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25回目の結婚生活
いつもの味
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仕事から帰宅し、玄関を開けた瞬間、甘辛い香りが押し寄せてきた。
(……これは……間違いない、カツ丼だ)
誠は靴を脱ぐ速度を倍に上げる。香りだけで白米を半分はいけそうなこの匂い――それは「今日はカツ丼です」という美咲からの無言のプレゼントだった。
「おかえりー!」
キッチンから、美咲がエプロン姿で手を振る。頬がほんのり赤く、目がきらきらしている。
「今日はね、カツ丼だよ!」
誠は心の中で「よっしゃ!」と叫んだ。
カツ丼は料理上手の美咲メニューの中でもトップ3に入る一品。過去数回、その味に胃も心も完全に落とされた。
⸻
味噌汁で舌を温め、満を持してカツ丼に箸を伸ばす。衣はタレをたっぷり吸い、玉子の黄色が食欲を誘う。
一口――
(……おや?)
美味しい。間違いなく美味しい。だが、いつものカツ丼とは違う。
(……生姜?)
甘辛のタレの中に、生姜のピリッとした香りが強く漂っている。いつもの優しい甘みより、キレのある後味が目立つ。
「ふふふ……どう?」
美咲の期待に満ちた瞳が誠を直撃する。
(くっ、この“どう?”は地雷の引き金だ)
誠は知っていた。料理の感想というのは、地雷原で全力疾走するようなものだ。
過去24回の結婚で、何度その地雷を踏み抜いたか、数えるのも面倒だ。
⸻
ある元妻
「今日の味噌汁、ちょっといつも以上にしょっぱ……」
「え? しょっぱい? そんなことないでしょ! それに“いつも以上に”って何? 私の味噌汁は塩辛いって言いたいわけ?」
(※このあと3日間、味噌汁は姿を消した)
⸻
別の元妻
「チャーハン、ちょっと油多めじゃない?ちょっと油っこいというか…」
「じゃあ自分で作れば?」
(※このあと半年間、チャーハン封印)
⸻
更に別の元妻
「このハンバーグ、中がちょっと……」
「ちょっと何? 生? 焼きすぎ? はっきり言ってよ」
(※このあと二度とハンバーグは作られなかった)
⸻
更に更にに別の元妻
「パスタ、ちょっと塩少なめかも」
「減塩して健康考えてるのに!」
翌日やたら塩辛いパスタを嫌味のように出された。
⸻
(……だめだ、あの恐怖の連鎖がよみがえる)
誠は心を決めた。「遠回し褒め殺し作戦」だ。
「うん、美味しいなぁ! 今日は……なんだろう、新鮮な感じがするな!」
「でしょー? 今日は生姜を多めにしてみたの!」
「あー、生姜! いいね、爽やかだ!」
(よし……褒めは成功。だが俺は“いつもの甘いカツ丼”が食べたい)
「いやぁ、これはこれで最高なんだけど……やっぱり、あの……美咲のカツ丼を“最初に食べた時の衝撃”って、すごかったよなぁ」
「……つまり、いつものほうがいいってこと?」
「いやいやいや、そうじゃない! 今日のは“新境地”だ! ただ、あの初恋の味もまた捨てがたいというか……」
美咲がじっと見つめる。笑顔だが、目が細い。
(やばい、この表情……地雷まであと3センチ)
⸻
「そういえば、あの最初のカツ丼って、卵がとろっとして……」
「つまり今日の卵は固いってこと?」
「いやいやいや、そうじゃなくて!」
「“じゃなくて”が多いなぁ」
(……まずい。何を言ってもマイナスに受け止められてしまう。)
⸻
「ほら、銀座の有名店あるだろ? あそこのカツ丼より、いつもの味のほうが勝ってたんだよなぁ」
「今日のは?」
「今日のは……新しいジャンルで、別ベクトルで美味しい!」
「別ベクトルって便利な言葉だねぇ」
(……だめだ、全部かわされる)
「誠さんはさ、毎日同じ服着て楽しい?」
「いや、それは……」
「だから料理も毎日同じ味じゃつまらないの!」
その後美咲はより高みを目指すためにはチャレンジが大切だと力説した。俺は美咲のチャレンジ大事論に猛烈に賛成し、その日の危機を回避することに成功した。
しかしチャレンジを認めてしまった以上は、もうあのカツ丼には二度と出会えないのかもしれない。
内心、誠はうなだれた。
⸻
数日後、夕食に再びカツ丼が出た。
箸を入れた瞬間、甘辛の香りが広がる。生姜は控えめ、玉ねぎの甘みが主役――完全に“いつもの味”だ。
「今日は、生姜は?」
「入れてないよ。やっぱり誠さん、“いつもの味”のほうが嬉しそうだったから」
美咲が笑った。
「でもね、たまには変えるよ? 夫婦も料理も、マンネリはよくないでしょ?」
(……過去の妻たちは一度味を変えたら戻さなかった。でも美咲は、俺の好みも覚えてくれる)
カツ丼の湯気越しに、美咲が笑っている。
(25回目の結婚で、やっと“味を戻してくれる人”と出会えたのかもしれない)
誠はゆっくりと、いつもの甘いカツ丼を口に運んだ。
(ああ……やっぱり、これだ)
(……これは……間違いない、カツ丼だ)
誠は靴を脱ぐ速度を倍に上げる。香りだけで白米を半分はいけそうなこの匂い――それは「今日はカツ丼です」という美咲からの無言のプレゼントだった。
「おかえりー!」
キッチンから、美咲がエプロン姿で手を振る。頬がほんのり赤く、目がきらきらしている。
「今日はね、カツ丼だよ!」
誠は心の中で「よっしゃ!」と叫んだ。
カツ丼は料理上手の美咲メニューの中でもトップ3に入る一品。過去数回、その味に胃も心も完全に落とされた。
⸻
味噌汁で舌を温め、満を持してカツ丼に箸を伸ばす。衣はタレをたっぷり吸い、玉子の黄色が食欲を誘う。
一口――
(……おや?)
美味しい。間違いなく美味しい。だが、いつものカツ丼とは違う。
(……生姜?)
甘辛のタレの中に、生姜のピリッとした香りが強く漂っている。いつもの優しい甘みより、キレのある後味が目立つ。
「ふふふ……どう?」
美咲の期待に満ちた瞳が誠を直撃する。
(くっ、この“どう?”は地雷の引き金だ)
誠は知っていた。料理の感想というのは、地雷原で全力疾走するようなものだ。
過去24回の結婚で、何度その地雷を踏み抜いたか、数えるのも面倒だ。
⸻
ある元妻
「今日の味噌汁、ちょっといつも以上にしょっぱ……」
「え? しょっぱい? そんなことないでしょ! それに“いつも以上に”って何? 私の味噌汁は塩辛いって言いたいわけ?」
(※このあと3日間、味噌汁は姿を消した)
⸻
別の元妻
「チャーハン、ちょっと油多めじゃない?ちょっと油っこいというか…」
「じゃあ自分で作れば?」
(※このあと半年間、チャーハン封印)
⸻
更に別の元妻
「このハンバーグ、中がちょっと……」
「ちょっと何? 生? 焼きすぎ? はっきり言ってよ」
(※このあと二度とハンバーグは作られなかった)
⸻
更に更にに別の元妻
「パスタ、ちょっと塩少なめかも」
「減塩して健康考えてるのに!」
翌日やたら塩辛いパスタを嫌味のように出された。
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(……だめだ、あの恐怖の連鎖がよみがえる)
誠は心を決めた。「遠回し褒め殺し作戦」だ。
「うん、美味しいなぁ! 今日は……なんだろう、新鮮な感じがするな!」
「でしょー? 今日は生姜を多めにしてみたの!」
「あー、生姜! いいね、爽やかだ!」
(よし……褒めは成功。だが俺は“いつもの甘いカツ丼”が食べたい)
「いやぁ、これはこれで最高なんだけど……やっぱり、あの……美咲のカツ丼を“最初に食べた時の衝撃”って、すごかったよなぁ」
「……つまり、いつものほうがいいってこと?」
「いやいやいや、そうじゃない! 今日のは“新境地”だ! ただ、あの初恋の味もまた捨てがたいというか……」
美咲がじっと見つめる。笑顔だが、目が細い。
(やばい、この表情……地雷まであと3センチ)
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「そういえば、あの最初のカツ丼って、卵がとろっとして……」
「つまり今日の卵は固いってこと?」
「いやいやいや、そうじゃなくて!」
「“じゃなくて”が多いなぁ」
(……まずい。何を言ってもマイナスに受け止められてしまう。)
⸻
「ほら、銀座の有名店あるだろ? あそこのカツ丼より、いつもの味のほうが勝ってたんだよなぁ」
「今日のは?」
「今日のは……新しいジャンルで、別ベクトルで美味しい!」
「別ベクトルって便利な言葉だねぇ」
(……だめだ、全部かわされる)
「誠さんはさ、毎日同じ服着て楽しい?」
「いや、それは……」
「だから料理も毎日同じ味じゃつまらないの!」
その後美咲はより高みを目指すためにはチャレンジが大切だと力説した。俺は美咲のチャレンジ大事論に猛烈に賛成し、その日の危機を回避することに成功した。
しかしチャレンジを認めてしまった以上は、もうあのカツ丼には二度と出会えないのかもしれない。
内心、誠はうなだれた。
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数日後、夕食に再びカツ丼が出た。
箸を入れた瞬間、甘辛の香りが広がる。生姜は控えめ、玉ねぎの甘みが主役――完全に“いつもの味”だ。
「今日は、生姜は?」
「入れてないよ。やっぱり誠さん、“いつもの味”のほうが嬉しそうだったから」
美咲が笑った。
「でもね、たまには変えるよ? 夫婦も料理も、マンネリはよくないでしょ?」
(……過去の妻たちは一度味を変えたら戻さなかった。でも美咲は、俺の好みも覚えてくれる)
カツ丼の湯気越しに、美咲が笑っている。
(25回目の結婚で、やっと“味を戻してくれる人”と出会えたのかもしれない)
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(ああ……やっぱり、これだ)
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