弱国コンサルタント

ひがしの くも

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グラフェス

グラフェス

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ゼクスとの決闘から数日が経った。
王宮奥の円卓の間には、これまでにない柔らかな空気が流れていた。

「む、ほれ。なかなか香りのよい茶じゃぞ」

ライザルドが上機嫌に湯飲みを傾けると、ゼクスが苦い顔で指摘した。

「……それ、陛下の湯飲みでは?」

「ぬ? ああ……そうじゃったかの。まあ、細かいことは気にせんでよかろう。陛下は心の広いお方じゃ」

「……陛下?」

若き王、アレクシオン・セリオス八世は、ため息混じりに笑った。

「構わぬ。彼が落ち着いてお茶を飲んでおられるならば、それでよい」

円卓には、王とライザルド、ゼクス、そして宰相ルドノフが並んでいた。
妙な和気あいあいとした空気だが、つい数日前までこの老騎士(に見える男)は、謎の存在として結界に封じられていたのだ。

「……しかし、改めて見ても、本当に“異世界から転生してきた九十五歳の魔法騎士”というのが信じがたいですね」

宰相ルドノフが思わず漏らす。

ゼクスも小さくうなずいた。

「ああ。俺も信じられなかった。どう見ても二十代にしか見えん。口調だけが、やたらと老人くさかったから……余計に混乱した」

「ふぉっふぉっ、転生して若返ったのじゃ。肉体は全盛期、しかし魂は九十五年の重みじゃぞ?」

「それがまた現実味ないんですよ……。だが、あの魔力を見て納得した。あれは……人間の限界を超えていた」

ゼクスの言葉に、王と宰相も同意のように頷いた。
あの決闘の瞬間、全員が確かに見たのだ。結界すら揺るがす、異質なまでの“魔の力”を。

その空気を破るように、王が羊皮紙を取り出す。

「さて、冗談はここまでにして。ルドノフ、例の件について報告を」

「はっ。まもなく開催される、四年に一度の大陸大会――正式名称は『十二国大陸統一記念祭典《グラン・オルデア・フェスティア》』でございます」

「……名前、ちと長くないかの?」とライザルド。

「略して“グラフェス”と呼ばれております。住民の間では、こちらの呼称の方が一般的ですね」

「ほうほう、例の侍女の小娘もそう言っておったの。」


「……陛下。今年は“名を上げる”程度では済まされないご様子ですね?」

アレクシオンは真剣な目でうなずいた。

「今回の第百回大会……我がセリオス王国が“優勝”する。これは命題だ。100年近く最下位に甘んじてきたこの国を、変える絶好の機会とする」

その目には、これまでにない野心と炎が宿っていた。

「ゼクス、すでに騎士団の再編と候補選抜は始めているな?」

「はい。全力を尽くします」

「ライザルドよ、そなたの知恵と経験、何としても借りたい」

ライザルドは湯飲みを置いて、ゆっくりと頷いた。

「もちろんじゃ、陛下。お主の目に宿るその“志”、……わしは好ましく思うぞ。何より、“夢を語れる王”というものは、実に貴重な存在じゃ」

「感謝する、ライザルド」

その時、ルドノフが控えめに口を挟んだ。

「ただし……一点、確認がございます。大会参加には『該当国で戸籍を得てから五年以上が経過していること』という規定がございます」

「…………ん?」

「現在、ライザルド殿は正式にはセリオス国の民ではありません。仮に今、戸籍を取得したとしても……五年後まで出場資格は発生いたしません」

一瞬、場が凍りつく。

「……つまり、わしは出られんということか?」

「ええ。このような規則がなければ、有望な人材の引き抜きが絶えず、公平性を欠いてしまいますので。どれほど力があっても、規則は規則でして……」

「…………ぬおおおぉおお!? なんとくだらぬ制度じゃ! 前世では国一つ丸ごと統一したというのに、戸籍がないと参加できんとは!」

ゼクスが咳払いで笑いを抑え、王は額を押さえながら苦笑する。

「……ルールには従わねばならぬ。だが、直接出られなくとも、力を貸してもらう手段はいくらでもある」

「ふぉっふぉ、そういうことなら喜んで。見ておれ、陛下。わしの知恵と魔導の技で、必ずやこのセリオスを導いてみせようぞ」

ゼクスが思わず吹き出した。

「結局、誰よりも楽しそうなのはあんたじゃないか……」

こうして、最弱国家セリオス王国における“大逆転劇”の第一歩は、湯気の立ちのぼる茶の香りと、静かな決意とともに始まった。
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