるのだろう。手に取るものと手に取らないものとある。

「しかし、なんでこんなに並びがぐちゃぐちゃなんだ?」
「……悪いそれ俺だ。読めないから色で合わせてしまったからそんなことに」
「あーそういうことか。ならまあいいことにしておいてやろう」

 そう言うと彼はまた読書を再開した。
 自分は未だ読むことが出来ないので読んでいる彼をぼーっと眺めていた。

「そういえば読めるんだな」
「失礼なこと言うなよ。字くらい読める」
「悪いそういう事を言ってるんじゃなくて、明らかに種類の違う文字が混ざってる気がするんだが」
「違う文字? 文字なんて何であろうと読めない文字なんてないだろう?」

 ここの世界のことがよくわからないからそれ以上は何も追求しなかったが彼もなんだか特殊なような気がした。
 本を読むことを再開した彼を再びなんとなく眺める。
 自分以外の人間と一緒に部屋にいるのが懐かしく他の部屋に行く気にならなかった。
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