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11歳の大脱走計画
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紫に光る眼が、荷物をジッとにらむ。
ランタンの灯が照らすのは、屋敷の地図。一斤のロッゲンブロートと何枚かの干し肉。ナイフとロープ。それと数日分の下着……。
そしてどこからか調達してきたピナフォアを身にまとい、のどを鳴らす。
(本当に……やるんだよね?)
ギュッと手を握り締め、リーナは自身へと問いかける。
結果がどうあれ、後戻りできない選択だといっていい。
だけど人生でやり直せることなどあるだろうか?
どんな行為であれ、してしまった結果をなかったことにはできないのだから。
であれば?
カチカチとリズミカルに奏でるゼンマイの音が部屋にひびく。ついでリーナはゴクリ、息をのむ。
もっこりと盛り上がったベッドのふくらみを一瞥し。
(もう、すぐね……)
身辺の世話、という名目での新米メイドによる監視の時間だ、と。
そして――
「っ!!」
カツ……カツ!
靴音が廊下の向こうから聞こえてきた。
ためらうように、ゆっくりとした足取り。
でもやらねばならない葛藤にさいなまれるみたいな歩み。
それは段々と大きくなり、扉の前で止む。
トントン――
ノックして、幼げな声が呼びかける。
「リ、リーナさま……入りますよ……?」
すかさずフッと息を吹きつけ、ランタンの灯を消す。ただちに室内を闇が包みこむ。
ギィィ……ときしむ丁番とともに、扉が開く。
彼女の住む屋敷は、まあそれなりには広い。個室だけでも三十房以上はあるだろうか?
夜はさびしく、静けさが気味悪く感じることだろう。
なれたメイドなら、ルーチンワークとしてやり過ごせるのかもしれない。
だが、なぜかリーナの担当メイドはいつも新米なのだ。
うがった見方をすれば、みんながやりたがらない仕事を押し付けられている。しきたりだとか、何とか言って。
ともあれ。
メイドがランタンを掲げ、薄暗い室内を灯す。
家具や置物は少なく、殺風景なはずなのに、どこか雑然としたたたずまい。
「ヨ、ヨゼフィーネさまからの差し入れです……」
「……」
ジッと息をひそめ、けれどリーナはいぶかしむ。
(お姉さまからの……?)
普段ならあり得ない話に首をかしげ思う。
(いつもはわたしになんて見向きもしないくせに――)
いったいどういった風に吹きまわしなのか?
超大国に嫁ぐことになって、急にコネが欲しくなった?
(まぁ、今更どうでもいいことだけど!)
胸の内で悪態をつき、すぐに開いた扉をへと視線を向ける。
「こ、こんな暗い部屋に閉じこもっていたら、病気になってしまいますよ?」
オロオロとした声で、今にも泣きそうにメイドがいう。
(よくそんなこと口にできたものね。そりゃ確かに、彼女には罪はないと思うけど――)
ギリっと奥歯を噛みしめ、リーナはメイドをにらむ。
黒を基調としたピナフォア。黒いリボンで栗色の髪をまとめ、真っ白なエプロンを心細そうにつかむ少女を。
(あなたには恨みはないし、憎んでもいないけど……)
しかし、この世は残酷なのだ。
よぎるのはカルネアデスの板。
大洋に投げ出され、一枚の小板が浮かぶ。そこにしがみつこうとするのは二人の遭難者。二人が同時には助からない時、相手を害しても法的な罪には問えない。
(たとえ、道義的に責められたって――)
失敗すれば、やはり魔女だからと、もっとひどく扱われるだろう。
だからこそ、必ず成功させなければいけなかった。
(ごめんね――!!)
チクリ。いやズキリと胸がうずく。
でもチャンスは一瞬。この状況を逃せば、二度と機会は訪れないはず。リーナは荷物をグッとつかんだ。
「――!!」
「えっ!?」
直後、嬌声がひびく。ランタンが床にはずみ、再び部屋は真っ暗となる。
何が起きたのか、わからない。そんな眼が宙を見つめ――
バタン!!!
勢いよく扉が封をした。
「え……えぇっ!? な、何なにナニっ!? リ、リーナさま、これはどういう――」
幼げな声が吸いこまれていく。
(やった!!)
そしてしてやったりと笑むのはリーナ。
(どれくらい前だったかな。最後にこの部屋を出たの……)
その記憶は定かではない。
(まぁ、そんなことはもうどうでもいいか!)
鼓動はいまだ激しく胸をたたいている。呼吸だってひどく荒い。
それでもやっと手にした自由。
(そう――)
思わず、わたしは自由だ、と叫びたい気持ちが込み上げてきた。
が、すぐに衝動を押しとどめ、息をつく。
(確か……)
屋敷には秘密の抜け道があったはず、と廊下を凝視し思う。地図を開き、灯で照らし覗きこむ。
現在地は五階。屋根裏部屋の前。窓から望む夜景は、美しくもあり、また不気味ともいえる。
窓の外を鳥瞰してから、彼女は太めの柱にロープを括りつけた。
ギュッと握り、引っ張って、窓枠へと足をかけ――
「えいっ!!」
小柄な肢体が宙を舞う。縄を伝い、壁に足をかけ、リーナは外の空気を楽しむ。
(今までできなかったことを、これからはめいっぱい愉しむんだ!!)
そう決意を新たにした――そのせつな。
「そこで何をしてるの!?」
ソプラノの声が耳をつんざく。
「――っ!?」
ドキリと心臓が跳ね、思わずロープから手を放しそうになった。
すんでのところで何とか持ちこたえた――のだが。
「おい、あそこにいるのは誰だ!?」
「壁を伝おうとしてるぞ!!」
「泥棒か、それとも外国からの間者か?」
しかし、そのいずれでもない。
だけど、ひるんでいる暇などなかった。
「く……」
ここで捕まれば、せっかくのチャンスがフイになってしまう。そしてもう二度と同じ機会など与えられないはず。
だから何としても逃げ延びなくてはならない。
なぜ?
つまりは自身の輝かしい未来のために!
だけどそれはあくまで理想。
そしてやはり現実は残酷すぎた。
「きゃっ!?」
焦ったからか、リーナは足を滑らせたのだ。
おてんばな女の子なら、曲芸みたく軽やかに危機を脱したことだろう。
でも彼女はよく言えば引きこもり。幽閉生活は確実に手足をむしばんでいたらしい。
「ひゃ……あぁ……」
下を見て、めまいに襲われる。だって、そこは五階。今手を離せば、石畳の敷かれた地面でペチャンコだ。
「うぅ~~……」
どうすれば――どうしたらいいのか?
輝かしい未来だって、命あってこそ。
そして――
ガシ……!!
「捕まえましたよ、リーナさま!!!」
いつの間にか部屋から出ていたメイドの少女が、彼女を抱きしめる。
つまり……11歳の大脱出計画はあえなく失敗に終わったのだった。
ランタンの灯が照らすのは、屋敷の地図。一斤のロッゲンブロートと何枚かの干し肉。ナイフとロープ。それと数日分の下着……。
そしてどこからか調達してきたピナフォアを身にまとい、のどを鳴らす。
(本当に……やるんだよね?)
ギュッと手を握り締め、リーナは自身へと問いかける。
結果がどうあれ、後戻りできない選択だといっていい。
だけど人生でやり直せることなどあるだろうか?
どんな行為であれ、してしまった結果をなかったことにはできないのだから。
であれば?
カチカチとリズミカルに奏でるゼンマイの音が部屋にひびく。ついでリーナはゴクリ、息をのむ。
もっこりと盛り上がったベッドのふくらみを一瞥し。
(もう、すぐね……)
身辺の世話、という名目での新米メイドによる監視の時間だ、と。
そして――
「っ!!」
カツ……カツ!
靴音が廊下の向こうから聞こえてきた。
ためらうように、ゆっくりとした足取り。
でもやらねばならない葛藤にさいなまれるみたいな歩み。
それは段々と大きくなり、扉の前で止む。
トントン――
ノックして、幼げな声が呼びかける。
「リ、リーナさま……入りますよ……?」
すかさずフッと息を吹きつけ、ランタンの灯を消す。ただちに室内を闇が包みこむ。
ギィィ……ときしむ丁番とともに、扉が開く。
彼女の住む屋敷は、まあそれなりには広い。個室だけでも三十房以上はあるだろうか?
夜はさびしく、静けさが気味悪く感じることだろう。
なれたメイドなら、ルーチンワークとしてやり過ごせるのかもしれない。
だが、なぜかリーナの担当メイドはいつも新米なのだ。
うがった見方をすれば、みんながやりたがらない仕事を押し付けられている。しきたりだとか、何とか言って。
ともあれ。
メイドがランタンを掲げ、薄暗い室内を灯す。
家具や置物は少なく、殺風景なはずなのに、どこか雑然としたたたずまい。
「ヨ、ヨゼフィーネさまからの差し入れです……」
「……」
ジッと息をひそめ、けれどリーナはいぶかしむ。
(お姉さまからの……?)
普段ならあり得ない話に首をかしげ思う。
(いつもはわたしになんて見向きもしないくせに――)
いったいどういった風に吹きまわしなのか?
超大国に嫁ぐことになって、急にコネが欲しくなった?
(まぁ、今更どうでもいいことだけど!)
胸の内で悪態をつき、すぐに開いた扉をへと視線を向ける。
「こ、こんな暗い部屋に閉じこもっていたら、病気になってしまいますよ?」
オロオロとした声で、今にも泣きそうにメイドがいう。
(よくそんなこと口にできたものね。そりゃ確かに、彼女には罪はないと思うけど――)
ギリっと奥歯を噛みしめ、リーナはメイドをにらむ。
黒を基調としたピナフォア。黒いリボンで栗色の髪をまとめ、真っ白なエプロンを心細そうにつかむ少女を。
(あなたには恨みはないし、憎んでもいないけど……)
しかし、この世は残酷なのだ。
よぎるのはカルネアデスの板。
大洋に投げ出され、一枚の小板が浮かぶ。そこにしがみつこうとするのは二人の遭難者。二人が同時には助からない時、相手を害しても法的な罪には問えない。
(たとえ、道義的に責められたって――)
失敗すれば、やはり魔女だからと、もっとひどく扱われるだろう。
だからこそ、必ず成功させなければいけなかった。
(ごめんね――!!)
チクリ。いやズキリと胸がうずく。
でもチャンスは一瞬。この状況を逃せば、二度と機会は訪れないはず。リーナは荷物をグッとつかんだ。
「――!!」
「えっ!?」
直後、嬌声がひびく。ランタンが床にはずみ、再び部屋は真っ暗となる。
何が起きたのか、わからない。そんな眼が宙を見つめ――
バタン!!!
勢いよく扉が封をした。
「え……えぇっ!? な、何なにナニっ!? リ、リーナさま、これはどういう――」
幼げな声が吸いこまれていく。
(やった!!)
そしてしてやったりと笑むのはリーナ。
(どれくらい前だったかな。最後にこの部屋を出たの……)
その記憶は定かではない。
(まぁ、そんなことはもうどうでもいいか!)
鼓動はいまだ激しく胸をたたいている。呼吸だってひどく荒い。
それでもやっと手にした自由。
(そう――)
思わず、わたしは自由だ、と叫びたい気持ちが込み上げてきた。
が、すぐに衝動を押しとどめ、息をつく。
(確か……)
屋敷には秘密の抜け道があったはず、と廊下を凝視し思う。地図を開き、灯で照らし覗きこむ。
現在地は五階。屋根裏部屋の前。窓から望む夜景は、美しくもあり、また不気味ともいえる。
窓の外を鳥瞰してから、彼女は太めの柱にロープを括りつけた。
ギュッと握り、引っ張って、窓枠へと足をかけ――
「えいっ!!」
小柄な肢体が宙を舞う。縄を伝い、壁に足をかけ、リーナは外の空気を楽しむ。
(今までできなかったことを、これからはめいっぱい愉しむんだ!!)
そう決意を新たにした――そのせつな。
「そこで何をしてるの!?」
ソプラノの声が耳をつんざく。
「――っ!?」
ドキリと心臓が跳ね、思わずロープから手を放しそうになった。
すんでのところで何とか持ちこたえた――のだが。
「おい、あそこにいるのは誰だ!?」
「壁を伝おうとしてるぞ!!」
「泥棒か、それとも外国からの間者か?」
しかし、そのいずれでもない。
だけど、ひるんでいる暇などなかった。
「く……」
ここで捕まれば、せっかくのチャンスがフイになってしまう。そしてもう二度と同じ機会など与えられないはず。
だから何としても逃げ延びなくてはならない。
なぜ?
つまりは自身の輝かしい未来のために!
だけどそれはあくまで理想。
そしてやはり現実は残酷すぎた。
「きゃっ!?」
焦ったからか、リーナは足を滑らせたのだ。
おてんばな女の子なら、曲芸みたく軽やかに危機を脱したことだろう。
でも彼女はよく言えば引きこもり。幽閉生活は確実に手足をむしばんでいたらしい。
「ひゃ……あぁ……」
下を見て、めまいに襲われる。だって、そこは五階。今手を離せば、石畳の敷かれた地面でペチャンコだ。
「うぅ~~……」
どうすれば――どうしたらいいのか?
輝かしい未来だって、命あってこそ。
そして――
ガシ……!!
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いつの間にか部屋から出ていたメイドの少女が、彼女を抱きしめる。
つまり……11歳の大脱出計画はあえなく失敗に終わったのだった。
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