25回目の結婚生活

ひがしの くも

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25回目の結婚生活

2センチの変化

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 その日、俺は妙に上機嫌だった。
印刷会社の一日はそれなりに慌ただしかったが、ちょっとした“男の株を上げる事件”が起きたのだ。

仕事から帰宅した誠は、ネクタイを緩めながらリビングに入った。
キッチンから顔を出した美咲が、笑顔で「おかえり」と言う。

「今日はな、経理の山本さんが髪を少し染めててな。すぐ気づいて褒めたら、女性陣から“さすが社長”って褒められたんだ。いつも細かい変化にも良く気づくって」

誠はどこか誇らしげに語った。
が、その瞬間、美咲が最高の笑顔で言った。


「凄いね、誠さん。私が3日前に前髪を2センチ切ったのには気づかないのにね!!」


……空気が一瞬で固まった。
誠の背中を冷たい汗が伝う。

リビングの時計の秒針が「カチ、カチ」とやけに大きく響く。

満面の笑みを浮かべる美咲。
笑顔に対してここまでの恐怖を覚えたのは初めてだ。

これは地雷。しかも高性能のやつだ。



(……落ち着け誠。ここで焦って謝ったら逆効果だ。まずは情報収集だ)

脳内で“名探偵誠”がトレンチコート姿で現れた。

『ふむ……事件の概要を整理しよう』
『三日前、妻・美咲は前髪を二センチカット。しかし夫・誠はその変化を見抜けなかった』
『本日、夫は職場女性の髪色変化には即座に反応し、褒めたことを報告』
『結果、妻の心に微細な傷が発生』


『容疑者:高梨誠。罪状:“妻の変化を見逃した罪”及び“他女性の変化を優先的に認識した罪”』
『刑罰予想:今夜の夕飯がやや塩辛くなる刑、または冷戦三日間の刑』

(くそ……過去24回の離婚経験からして、このパターンは危険だ)

探偵誠は歩きながらパイプをカチカチと叩く。
『直接謝罪は爆発の危険が高い』
『しかし放置はもっと危険だ。火種はやがて炎上する』




俺は一瞬、過去の元妻たちとの似た事件を思い出す。

• ある元妻
 「髪切ったんだね!」と言ったら「三週間前だけど」と返され、その後三日間冷戦。

• 別の元妻
 「パーマかけた?」と聞いたら「地毛だけど?」と言われ、地雷爆発。


• 更に別の元妻
 「今日はいつもと変わったの気づいた?」と聞かれ、髪を切ったことに気づかず、「ネイル変えた?」と言ったら「そこじゃない」と号泣された。

……こうして思い返すと、髪型関連は夫婦関係における“未処理爆弾”だ。


探偵誠がホワイトボードを広げる。

「作戦A:素直に謝罪」
 → 美咲:「じゃあなんで山田さんには気づけたの?」


「作戦B:お世辞でごまかす」
 → 美咲:「なに誤魔化そうとしてるの?」


「作戦C:ロマンチック理論」
 → “いつも最高に綺麗だから、そんな些細なこと気にしてないんだよ”
美咲:「他の女性のことは気にするのに?」


どの作戦でいくか。


(どれも爆発の可能性があるなら、素直に謝るしか……。美咲は怒ってるというより、きっとちょっと寂しいだけなんだ……)


誠は深呼吸し、美咲の目を見た。


「ごめん。本当に似合ってて自然すぎて、違和感がなかったんだ。……でも、次は絶対に気づくよ。約束する」

美咲は少し目を細め、口元がゆるんだ。

「じゃあ、罰としてデザート作って」




食後、誠はプリンを作って差し出した。
美咲はそれを一口食べ、ふふっと笑った。

「ねえ誠さん。私ね、別に気づかなくても怒らないよ。毎日ちゃんと見てくれてるのは分かってるから。でも、たまーに気づいてくれたら嬉しいの」

誠は一瞬、驚いた。
怒られて終わると思っていたのに、まさかの優しい結末。
彼女の包容力に、またやられた。

「じゃあ次からは“2センチの変化”も見逃さない探偵になるよ」

「うん、でも2ミリとかも見つけてね」

「それはもはや顕微鏡が必要だな……」

2人は笑い合い、張り詰めていた空気は、すっかり溶けていった。
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