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惨憺
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「ついに追い詰めたぞ魔王ガブラス!」
アレストリア暦五四三年葡萄の月。
西の国より旅立った勇者の一行は、ついに仇敵の元へと辿り着いた。
「よくぞここまで来たな勇者」
ガブラスは不敵な笑みを浮かべ勇者を指差す。
刹那、その指先から紫色の光が放たれた。
ガブラスが唱えた黒魔術の閃光。勇者はそれを右手の剣を振るい難なくかき消した。剣戟はガブラスの玉座にまで届いたが、見えない壁により阻まれる。
一瞬の攻防。それは並大抵の者なら余波を受けただけで命を落としかねないものだったが、二人にとっては挨拶代わりでしか無かった。
「さすがは聖なる加護を受けた勇者。この程度ではかすり傷にもならんな」
「遊びは終わりだ。父の仇を打ってやる。さっさと降りて来い」
玉座から動かないガブラスに勇者が剣を向ける。
「そう死に急ぐな。我はお前たちを高く評価しているのだ。強者揃いの我が軍勢をたった四人で突破してきたお前たちをな」
ガブラスは勇者と、その背後で構える三人の従者たちに視線を向けた。
戦士。魔法使い。僧侶。
皆年端もいかない若者たちだが、潜り抜けてきた数々の死線が彼らを歴戦の勇士へと変えていた。
「御託はいい。さっさと決着をつけるぞ」
戦士が戦斧を握り直し、一歩前進して勇者に並ぶ。
「こんな奴早くやっつけちゃおうよ」
魔法使いが魔導書を開いた。
「勇者様、早くしなければ彼らが来ます」
僧侶は勇者にそう告げると、杖で地面を突いた。
僧侶の足元から四人を包むように魔法陣が現れる。
「俺たちには時間が無い。さあ魔王!決着を着けるぞ!」
僧侶が唱えたのは生命力を糧に戦闘力を飛躍的に向上させる、謂わば背水の陣のような魔法だった。
完全に臨戦態勢に入る勇者一行にガブラスが怪訝そうに言う。
「嫌にせっかちだな。言葉を交わす時間すら惜しいと言うのか」
「お前を滅ぼさなければ我が国に未来は無い!」
「そうだな。しかしそれは我らとて同じこと。お前たちを殺し軍備を回復させなければ人間に再び攻撃を仕掛けることは叶わん」
ガブラスとてここでの戦いが避けられないのは承知の上だ。しかし勇者たちの焦り様は、敵である自分と対峙していること以外にも、何か原因があるように思えてならなかった。
その時、ガブラスの側近の一人からテレパシーによって報告が入った。
──ガブラス様、申し訳ございません。またしても人間の一団が城に進入しました。
──勇者の仲間か?
──いえ、勇者にこれ以上の仲間はおりません。別の討伐隊です。
ガブラスは困惑した。今更勇者の他に誰が侵入して来るというのだ。
ガブラスの脳裏に先ほど僧侶が口にした言葉が浮かんだ。
(勇者様、早くしなければ彼らが来ます)
今しがた侵入してきた謎の者ども。
それが僧侶の言う「彼ら」か。
「ガブラス!覚悟!」
今にも勇者が飛びかかろうとした、その時。
「魔王ガブラスよ!我は東の国の勇者!」
謁見の間の扉を開け放ち、またしても勇者の名乗りを上げる者が現れた。
「東の国だと?」
ガブラスは入ってきた自称勇者に視線を向ける。
そこには西国の勇者の一団とよく似た四人の若者がいた。
「くそ!もう追いついてきやがった」
西国の戦士が悪態を突き、東の勇者一行に向き直る。あろうことか、ガブラスに背を向けて。
「魔王は我ら東国の一団が討ち取る!」
「下がっていろ!加護を受けたのは我ら西国の勇者だ!」
敵対する西と東の勇者一行。
するとそこへまたしても新手が現れた。
「魔王よ覚悟しろ!我は南国の勇者なり!」
「北国の勇者見参!ガブラスよ、その首もらい受ける!」
東西南北。各国の勇者一団総勢十六人が、ガブラスを目前にして互いに睨みを利かせている。
「何をしているのだこいつらは」
呆気にとられるガブラス。
そこへ先ほど報告をして来た側近の一人が戻って来た。
「ガブラス様、申し訳ございません。これほどの数の人間の侵入を許した罪、こやつらを退けた後に死を持って償いまする」
「別に構わん。ぬしまでいなくなってはますます戦力回復の目処が立たぬ。そんなことより」
剣を抜き勇者たちに斬りかかろうとする側近を止め、ガブラスは訪ねる。
「この状況はどう言うことだ?何故勇者が四人もいる」
側近はガブラスに頭を垂れた。
「ご説明いたします。まず、聖なる加護を受けたのは最初に侵入して来た西の国の勇者ただ一人でございます」
しかし、と側近は続ける。
「どうやらガブラス様が直々に亡き者にされた先代の勇者は、以前の旅で各国に子どもを残していたようでして」
「え、じゃあ四人全員あやつの息子か」
ガブラスは二十年ほど前にここへやって来た先代の勇者の顔を思い浮かべた。先ほど西国の勇者と会い見えた際も面影を感じたが、言われてみれば他三人もよく似ている。
「そのようです。西国以外の者たちは加護を受けておりませんので正確には勇者ではありません。しかしさすがは先代勇者の息子というべきでしょう、それぞれが勇者に匹敵する力を持っております」
ガブラスが頭を抱える。
「あやつ、精力の強そうな顔をしていたからな」
「勇者の血筋を絶やさぬための策でしょうか」
「いや、単に好色なだけであろう」
ガブラスの言葉に側近が顔を上げる。目を見合わせた二人は互いに首を竦めた。
「しかし、なぜその勇者の息子どもが敵対しておるのだ。奴ら腹違いとは言え兄弟であろう」
「それなのですが──」
説明しようとした側近の目の前で、ついに膠着状態に合った四つの一団の戦いの火蓋が切って落とされた。
一瞬身構えた側近だったが、こちらに向かって来る様子が無いことを悟りすぐにガブラスに向き直る。
「どうも人間どもは勇者がガブラス様を討ち取った後のことを考えているようなのでございます。全く自惚れも甚だしい。満に一つもありえぬ夢物語でございますが」
「我に気を使わずとも良い」
「はい……つまりですね、勇者がガブラス様を討ったとなればそれは瞬く間に人間どもに知れ渡ります。すると当然、次は世界の復興をどのように行っていくかに焦点が当たる。人間どもも我が軍との戦争で疲弊しており各国の力は拮抗状態。そこでもし勝利の英雄が西国出身となれば」
「次なる世界の主導権は西国が握るというわけか」
「左様でございます。民衆は当然勇者を盛大に讃えるでしょうからな。その出身国である西国が発言権を強めるのは自明の理」
ガブラスと側近は図らずも同時に西国の勇者を見た。
聖なる加護を受けた真の勇者は、鬼気迫る表情でどこの国の出かも分からぬ戦士を斬り伏せているところだった。
「そうなれば他三国は面白く無い。そこで勇者の隠し子に白羽の矢が立った」
「ご明察。西国の勇者が旅立つのとほぼ同時期に西国以外の三国で他国よりも先にガブラス様を討てとの勅命が降ったと聞いております」
ガブラスは再び頭を抱えた。
「我が軍が打撃を受けるわけだ。てっきり西国の四人だけが相手だと思っていたら、まさか他の国々も刺客を放っていたとは」
「諜報部隊が早々とやられてしまい情報の伝達に時間がかかっておりました故、面目ありません」
また項垂れる側近。
ガブラスは目前で繰り広げられる不毛な戦いに深くため息を付いた。
「今やってしまえば良いのでは?」
側近の提案にガブラスが唸る。
「正直、拍子抜けしておる」
ガブラスは側近に楽にしろと言い、魔法で椅子を召喚した。側近は恐る恐る腰掛ける。念のため人間たちの様子を見るが、こちらには目もくれず争いを続けていた。
「先代の勇者は強かった。人格の良し悪しはともかく、我の敵として不足の無い相手であった」
側近は、ガブラスの人間を褒めるような発言に驚きを隠せないようだ。
「無論、我はお前たちを束ねる者として負けることは許されぬ。しかしそれを分かった上で、こやつに討たれるのならそれも良いと思えるほどに、奴は我の好敵手だった。今日その息子である勇者が城にやって来たと聞き心が躍ったのものだ。またあの時の骨身を削る死闘を繰り広げられるとな」
「確かに強かったですな。私の部下も大勢やられました」
「そうであったな。我の弟を討ったのも奴だ。それなのに」
ガブラスは玉座の肘掛を殴りつけ声を荒げた。
「こいつらはなんだ!救いようの無い阿呆どもが!復興や権力争いなど我を倒した後の話であろう。よくも抜け抜けと敵地の本丸で、あろうことか我の目前で醜い仲間割れができたものだ」
地獄の底から響く様な怒声に気付くことなく、人間たちは戦いを辞めない。
どこかの国の魔法使いが、どこかの国の戦士を魔法で細切れにした。
「人間からすれば共通の敵であるガブラス様の首を巡って仲間同士では争うとは、本末転倒ですな」
まったくだ。とガブラスは吐き捨てるように言う。
「先代の勇者の様に、真に人間のことを思って戦った者たちにどう顔向けするつもりだ。愚か者どもめが。怒りで腹の虫が治らん」
「どうするおつもりで?」
側近の問いにガブラスは口の端を上げて答えた。
「我が手を下さずともこやつらは最後の一人になるまで殺し合うであろう。誰が生き残るかは目に見えておる。ならばそやつに報いを受けさせてやるわ」
◇
「はぁっ!」
振り下ろされた剣が兜ごと頭を割る。
屈強な体が崩れ落ちた。
生き残ったのは西国の勇者ただ一人だった。
仲間も他の国の者たちも既に事切れて床に転がっている。
頭を叩き潰された者、心臓を貫かれた者、芯まで焼かれた者、凍らされた上で砕かれた者、その死に様は多種多様だ。
「終わった様だな」
勇者の背後からガブラスが声を掛けた。
慌てて向き直る勇者だったが、その体は数々の斬撃と魔法を受け立っているのがやっとの有様だ。
「次はお前だガブラス……!」
「莫迦が、その体でどうやって戦うと言うのだ。やれ」
ガブラスの影から側近が飛び出した。
携えた双剣が目にも止まらぬスピードで勇者の両足のアキレス腱を切断する。
声にならない叫びを上げ、勇者は床に倒れ伏した。
「くそ、魔族風情が!」
「魔族か……」
勇者の言葉にガブラスが苦笑した。
静かに玉座から立ち上がると、勇者にゆっくりと近づいて行く。
「我らは自分たちのことを魔族と自称した事は一度も無い。それなのに何故、お前たちは我らを魔の一族などと呼ぶのだ」
勇者の眼前まで近づき、ガブラスは問う。
側近は警戒を怠らないが、勇者に既に攻撃する余力は無かった。
「何故だと!?決まっている。お前たちが人間を苦しめこの世に闇をもたらすからだ。豊かだった緑を奇怪な植物で駆逐し、美しい湖を毒の沼に変え、青空を暗雲で覆う。お前たちを魔族と呼ばずしてなんと呼ぶ」
「我らを苦しめるのはお前たちとて同じだ。お前たちが奇怪な植物と呼ぶものは我らにとっての緑であり、毒の沼と呼ぶものは我らにとっての湖であり、暗雲と呼ぶものこそ我らにとっての青空なのだ。闇をもたらすだと?その逆だ。我らは闇を払い、住み易い環境を広げているだけに過ぎない」
「屁理屈だ!もともとあったものを侵略しているじゃないか!」
「もともとあった我らの緑を駆逐し、湖を毒の沼に変え、空を暗雲で覆っているのはお前たちも同じだ。お前たちは浄化などと言うがな。そこはお互い様だろう。我らは敵同士だ。当然意見や思想は異なるし、生物としての違いもある。だが何故お前たちは一方的に我らを悪と決めつけるのだ。我らはお前たちを敵だとは思っているが悪などとは思っておらぬぞ」
ガブラスは側近に視線を向けた。
同意を求められ側近は肯く。
本心だった。悪などとは思っていない。ただの滅ぼすべき敵だ。
「我らは人間のことを子どもに話して聞かせるとき、ただ純然たる「敵」だと教え込む。だがお前たちは我らのことを自分たちの都合で悪だの魔族だのと嘯き、生まれてくる子どもにもその思想を連綿と受け継がせて来た。そんなことをしているからお前たちは余計な感情に囚われるのだ。雑念が多いが故に意見が割れ、身内で争い、平気で殺しあう。お前たちの方が、よっぽど魔族ではないか」
「黙れ!俺は勇者だ!お前たち魔族を滅ぼすために生まれて来たんだ!」
ガブラスは、息巻く勇者にゴミを見るような視線を投げかける。
「そうお前は勇者だ。加護を受けていないとは言え他の三人もな。我を滅ぼすのがお前たちの使命。だがそのザマを見ろ」
勇者は自らを省みた。
ボロボロの体。立ち向かう事は愚か、立ち上がることすら叶わない。
「我と言う絶対の敵を前にし、お前たちは愚かにも仲間割れを始めた。その結果お前は仲間の命も、我と戦う余力も、勝ち得たかもしれない人間の未来もすべて失った。救いようの無い莫迦どもだ。仮に我を討ったとしても人間たちのの事だ、どうせその後に争うのは同じだろう。ならば勇者であるお前たちは、せめてこの場は団結して我と戦うべきだったのではないのか?そうすれば少なくとも我と言う最大の敵は排除することができたはずだ。違うか勇者」
敵の王に対し勇者は返す言葉も無い。
「我と戦いに来たと言うのに、お前をそんな状態にしたのは同じ人間だ。我は指一本触れておらぬ。敵に見下され刃を交えることすら叶わない。使命を果たすどころか挑むことすら出来ないとは、一体お前たちは何をしに来たのだ」
押し黙る勇者にガブラスは続ける。
「人間の中にも評価に値するべき者はいた。例えばお前の父がそうだ。他にも我が知らぬところで真に人間の平和を願い戦う者たちは大勢いるだろう。あるいはお前たちとてそうかも知れぬ。上からの命令に逆らえぬと言うこともあっただろう……いや、お前は先刻、我に刃を向けた際にこう言ったな。"俺たちの国に未来は無い"と。ならばお前は国のために戦っていたと言うことか。勇者とは人類全体のために戦う者のことだと思っていたが、違うのか?少なくとも我や先祖たちが長きに渡って戦って来た歴代の勇者はそうだったように思うが。その気高き思想は露と消えたか。嘆かわしいことだ」
ガブラスの言葉は、この世の全てのあらゆるものが降りかかって来たかのように勇者に重くのしかかった。
「お前は加護を受けた。それは選ばれたと言うことだ。決して国などと言う小さなもののためでは無く、人類全体を救うために力を託された。その責務を追いながら、我を討つ絶好の機会をあろうことか自らの手で断ってしまうとは、情けない。おおかた西国の王に我を倒した暁には国の重要なポストに就かせてやるとでも言われたのだろう。或いは姫か?次の王座か?」
「殺せ……」
勇者は項垂れた。完全に脱力し、その身を床に預ける。
「殺せだと?好き放題言われた挙句、絞り出したのがそれか。いいか、お前のやった事は紛れも無い人類への裏切りだ。敵とは言え、我らは裏切り者を赦しはしない。ここには我の力が満ちておる。お前たちが闇と呼ぶもの、『瘴気』が余す事なくこの城の内外を覆っている。我らにとっては空気となんら変わりはないが人間には猛毒だ。普段のお前であれば聖なる加護により守られていたが、その有り様では僅かずつではあるがお前を蝕んでいく事だろう。それでも死ぬことはないがな」
言われてみれば先刻から息が苦しい。傷の一つ一つが毒に侵されかの様にジクジクと痛む。
「今に地獄の苦しみを味合うことになるぞ。お前には死すらぬるい。ここで苦痛に悶えながら生き続けるが良い」
魔王は再び立ち上がり、今度は勇者には見向きもせずに扉へ向かう。
「この者たちは利用させてもらうぞ。お前たちに減らされた戦力の足しにしてやる」
ガブラスが「くい」と指を上げると、かつての仲間たちと、敵対した他国の勇者たちの死体がぞろぞろと起き上がった。意識は無く、ただガブラスの命に従い戦い続ける戦闘マシーンとなって。
「まずは西国だ。王も民もお前の家族も、根絶やしにしてくれる」
扉の先に魔法陣が浮かび、空間を繋ぐゲートが一瞬して作り出された。その先には勇者の見慣れた景色が広がっている。
「お前には我が軍の信仰を逐一見せてやるぞ。精々無力な自分を呪うがいい」
最後にそう言い残し、ガブラスと側近、そして蘇った死体たちはゲートの先へと消えていった。
「嫌だ……殺して……殺してくれ……」
勇者は泣きながら増していく苦痛に身をよじった。誰もいない城に声が反響した。
完
アレストリア暦五四三年葡萄の月。
西の国より旅立った勇者の一行は、ついに仇敵の元へと辿り着いた。
「よくぞここまで来たな勇者」
ガブラスは不敵な笑みを浮かべ勇者を指差す。
刹那、その指先から紫色の光が放たれた。
ガブラスが唱えた黒魔術の閃光。勇者はそれを右手の剣を振るい難なくかき消した。剣戟はガブラスの玉座にまで届いたが、見えない壁により阻まれる。
一瞬の攻防。それは並大抵の者なら余波を受けただけで命を落としかねないものだったが、二人にとっては挨拶代わりでしか無かった。
「さすがは聖なる加護を受けた勇者。この程度ではかすり傷にもならんな」
「遊びは終わりだ。父の仇を打ってやる。さっさと降りて来い」
玉座から動かないガブラスに勇者が剣を向ける。
「そう死に急ぐな。我はお前たちを高く評価しているのだ。強者揃いの我が軍勢をたった四人で突破してきたお前たちをな」
ガブラスは勇者と、その背後で構える三人の従者たちに視線を向けた。
戦士。魔法使い。僧侶。
皆年端もいかない若者たちだが、潜り抜けてきた数々の死線が彼らを歴戦の勇士へと変えていた。
「御託はいい。さっさと決着をつけるぞ」
戦士が戦斧を握り直し、一歩前進して勇者に並ぶ。
「こんな奴早くやっつけちゃおうよ」
魔法使いが魔導書を開いた。
「勇者様、早くしなければ彼らが来ます」
僧侶は勇者にそう告げると、杖で地面を突いた。
僧侶の足元から四人を包むように魔法陣が現れる。
「俺たちには時間が無い。さあ魔王!決着を着けるぞ!」
僧侶が唱えたのは生命力を糧に戦闘力を飛躍的に向上させる、謂わば背水の陣のような魔法だった。
完全に臨戦態勢に入る勇者一行にガブラスが怪訝そうに言う。
「嫌にせっかちだな。言葉を交わす時間すら惜しいと言うのか」
「お前を滅ぼさなければ我が国に未来は無い!」
「そうだな。しかしそれは我らとて同じこと。お前たちを殺し軍備を回復させなければ人間に再び攻撃を仕掛けることは叶わん」
ガブラスとてここでの戦いが避けられないのは承知の上だ。しかし勇者たちの焦り様は、敵である自分と対峙していること以外にも、何か原因があるように思えてならなかった。
その時、ガブラスの側近の一人からテレパシーによって報告が入った。
──ガブラス様、申し訳ございません。またしても人間の一団が城に進入しました。
──勇者の仲間か?
──いえ、勇者にこれ以上の仲間はおりません。別の討伐隊です。
ガブラスは困惑した。今更勇者の他に誰が侵入して来るというのだ。
ガブラスの脳裏に先ほど僧侶が口にした言葉が浮かんだ。
(勇者様、早くしなければ彼らが来ます)
今しがた侵入してきた謎の者ども。
それが僧侶の言う「彼ら」か。
「ガブラス!覚悟!」
今にも勇者が飛びかかろうとした、その時。
「魔王ガブラスよ!我は東の国の勇者!」
謁見の間の扉を開け放ち、またしても勇者の名乗りを上げる者が現れた。
「東の国だと?」
ガブラスは入ってきた自称勇者に視線を向ける。
そこには西国の勇者の一団とよく似た四人の若者がいた。
「くそ!もう追いついてきやがった」
西国の戦士が悪態を突き、東の勇者一行に向き直る。あろうことか、ガブラスに背を向けて。
「魔王は我ら東国の一団が討ち取る!」
「下がっていろ!加護を受けたのは我ら西国の勇者だ!」
敵対する西と東の勇者一行。
するとそこへまたしても新手が現れた。
「魔王よ覚悟しろ!我は南国の勇者なり!」
「北国の勇者見参!ガブラスよ、その首もらい受ける!」
東西南北。各国の勇者一団総勢十六人が、ガブラスを目前にして互いに睨みを利かせている。
「何をしているのだこいつらは」
呆気にとられるガブラス。
そこへ先ほど報告をして来た側近の一人が戻って来た。
「ガブラス様、申し訳ございません。これほどの数の人間の侵入を許した罪、こやつらを退けた後に死を持って償いまする」
「別に構わん。ぬしまでいなくなってはますます戦力回復の目処が立たぬ。そんなことより」
剣を抜き勇者たちに斬りかかろうとする側近を止め、ガブラスは訪ねる。
「この状況はどう言うことだ?何故勇者が四人もいる」
側近はガブラスに頭を垂れた。
「ご説明いたします。まず、聖なる加護を受けたのは最初に侵入して来た西の国の勇者ただ一人でございます」
しかし、と側近は続ける。
「どうやらガブラス様が直々に亡き者にされた先代の勇者は、以前の旅で各国に子どもを残していたようでして」
「え、じゃあ四人全員あやつの息子か」
ガブラスは二十年ほど前にここへやって来た先代の勇者の顔を思い浮かべた。先ほど西国の勇者と会い見えた際も面影を感じたが、言われてみれば他三人もよく似ている。
「そのようです。西国以外の者たちは加護を受けておりませんので正確には勇者ではありません。しかしさすがは先代勇者の息子というべきでしょう、それぞれが勇者に匹敵する力を持っております」
ガブラスが頭を抱える。
「あやつ、精力の強そうな顔をしていたからな」
「勇者の血筋を絶やさぬための策でしょうか」
「いや、単に好色なだけであろう」
ガブラスの言葉に側近が顔を上げる。目を見合わせた二人は互いに首を竦めた。
「しかし、なぜその勇者の息子どもが敵対しておるのだ。奴ら腹違いとは言え兄弟であろう」
「それなのですが──」
説明しようとした側近の目の前で、ついに膠着状態に合った四つの一団の戦いの火蓋が切って落とされた。
一瞬身構えた側近だったが、こちらに向かって来る様子が無いことを悟りすぐにガブラスに向き直る。
「どうも人間どもは勇者がガブラス様を討ち取った後のことを考えているようなのでございます。全く自惚れも甚だしい。満に一つもありえぬ夢物語でございますが」
「我に気を使わずとも良い」
「はい……つまりですね、勇者がガブラス様を討ったとなればそれは瞬く間に人間どもに知れ渡ります。すると当然、次は世界の復興をどのように行っていくかに焦点が当たる。人間どもも我が軍との戦争で疲弊しており各国の力は拮抗状態。そこでもし勝利の英雄が西国出身となれば」
「次なる世界の主導権は西国が握るというわけか」
「左様でございます。民衆は当然勇者を盛大に讃えるでしょうからな。その出身国である西国が発言権を強めるのは自明の理」
ガブラスと側近は図らずも同時に西国の勇者を見た。
聖なる加護を受けた真の勇者は、鬼気迫る表情でどこの国の出かも分からぬ戦士を斬り伏せているところだった。
「そうなれば他三国は面白く無い。そこで勇者の隠し子に白羽の矢が立った」
「ご明察。西国の勇者が旅立つのとほぼ同時期に西国以外の三国で他国よりも先にガブラス様を討てとの勅命が降ったと聞いております」
ガブラスは再び頭を抱えた。
「我が軍が打撃を受けるわけだ。てっきり西国の四人だけが相手だと思っていたら、まさか他の国々も刺客を放っていたとは」
「諜報部隊が早々とやられてしまい情報の伝達に時間がかかっておりました故、面目ありません」
また項垂れる側近。
ガブラスは目前で繰り広げられる不毛な戦いに深くため息を付いた。
「今やってしまえば良いのでは?」
側近の提案にガブラスが唸る。
「正直、拍子抜けしておる」
ガブラスは側近に楽にしろと言い、魔法で椅子を召喚した。側近は恐る恐る腰掛ける。念のため人間たちの様子を見るが、こちらには目もくれず争いを続けていた。
「先代の勇者は強かった。人格の良し悪しはともかく、我の敵として不足の無い相手であった」
側近は、ガブラスの人間を褒めるような発言に驚きを隠せないようだ。
「無論、我はお前たちを束ねる者として負けることは許されぬ。しかしそれを分かった上で、こやつに討たれるのならそれも良いと思えるほどに、奴は我の好敵手だった。今日その息子である勇者が城にやって来たと聞き心が躍ったのものだ。またあの時の骨身を削る死闘を繰り広げられるとな」
「確かに強かったですな。私の部下も大勢やられました」
「そうであったな。我の弟を討ったのも奴だ。それなのに」
ガブラスは玉座の肘掛を殴りつけ声を荒げた。
「こいつらはなんだ!救いようの無い阿呆どもが!復興や権力争いなど我を倒した後の話であろう。よくも抜け抜けと敵地の本丸で、あろうことか我の目前で醜い仲間割れができたものだ」
地獄の底から響く様な怒声に気付くことなく、人間たちは戦いを辞めない。
どこかの国の魔法使いが、どこかの国の戦士を魔法で細切れにした。
「人間からすれば共通の敵であるガブラス様の首を巡って仲間同士では争うとは、本末転倒ですな」
まったくだ。とガブラスは吐き捨てるように言う。
「先代の勇者の様に、真に人間のことを思って戦った者たちにどう顔向けするつもりだ。愚か者どもめが。怒りで腹の虫が治らん」
「どうするおつもりで?」
側近の問いにガブラスは口の端を上げて答えた。
「我が手を下さずともこやつらは最後の一人になるまで殺し合うであろう。誰が生き残るかは目に見えておる。ならばそやつに報いを受けさせてやるわ」
◇
「はぁっ!」
振り下ろされた剣が兜ごと頭を割る。
屈強な体が崩れ落ちた。
生き残ったのは西国の勇者ただ一人だった。
仲間も他の国の者たちも既に事切れて床に転がっている。
頭を叩き潰された者、心臓を貫かれた者、芯まで焼かれた者、凍らされた上で砕かれた者、その死に様は多種多様だ。
「終わった様だな」
勇者の背後からガブラスが声を掛けた。
慌てて向き直る勇者だったが、その体は数々の斬撃と魔法を受け立っているのがやっとの有様だ。
「次はお前だガブラス……!」
「莫迦が、その体でどうやって戦うと言うのだ。やれ」
ガブラスの影から側近が飛び出した。
携えた双剣が目にも止まらぬスピードで勇者の両足のアキレス腱を切断する。
声にならない叫びを上げ、勇者は床に倒れ伏した。
「くそ、魔族風情が!」
「魔族か……」
勇者の言葉にガブラスが苦笑した。
静かに玉座から立ち上がると、勇者にゆっくりと近づいて行く。
「我らは自分たちのことを魔族と自称した事は一度も無い。それなのに何故、お前たちは我らを魔の一族などと呼ぶのだ」
勇者の眼前まで近づき、ガブラスは問う。
側近は警戒を怠らないが、勇者に既に攻撃する余力は無かった。
「何故だと!?決まっている。お前たちが人間を苦しめこの世に闇をもたらすからだ。豊かだった緑を奇怪な植物で駆逐し、美しい湖を毒の沼に変え、青空を暗雲で覆う。お前たちを魔族と呼ばずしてなんと呼ぶ」
「我らを苦しめるのはお前たちとて同じだ。お前たちが奇怪な植物と呼ぶものは我らにとっての緑であり、毒の沼と呼ぶものは我らにとっての湖であり、暗雲と呼ぶものこそ我らにとっての青空なのだ。闇をもたらすだと?その逆だ。我らは闇を払い、住み易い環境を広げているだけに過ぎない」
「屁理屈だ!もともとあったものを侵略しているじゃないか!」
「もともとあった我らの緑を駆逐し、湖を毒の沼に変え、空を暗雲で覆っているのはお前たちも同じだ。お前たちは浄化などと言うがな。そこはお互い様だろう。我らは敵同士だ。当然意見や思想は異なるし、生物としての違いもある。だが何故お前たちは一方的に我らを悪と決めつけるのだ。我らはお前たちを敵だとは思っているが悪などとは思っておらぬぞ」
ガブラスは側近に視線を向けた。
同意を求められ側近は肯く。
本心だった。悪などとは思っていない。ただの滅ぼすべき敵だ。
「我らは人間のことを子どもに話して聞かせるとき、ただ純然たる「敵」だと教え込む。だがお前たちは我らのことを自分たちの都合で悪だの魔族だのと嘯き、生まれてくる子どもにもその思想を連綿と受け継がせて来た。そんなことをしているからお前たちは余計な感情に囚われるのだ。雑念が多いが故に意見が割れ、身内で争い、平気で殺しあう。お前たちの方が、よっぽど魔族ではないか」
「黙れ!俺は勇者だ!お前たち魔族を滅ぼすために生まれて来たんだ!」
ガブラスは、息巻く勇者にゴミを見るような視線を投げかける。
「そうお前は勇者だ。加護を受けていないとは言え他の三人もな。我を滅ぼすのがお前たちの使命。だがそのザマを見ろ」
勇者は自らを省みた。
ボロボロの体。立ち向かう事は愚か、立ち上がることすら叶わない。
「我と言う絶対の敵を前にし、お前たちは愚かにも仲間割れを始めた。その結果お前は仲間の命も、我と戦う余力も、勝ち得たかもしれない人間の未来もすべて失った。救いようの無い莫迦どもだ。仮に我を討ったとしても人間たちのの事だ、どうせその後に争うのは同じだろう。ならば勇者であるお前たちは、せめてこの場は団結して我と戦うべきだったのではないのか?そうすれば少なくとも我と言う最大の敵は排除することができたはずだ。違うか勇者」
敵の王に対し勇者は返す言葉も無い。
「我と戦いに来たと言うのに、お前をそんな状態にしたのは同じ人間だ。我は指一本触れておらぬ。敵に見下され刃を交えることすら叶わない。使命を果たすどころか挑むことすら出来ないとは、一体お前たちは何をしに来たのだ」
押し黙る勇者にガブラスは続ける。
「人間の中にも評価に値するべき者はいた。例えばお前の父がそうだ。他にも我が知らぬところで真に人間の平和を願い戦う者たちは大勢いるだろう。あるいはお前たちとてそうかも知れぬ。上からの命令に逆らえぬと言うこともあっただろう……いや、お前は先刻、我に刃を向けた際にこう言ったな。"俺たちの国に未来は無い"と。ならばお前は国のために戦っていたと言うことか。勇者とは人類全体のために戦う者のことだと思っていたが、違うのか?少なくとも我や先祖たちが長きに渡って戦って来た歴代の勇者はそうだったように思うが。その気高き思想は露と消えたか。嘆かわしいことだ」
ガブラスの言葉は、この世の全てのあらゆるものが降りかかって来たかのように勇者に重くのしかかった。
「お前は加護を受けた。それは選ばれたと言うことだ。決して国などと言う小さなもののためでは無く、人類全体を救うために力を託された。その責務を追いながら、我を討つ絶好の機会をあろうことか自らの手で断ってしまうとは、情けない。おおかた西国の王に我を倒した暁には国の重要なポストに就かせてやるとでも言われたのだろう。或いは姫か?次の王座か?」
「殺せ……」
勇者は項垂れた。完全に脱力し、その身を床に預ける。
「殺せだと?好き放題言われた挙句、絞り出したのがそれか。いいか、お前のやった事は紛れも無い人類への裏切りだ。敵とは言え、我らは裏切り者を赦しはしない。ここには我の力が満ちておる。お前たちが闇と呼ぶもの、『瘴気』が余す事なくこの城の内外を覆っている。我らにとっては空気となんら変わりはないが人間には猛毒だ。普段のお前であれば聖なる加護により守られていたが、その有り様では僅かずつではあるがお前を蝕んでいく事だろう。それでも死ぬことはないがな」
言われてみれば先刻から息が苦しい。傷の一つ一つが毒に侵されかの様にジクジクと痛む。
「今に地獄の苦しみを味合うことになるぞ。お前には死すらぬるい。ここで苦痛に悶えながら生き続けるが良い」
魔王は再び立ち上がり、今度は勇者には見向きもせずに扉へ向かう。
「この者たちは利用させてもらうぞ。お前たちに減らされた戦力の足しにしてやる」
ガブラスが「くい」と指を上げると、かつての仲間たちと、敵対した他国の勇者たちの死体がぞろぞろと起き上がった。意識は無く、ただガブラスの命に従い戦い続ける戦闘マシーンとなって。
「まずは西国だ。王も民もお前の家族も、根絶やしにしてくれる」
扉の先に魔法陣が浮かび、空間を繋ぐゲートが一瞬して作り出された。その先には勇者の見慣れた景色が広がっている。
「お前には我が軍の信仰を逐一見せてやるぞ。精々無力な自分を呪うがいい」
最後にそう言い残し、ガブラスと側近、そして蘇った死体たちはゲートの先へと消えていった。
「嫌だ……殺して……殺してくれ……」
勇者は泣きながら増していく苦痛に身をよじった。誰もいない城に声が反響した。
完
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