灰被り姫は皇妃を歩む!

wumin

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可愛らしいお嬢さんだ!!

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 楕円だえん形の鏡に映る少女が、ぎこちない笑みを浮かべこちらを見つめていた。
 紫水晶のような瞳がこちらをのぞき込む。くすんだ透明感のある黒髪は、俗にいう王女編みでディアラみたく飾られている。
 着ていたのは、純白のドレス。肩や背中が露出ろしゅつし、大きくふくらんだスカートからも、まだ細い脚が丸見え。そしてほんのりつけられたリップやチーク……。
 時折窓から吹く風にスカートを舞わせながら、彼女は語りかけた。

(あなたが、けばいいのにね……)

 左右反転した幻影じぶんへと。
 もちろん、それはただの妄想だ。だって体は一つしかないのだから。
 でも、代わりに彼女かげってくれるなら、どれだけ心安らぐか?

「はぁ……」

 気を紛らわせようとため息をもらす。
 と……

「リ、リーナさま? わ、笑うのですよ! なにせあのセーヴェルへととつぐのです。女の子なら誰でもあこがれる皇帝陛下のきさきじゃないですか!!」

 ひきつった作り笑いを浮かべるメイドの少女が取りつくろう。
 言わんとしていることは分からないでもない。
 けれど――と、リーナは昨夜の失敗を思い出し、息をつく。
 世の中は大抵うまくいかないことばかり。それはそうなのだが、けれどなぜこれはという時にダメなのか?
 もし運命の女神さまがいるのだとしたら、きっと自分を嫌いなのだろう、と。

「……」

 ついでよぎるのは、ザーパトの大公家に伝わるトリレンマ。

 ――大公家の女には、三つの美徳がある。眉目秀麗びもくしゅうれいで、貞淑ていしゅくかつ頭脳明晰めいせきというもの。
 しかし、一人の女に、これらの資質が同時にそなわることがなかった。
 すなわち……

 美しく、身持ちのかたい娘はぱっぱらぱーで、
 貞淑で賢いなら、顔がままならず、
 才色兼備だと、手のつけられない好色。

「…………」

 アラベスク様式に縁どられた鏡に映る、左右反転した自分リーナ一瞥いちべつし、心の中でつぶやく。

(わ、わたし、そんなんじゃ……)

 悪意に満ちた評伝に、口元をひきつらせ、硬い表情のまま笑う。
 いったい、誰がこんなことを言い始めたのか、と。
 それによって評価は大きく変わる。
 大公家の先祖の誰かなら、おそらく自戒をこめてのものだ。
 けれど、そうでないなら?
 この国の人たちがそれをささやいたとすれば?
 ゴクリ、とのどを鳴らす。古人の言葉になぞらえながら。

 ――最上の君主とは何か?
 民はその存在を知っているが、それだけ。次善はとてもいい君主であると皆がたたえる。その下だとお上は怖いと誰もが恐れる暴君。最低は侮られ、軽んじられる者。

 なら?

「……」

 つまりザーパトの大公家は、どれにあたるだろうか?
 いうまでもない。

(そ、そうよ……)

 嫁ぎ先は、実家よりマシ。リーナはそう、自分へと言い聞かせた。せめて感情だけでも納得させようとして。
 たとえそれが自身の心へとつく、優しいウソだったとしても。
 だって、そうでなければあまりにみじめすぎるのだから。
 とはいえ。
 ウソにウソを積み重ねていっても、いつか虚構きょこう楼閣ろうかくは砂のように崩れる。

(い、いや、きっと――)

 混乱のあまりおかしなことばかり考えているのだ。
 リーナはそう胸の内で叫び、首をブンブンと横にふった。
「おきれいですよ。これならきっとウラジーミル陛下もリーナさまのとりこですね!」
 そんな彼女へと、メイドの少女は心にもないことをささやく。
 当事者でなければ、何人なんぴとも他者を全知全能とするのだろうか?




 まあ、そんなこんなで連れてこられたのは屋敷の前。そこにたたずむのは、輓獣ばんじゅうがつながれた、いわゆる馬車キャリッジ
 屋根の四隅にはランタンがつけられた、おりつきの車体は、まるで罪人あつかい。
 ちなみに、くのはロバ。隠語でバカやマヌケの意味も持つ。

「……」

 何とも言えないまなざしで、リーナはそれをにらんだ。
 嫁いできた妃が、ロバに牽かれてやってくる?
 相手からすれば挑発に思えなくもないだろう。素でやっているのだとしたら、あまりの外交音痴といっていい。

(……殺されろ、ってことかしら?)

 だけど――

「さぁさぁ、お乗りください!」

 メイドがそううながす。
 意を決し、リーナはキャリッジに乗りこむ。
 すると、ガチャリと外から施錠せじょうされた。
 つまりは逃亡を防止するため。もはや逃げられないのは明らか。なら腹をくくるべきだろう。

「っ!!」

 グッと両手を握りしめ、彼女は口を真横に結ぶ。
(ぜ、絶対に生き残ってやるわ。誰があなたたちの思い通りになんてなるものですか!!)
 まつ毛をぬらし、声にならない叫びをあげて。
 そしてガタゴトと、舗装ほそうされていない田舎道を馬車が往く。




「……」

 格子こうしがはめられた窓から見る景色は、やはり悲惨だった。
 荒れ果てた大地は、およそ耕作には不向き。といって家畜を養えるほどでもない。
 村の外れでは、子どもたちが剣戟けんげき稽古けいこしている。特産物に恵まれないザーパトは、主に血を輸出していたという。
 といっても、本当に売血していたわけではなく、兵役の暗喩あんゆだ。
 軍事国家であるがゆえに、父国は四大国に数えられていた。
 けれど、それは果たして臣民の幸せなのだろうか?
 吐息して、リーナは自身へと問う。

(だけどお姉さまたちは――)

 武技に汗を流す姿などまるで想像できない。
 いずれ破滅的な未来を歩むのでは――などと考えて言えた、そのせつな。

「ひ、えぇぇ~~!!」

 御者ぎょしゃが悲鳴を上げ、同時に蹄鉄ていてつの音があたりをおおう。

「え、ど、どうしたの――」

 おどろき訊ねようとして、馬車が外から施錠されていたことに気づく。

「って、ウソ――!?」

 直後、ドタバタと足音を立て、御者が逃げ出していった。

「ちょ……!?」

 そしていななきが聞こえ――

「ふむ、アドラークロワシの旗印。ザーパトのモノだな?」

 雷のようにはらの底へひびく、バリトンの声が耳をつんざく。
 盗賊や匪賊ひぞくの類?
 あるいははるばるやってきた異教徒とか?
 禄でもない想像が脳裏のうりによぎる。
 しかし……現実はそのいずれでもない。

「ひっ!?」

 悲鳴を上げてしまった。
 ミシミシときしむ音を立てながら、馬車が持ち上げられたからだ。

「ん、誰かいるな……?」

 楽しげに笑う声とともに、空色と琥珀こはくに光る双眸オッドアイが檻の外からこちらを覗きこむ。

「え、あ……!?」

 その姿を紫の瞳に映し、リーナは絶句した。
 天をく真っ黒なタテガミ。突き出た口からは、真っ赤な舌と鈍く光る牙が見つめる。ピンと立つ長く先の尖った耳があたりをうかがう。
 オオカミ――いや、ジャッカル!?
 が、細かな分類はこの際重要ではない。
 それに妙な説得力を感じさせる、上半身にまとう毛皮。言い伝えにある冥府の神アヌビスを思わせる風貌ふうぼうに、凍りつく。
 つまりは首から上が野獣オオカミなのだ。

(き、きっと――)

 見間違いや幻覚のはず。
 そう強く念じ、いくども目をこする。
 いろいろあって疲れているから、変なモノを見てしまうのだ、と。
 だが、どうやら夢でも幻でもはなかったらしい。

「ほほう……これはこれは!」

 と――目が合った。

「可愛らしいお嬢さんだ!!」
「――っ!?」

 つい可愛らしいうまそうなと聞こえてしまうのは、きっと心労からだろう。
 だけど幻聴・・はそれだけにとどまらなかった。

「余はセーヴェルのウラジーミル。まあ、人は皇帝だの陛下だのと呼ぶがな。さて、お嬢さん、あなたのお名前は――」
「ぴゃ――」

 目覚めれば、いつもの幽閉部屋――
 かすかな希望にすがって、リーナは気を失ったのだった。
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