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第4話 月光に長く棚引く追い人の影
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坂下信郎(さかもと のぶお)。
1年前に、さとみが幹事の合コンで知り合った私の元彼だ。
みんなが盛り上がっている中、殆どしゃべらず、独りちびちびとウーロンハイを飲んでいるところを、なんだか寂しそうなので話しかけてみたのがキッカケだった。
俯き加減でぼそぼそと話す仕草に、最初はなんだか暗い人だなあという印象しかなかったのだが、真面目で誠実そうな性格になんとなく惹かれ、そのどこか儚げな表情についつい母性本能をくすぐられたこともあり、結果、付き合うことになったのだ。
だけど、付き合い始めてから早々に後悔するはめとなる。
とにかく、拘束が半端じゃないのだ。
早朝、まだ寝てようが、日中の仕事中だろうが、夜、帰りの満員電車に押しつぶされていようが、ひっきりなしに電話やメールが来る。
やれ、『寝てた?』とか、『いま、仕事中?』とか、『電車乗ってる?』とか。
そんなのわかってるのになんでいちいち確認するのさ、ってことから、友人と飲みに行くことを話してもないのにどこからか聞いたのか、『飲み会って誰と行くの?』『男は来ないよね?』『9時までには必ず帰ると約束できる?』などと矢継ぎ早に問い詰められ、薄気味悪い思いを何度もした。
世の中のほとんどの人がそうだと思うが、私も相手から極端に拘束されるのは嫌いなのだ。
心が冷めてしまい、ほどなく別れ話を切り出して、カフェで人目も憚らずさめざめと号泣するノブオを残し(それでも好きは好きだっただけに感極まった私もつい号泣してしまったが)、短かかった付き合いは終わりを告げた。
と思っていたのだが、それからが大変だった。
いわゆる、典型的なストーキングが始まったのだ。
毎晩かかってくる無言電話(非通知にするのを常に忘れてるから、本人だとバレてるけど)。
ドアノブに掛けられた怪しげなプレゼントの袋(中にはなぜか、鯖の缶詰や野菜ジュースなんかが入っていた。健康を気遣うお母さんの仕送りじゃないんだから)。
そして、深夜にアパートの前に立つ不審な人影(と言うか、ひょろりとしたシルエットですぐ彼だとわかる)。
さすがに怖いし我慢できなくなって、さとみに同席してもらい、ノブオをファミレスに呼び出した。
『あんたね、いいかげんにしなさいよ!』
のっけからさとみの強烈な激怒パワーに押され、ノブオは終始俯いたまま、ごめんなさい、もうしませんと繰り返した。
だけど、それから暫く経って忘れかけた頃に、またストーキングが始まったのだ。
今度は、毎晩部屋のドアの前に黙って立ち尽くすという最悪の形で。
鎌倉に急遽引っ越したのは、それが理由のひとつでもある。
『ノブオがどうした? やつめ、まさかまた現れたんじゃないだろうね?』
友情に熱く姉御肌でもある、さとみの心配げな声がスマホから聞こえて来る。
「いや、どうも鎌倉に来てたみたいなんだよね」
『来てたみたい、ってどういうこと?』
あやかしカメラのカメ吉にノブオが写っていた、と説明して理解してもらうのはなかなか難しい。
「うん、まあ気のせいかもしれないけど……とにかく、さとみはあれからノブオを見かけてないんだよね? 今、どうしてるかも知らないんだ?」
『……あのさ、加奈』
さとみの声が、心配気なトーンに変わる。
『またノブオのストーキングが始まったんなら、すぐに私に教えてよね。今度こそ、完膚なきまでにとっちめてやるからさ。場合によっては、一緒に警察に行ってもいい』
「うん、わかった。ありがとう」
通話を切ると、ちょうど目の前が和田塚写真館だった。
念のため、今一度あたりを見渡すが、それらしき怪しい姿は見当たらない。
もしかすると、カメ吉に写っていた男は他人のそら似だったのかも。
ほっと息を吐きながらドアを開けて中に入る。
店の中では丸椅子に座った倉橋さんが顔をしかめながら、腕中に貼られた絆創膏を眺めていた。
1年前に、さとみが幹事の合コンで知り合った私の元彼だ。
みんなが盛り上がっている中、殆どしゃべらず、独りちびちびとウーロンハイを飲んでいるところを、なんだか寂しそうなので話しかけてみたのがキッカケだった。
俯き加減でぼそぼそと話す仕草に、最初はなんだか暗い人だなあという印象しかなかったのだが、真面目で誠実そうな性格になんとなく惹かれ、そのどこか儚げな表情についつい母性本能をくすぐられたこともあり、結果、付き合うことになったのだ。
だけど、付き合い始めてから早々に後悔するはめとなる。
とにかく、拘束が半端じゃないのだ。
早朝、まだ寝てようが、日中の仕事中だろうが、夜、帰りの満員電車に押しつぶされていようが、ひっきりなしに電話やメールが来る。
やれ、『寝てた?』とか、『いま、仕事中?』とか、『電車乗ってる?』とか。
そんなのわかってるのになんでいちいち確認するのさ、ってことから、友人と飲みに行くことを話してもないのにどこからか聞いたのか、『飲み会って誰と行くの?』『男は来ないよね?』『9時までには必ず帰ると約束できる?』などと矢継ぎ早に問い詰められ、薄気味悪い思いを何度もした。
世の中のほとんどの人がそうだと思うが、私も相手から極端に拘束されるのは嫌いなのだ。
心が冷めてしまい、ほどなく別れ話を切り出して、カフェで人目も憚らずさめざめと号泣するノブオを残し(それでも好きは好きだっただけに感極まった私もつい号泣してしまったが)、短かかった付き合いは終わりを告げた。
と思っていたのだが、それからが大変だった。
いわゆる、典型的なストーキングが始まったのだ。
毎晩かかってくる無言電話(非通知にするのを常に忘れてるから、本人だとバレてるけど)。
ドアノブに掛けられた怪しげなプレゼントの袋(中にはなぜか、鯖の缶詰や野菜ジュースなんかが入っていた。健康を気遣うお母さんの仕送りじゃないんだから)。
そして、深夜にアパートの前に立つ不審な人影(と言うか、ひょろりとしたシルエットですぐ彼だとわかる)。
さすがに怖いし我慢できなくなって、さとみに同席してもらい、ノブオをファミレスに呼び出した。
『あんたね、いいかげんにしなさいよ!』
のっけからさとみの強烈な激怒パワーに押され、ノブオは終始俯いたまま、ごめんなさい、もうしませんと繰り返した。
だけど、それから暫く経って忘れかけた頃に、またストーキングが始まったのだ。
今度は、毎晩部屋のドアの前に黙って立ち尽くすという最悪の形で。
鎌倉に急遽引っ越したのは、それが理由のひとつでもある。
『ノブオがどうした? やつめ、まさかまた現れたんじゃないだろうね?』
友情に熱く姉御肌でもある、さとみの心配げな声がスマホから聞こえて来る。
「いや、どうも鎌倉に来てたみたいなんだよね」
『来てたみたい、ってどういうこと?』
あやかしカメラのカメ吉にノブオが写っていた、と説明して理解してもらうのはなかなか難しい。
「うん、まあ気のせいかもしれないけど……とにかく、さとみはあれからノブオを見かけてないんだよね? 今、どうしてるかも知らないんだ?」
『……あのさ、加奈』
さとみの声が、心配気なトーンに変わる。
『またノブオのストーキングが始まったんなら、すぐに私に教えてよね。今度こそ、完膚なきまでにとっちめてやるからさ。場合によっては、一緒に警察に行ってもいい』
「うん、わかった。ありがとう」
通話を切ると、ちょうど目の前が和田塚写真館だった。
念のため、今一度あたりを見渡すが、それらしき怪しい姿は見当たらない。
もしかすると、カメ吉に写っていた男は他人のそら似だったのかも。
ほっと息を吐きながらドアを開けて中に入る。
店の中では丸椅子に座った倉橋さんが顔をしかめながら、腕中に貼られた絆創膏を眺めていた。
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