悪女はゲームで清楚に微笑む

秋津冴

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彼女の告白。

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 本日は、過去にあったとある体験を、皆様にお伝えしたいと思います。
 それは私がまだ結婚するほんの少し前の話‥‥‥。



 
「伯爵令嬢様。あなたに永遠の愛を捧げます。どうかこの僕と結婚してください」
「いえ、迷惑です」
「どうして受け止めて頂けないのですか。僕は言葉通りあなたに何でも捧げるというのに!」
「その頭の中身を一掃して、一昨日にでも、出直してきてください。迷惑です」

 また一人、愚かな殿方の心を砕いてしまいました。
 いいえ、愛の告白を破り捨てたと押した方が正しいかもしれません。
 最近の王国における貴族の男性は、言葉ばかりが先に立ち、結果というものを見せてくれないような気がするのです。
 愛しているという言葉を捧げるのは向こうの勝手なのですが、それを受け止めてしまえば相手はこちらが婚約、もしくは結婚する意志があると思ってしまいます。
 それは簡単に言えば建前であり本音ではないのですが、中にはそういった騎士道に近い遊びというものをわからない男性も数多くいらっしゃいます。

 ここで簡単な自己紹介をしておきましょう。
 私の名はエミリアと申します。
 エクトル伯爵家の三女として、オルクス王国の王都に住んでおり、婚約者が一人。
 翌月には十八才となり、彼と正式な結婚を挙げる予定になっております。
 婚約者の名はベイル。
 男爵位を持つ貴族ですが、それを取得したのはほぼ最近のこと。

 十年ほど前に王国は隣国との戦争に勝利しました。
 この時、彼は利権を獲得し、商売人として多大な資産を築いたのです。
 当時の報告には戦争で跡継ぎを失った貴族もたくさんおり、彼はそのうちの一人から、お金で爵位を買い取ったのです。
 名誉を金銭で得るということは、どこの世界においても感心されることではありません。
 もちろん、ベイルもそのことは承知しており、王都に店を構えているものの、彼自身はその有り余る資産で外国を漫遊する日々。
 それにも飽きたのか、もしくは年齢も四十代に近いということもあり、彼としても跡継ぎを欲しくなったのでしょう。
 伯爵と男爵家では身分の釣り合いが取れないものの、彼に多額の借財がある我が家は、私をその代わりとして妻に差し出すことで、帳消しにしたようです。

 貴族の女というものは家の主にこうしろと命じられれば、それに従うほかありません。
 何歳であろうと私に拒否権はなかったのです。
 現在も王国より発展している外国で暮らしている彼ですが、私を一度妻にすると決めたからには、それなりに可愛がってくれる気はあるようです。
 顔も見たこともなく声も聞いたことがない夫となる相手。
 毎月のように珍しい外国の高価な品物を、会いに来ない詫びとしてなのか、贈ってくれます。

 私も結婚を当てた後には彼の住む新しい土地へと旅立つでしょうし、そこで結婚生活を送るということに対して特に不満はございません。
 ただ問題なことは、この田舎くさい王国の王都において、吟遊詩人が歌うような騎士道をまだ重んじる方々がいらっしゃるということです。

 それがどのようなものかと申し上げますと、未婚の女性。
 美しく少年のような容姿で金髪碧眼の美少女。
 もしくは未亡人に対して、誰が最もふさわしい愛を捧げることができるかというゲームなのです。
 我が国は過去の戦争において勝利したというものの、まだまだ周辺諸国とは小競り合いを繰り返していており、王国の騎士団や、有力な貴族の家臣の方々が彼女たちに対して戦場に向かう前に、愛をささやくのです。


 自分はどこそこの戦いで勝利する。
 自分はあの城を落としてみせる。
 自分は最初に敵陣にたどり着き名乗りを上げるなどなど。


 現実的にそれを叶えることができないのに、さも自分は成し遂げることが可能だと、自信に満ち溢れた顔をして屋敷を訪れては、たくさんの贈り物や花束と共にそんな言葉を捧げていくのです。
 もちろんそれを受け取ってしまえば、こちらが相手に対して気があることを認めたことになりますから、そんなことはいたしません。

 することといえば、おくりものは受け取りませんが置いて帰るのは勝手です、といかにの都合のいいことをお互いが理解しあって品物を置いて帰るのです。
 結局のところ言葉通りに結果を残すことができない人が大半ですので、どんなことを言われてもそれを心待ちにして相手を信じるという、バカげたことはしないものです。
 ただお互いにオペラの主人公になったような気分に浸りたいだけなのです。
 
 さてここで問題となるのは未婚の女性や未亡人がその対象だという話です。
 もしもその中に既婚の女性や、これから結婚式を挙げる予定のどこかの令嬢が含まれていたとすれば、それは大問題となってしまいます。
 女の方からの不定ということになり、悪くすれば国から断罪されることもあるでしょう。
 女性に対してそのような不敬を働くことは騎士として恥ですから、行わないのが当然です。
 しかし中には‥‥‥春の陽気や、夏の熱気にあてられてしまい、善悪の判断がつかない行動をしてしまう男性も少しはいらっしゃいます。
 
 どうやらこのゲームは、時期ごとに告白する対象のご令嬢をあらかじめ決めて行うルールらしく、今回は私がその的になってしまったようなのです。
 おかげさまで一番最初に述べたような、永久の愛などという意味のわからない愛の告白をしてくる男性が、後を絶ちません。
 まったく困ったものです。
 お金の力というわけではありませんが、これまで私に愛をささやいた男性の中で、発言をしたことを実行できた方はたった一人しかおりません。
 それが今度結婚することになる、ベイルというわけです。
 彼は私に言いました。

「俺と結婚してくれたらあなたの家の借金は全て帳消しにする」
「それが本当ならば、私は喜んであなたを妻になりましょう。家族が困ることのないようにして頂けると言うのであれば不満はありません」
「もちろんそれは可能です」

 このように彼は約束をしてくれました。
 そしてそれは確実に叶うものと私は信じています。
 だって、私が他の男性に心を移さなければ、何の問題もないのですから。
 しかし本音を話しますと、私は悪い女と呼ばれるかもしれません。

 このゲームが始まったとき、実を言えばほんの少し期待したのです。
 ベイルのように歳の差があり、周囲から成り上がり者として嫌われている男性より。
 もっと若く実力があり、ほんの些細な約束を必ず実行してくれるそんな男性が現れてくれることを。
 けれども、どうやら私にとって運命の相手は彼だったようです。
 これは、私が男爵夫人となった前月に行われた、とあるゲームの顛末です。
 つまらない話に、お時間をいただきまして、ありがとうございました。

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