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第4話 月光に長く棚引く追い人の影
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「その腕、どうしたんです倉橋さん! 怪我したんですか!?」
「やあ、逢沢さん。いいところに来てくれたね。背中に絆創膏を貼ってもらえないかな? 自分じゃ貼れなくて困ってたんだ」
そう言いながら、徐に着ていたTシャツを脱いで後ろを向いた。
ひええ。すぐ目の前に上半身裸になった倉橋さんがいる。
ドキドキして、その裸体をまともに見れないよ。
陽に焼けた肌に、痩せ型だけどサーフィンで筋肉のついた腕と背中がとっても素敵だ。
いや、しっかり見てるんだけどね。
その背中には、あちこちに突つかれたような傷跡があった。
「鳥の大群にでも襲われたんですか?」
受け取った絆創膏を貼りながら聞くと、倉橋さんは疲れ切ったように答える。
「いや、烏天狗(からすてんぐ)にやられたんだ」
「烏天狗、ですか?」
「うん、建長寺にある半蔵坊の庭園には、たくさんの烏天狗の銅像がある。その烏天狗がたまに実体化してそこらじゅうを飛び回り、訪れた拝観者に悪さを働くんだ。捕まえようとして追い回したら、この様だよ。あちこち突つかれてしまった」
「それで、どうしたんですか?」
「最後は三善くんが用意したドローンで神酒樽を空に飛ばして、彼らが大喜びで群がったところを投げ網で一網打尽さ。烏天狗は酒が大好物なんだ。やれやれ、参ったな」
「それは大変でしたね。絆創膏、貼り終わりましたよ」
「ありがとう、助かった」
倉橋さんはイテテと言いながら、ふたたびTシャツを首に通す。
「こりゃ、暫くはサーフィンするの無理そうだなあ」
「お医者さん、行かなくて大丈夫ですか?」
「このくらい平気だよ。それに、怪我しても消怪団の活動は労災が降りないしね」
ボランティアでやってるのに、消怪団も体を張っててなかなか大変だ。
「で、逢沢さんはこんな天気の良い休日、誰かと遊びに行ったりしないのかな?」
そう言われて、びくっとする。
確かに私はサヤカのようなリア充じゃないから、休日でもここに遊びにくるくらいしか考えが浮かばない。
なんだかそのことを、倉橋さんにも見透かされてるような気がする。
こんな時、倉橋さんと遊びたいんです、なんてさらりと言える性格だったらどんなに良いだろうか。
「いやその……これから始まる夏の怒涛のイベントラッシュに向けて素敵な写真を撮るために、今日は倉橋さんにカメラのことを教わろうと思いまして……」
なんでつまらない見栄を張る。私はバカだ。
「そうなんだ、いいなあ。逢沢さんって、リアも充実してるんだね」
いえいえ、違うんですって。
「僕なんて、ずっとこの写真館にいて、たまにあやかし退治とサーフィンくらいしかすることないからね。なんか、このままでいいのかって思うこともあるよ」
そう言う倉橋さんの顔は、どこか寂しげに見えた。
「倉橋さんって、前は東京で働いていたって聞いたんですけど」
「うん、そうだよ」
「東京に戻りたいって思わないんですか?」
そう尋ねると、倉橋さんはふと顔から表情を消して、窓の外を見つめた。
そして私は、ああ、まずいことを聞いちゃったかなと思い、後悔の念にとらわれる。
誰だって、触れられたくないことはある。私ならストーカーのことは倉橋さんに知られたくないし。
なのに私は倉橋さんの心に不躾に入り込んで、地雷を踏んでしまったのかもしれない。
倉橋さんはお父さんの病気が理由で鎌倉に戻り、やむを得ず写真館を継いだんだ。
まだ若いんだし、東京に戻って刺激的な毎日を送りたい気持ちが心にくすぶっていてもおかしくはない。
「……そんなことは、もう忘れたよ」
倉橋さんがこちらに向けた顔には、いつもの優しい笑みが戻っていた。
「僕には、生まれ育ったこの鎌倉が性に合っている。不思議な怪異に満ちたこの土地が好きなんだ」
「やあ、逢沢さん。いいところに来てくれたね。背中に絆創膏を貼ってもらえないかな? 自分じゃ貼れなくて困ってたんだ」
そう言いながら、徐に着ていたTシャツを脱いで後ろを向いた。
ひええ。すぐ目の前に上半身裸になった倉橋さんがいる。
ドキドキして、その裸体をまともに見れないよ。
陽に焼けた肌に、痩せ型だけどサーフィンで筋肉のついた腕と背中がとっても素敵だ。
いや、しっかり見てるんだけどね。
その背中には、あちこちに突つかれたような傷跡があった。
「鳥の大群にでも襲われたんですか?」
受け取った絆創膏を貼りながら聞くと、倉橋さんは疲れ切ったように答える。
「いや、烏天狗(からすてんぐ)にやられたんだ」
「烏天狗、ですか?」
「うん、建長寺にある半蔵坊の庭園には、たくさんの烏天狗の銅像がある。その烏天狗がたまに実体化してそこらじゅうを飛び回り、訪れた拝観者に悪さを働くんだ。捕まえようとして追い回したら、この様だよ。あちこち突つかれてしまった」
「それで、どうしたんですか?」
「最後は三善くんが用意したドローンで神酒樽を空に飛ばして、彼らが大喜びで群がったところを投げ網で一網打尽さ。烏天狗は酒が大好物なんだ。やれやれ、参ったな」
「それは大変でしたね。絆創膏、貼り終わりましたよ」
「ありがとう、助かった」
倉橋さんはイテテと言いながら、ふたたびTシャツを首に通す。
「こりゃ、暫くはサーフィンするの無理そうだなあ」
「お医者さん、行かなくて大丈夫ですか?」
「このくらい平気だよ。それに、怪我しても消怪団の活動は労災が降りないしね」
ボランティアでやってるのに、消怪団も体を張っててなかなか大変だ。
「で、逢沢さんはこんな天気の良い休日、誰かと遊びに行ったりしないのかな?」
そう言われて、びくっとする。
確かに私はサヤカのようなリア充じゃないから、休日でもここに遊びにくるくらいしか考えが浮かばない。
なんだかそのことを、倉橋さんにも見透かされてるような気がする。
こんな時、倉橋さんと遊びたいんです、なんてさらりと言える性格だったらどんなに良いだろうか。
「いやその……これから始まる夏の怒涛のイベントラッシュに向けて素敵な写真を撮るために、今日は倉橋さんにカメラのことを教わろうと思いまして……」
なんでつまらない見栄を張る。私はバカだ。
「そうなんだ、いいなあ。逢沢さんって、リアも充実してるんだね」
いえいえ、違うんですって。
「僕なんて、ずっとこの写真館にいて、たまにあやかし退治とサーフィンくらいしかすることないからね。なんか、このままでいいのかって思うこともあるよ」
そう言う倉橋さんの顔は、どこか寂しげに見えた。
「倉橋さんって、前は東京で働いていたって聞いたんですけど」
「うん、そうだよ」
「東京に戻りたいって思わないんですか?」
そう尋ねると、倉橋さんはふと顔から表情を消して、窓の外を見つめた。
そして私は、ああ、まずいことを聞いちゃったかなと思い、後悔の念にとらわれる。
誰だって、触れられたくないことはある。私ならストーカーのことは倉橋さんに知られたくないし。
なのに私は倉橋さんの心に不躾に入り込んで、地雷を踏んでしまったのかもしれない。
倉橋さんはお父さんの病気が理由で鎌倉に戻り、やむを得ず写真館を継いだんだ。
まだ若いんだし、東京に戻って刺激的な毎日を送りたい気持ちが心にくすぶっていてもおかしくはない。
「……そんなことは、もう忘れたよ」
倉橋さんがこちらに向けた顔には、いつもの優しい笑みが戻っていた。
「僕には、生まれ育ったこの鎌倉が性に合っている。不思議な怪異に満ちたこの土地が好きなんだ」
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