ダントン回想録

大変よくできました

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回想録19

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 親子と待っている間、母親の咽び泣く声と嗚咽に、無情にも疲れを感じておりました。

「"公爵様"……。」
 一瞬誰のことかと思いましたが、母親は私に言ったようでした。
「この家は……あの方はやはり魔女なのですね……。」

 亡き赤子は母親が決意するまで待っていたものの、納得いかないのでしょう。

「私は……悪魔に……魔女に魂を差し出しました。
 あの子が亡くなったのも、きっとこの家に私が来たからでしょうか。」

「神は……私を赦してくれるのでしょうか。」

 私は神に仕える身ではありません。教えを説くなど、ましてや答えを出すなど恐れ多い。
 ですが――……。

「……魂を差し出した、と言うのは誰に教えられたものなのですか?」

 我ながら卑怯な問だと思いました。
慰めでも、否定でもなく、ただ責任をずらすための質問です。

「みんなが……ここに来たら魔女が助けてくれると言っていました。

 あの憎らしい領主から必死で逃げてきて――。

 "公爵様"、助けるというのは私たちはなにもしなくても……なにもせずとも受け入れてくれるものだとばかり思ってました。」

 母親はこちらの顔は一切見ておりません。
どこか一点を見ておりました。
 何かが、母親の何かを思い出させているのかもしれません。
それが私にとっては目の前にいる母親こそが、本当の魔女のようにも見えました。

 私は置かれたペンと紙に手を触れました。

 ペン先が震えます。上手く書けるかどうか自信がありません。
 それでも、与えられた条件をこなさなくてはなりません。

 ――記録を取り続けること。

 マルグリット嬢の声が頭の中で繰り返されます。
 これが愛なのか、結婚の条件だからなのか――持参金を受け取ってしまったから、家に帰る事ができないからなのか……私には分かりません。
 今わかることは、目の前の恐怖から逃れたい事だけは分かりました。

「よろしければ、名前を教えてくれませんか?」

 恐怖を噛み殺すように、私はゆっくりと母親に尋ねました。

「なま……え?」
「えぇそうです。お子さんも……是非。」

 貴族の立場で平民ごに気を遣う必要もなければ、丁寧な言葉も使う必要はありません。
 この恐怖を抑える為には、通常通りの話し方が一番でした。

「名前なんて…」

 何故母親が黙ったのか……当時の私は名無しの人間がいることを知りませんでした。
 私は母親が名前を教えたら、それこそ神の元へいけなくなる不安があって教えてくれないのだろうと思いました。

「それなら、ローズという名前はどうでしょう?」
「え?」
「あー……あなたは今日からローズ。お子さんの方は ……えーっと、フルール。
どうでしょう、どちらも花の名前で素敵ですし――……。
たとえ記録が取られても怖くは無いでしょう?」

 母親は何か考えていたような、躊躇ったようにも感じましたが、黙ってうなずきました。

 こうしてこの親子2人は私が初めて観察する人間となったのです。

 ロドルフが戻ってくる頃には母親も諦めたのか、決心したのか黙ってロドルフの後をついていきました。

 マルグリット嬢は約束どおり彼女と子供にご飯を与えただけでなく、なんと風呂までも用意したのです。

「マルグリット嬢、いくらなんでもやりすぎては?」
「そう?」
「えぇ、慈悲というにはその……。」
「ダントン、考えてもみなよ。彼女は彼女にとって一番大事なものを差し出したんだ。」

 マルグリット嬢は、ごく普通に答えてくれました。

「生死を問わずして、子供を差し出し……しかも慣れてない記録を取られること。
 こっちとしては、記録簿が教会に残ってないなら、どこの領土から逃げ出しても都合がいいんだけどね。」

 先ほどの冷たいマルグリット嬢はやはりマルグリット嬢でした。

 先ほどもお伝えした通り、赤子がどうなったのかは私は知りません。

 ただ、その日の夜、普段鳴らない庭にある教会の鐘が、鐘が鳴らされたのでした。
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