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プロローグ
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白い雪のような羽毛が視界の中を、端から端まで埋め尽くしていく。
「え‥‥‥?」
ここはどこだろう? とふと、そんな思いが脳裏をよぎる。
私が最後に覚えているのは、魔王城の最終決戦。
剣聖として参加した勇者ロブラールのパーティ。
そこには、魔王軍相手に激戦を繰り返し、幾度とない死地を潜りぬけてきた猛者ばかりが揃っていた。
王国から派遣された他の勇者や、高名な冒険者たち、神殿が派遣した聖女すらも成し得なかった魔王城攻略にめどが立ったのは、記憶の途切れる数日前のことだった。
それから不眠不休の進撃を遂げ、ようやくたどり着いた玉座の間で、彼なのか、彼女なのか理解できない、謎の物体は丸い球体。
玉座に浮かび、冬の空のように透き通った群青色のそれは、突然、激しく回転したかと思うと、不気味な重低音を発し、辺りところかまわず雷撃を放った。
凄まじい威力のそれは、ときに猛絶な炎を生み出し、ときに目に見えない刃で世界を遮断する真空でわたしたちを薙ぎ払う。
もちろん、こちらもなす術もなく、ただ攻撃を受けていたわけではない。
雷帝の力を借りた勇者の刃は飴色に輝き、魔王の玉座を両断した。
聖女の祈りは最前線で戦う盾の騎士を救った。
度重なる魔王の攻撃からパーティを守護していた彼は、彼女のおかげで三度は命を取り留めたはずだ。
後方からは聖弓使いの援護がありがたく、彼女の空間を歪めて必ず標的を射殺す聖弓は、魔王の本体に大きな穴を穿ち、亀裂をいれた。
この戦いでわたしの役割は重要だった。
「リイサ! その剣で魔王の根絶を!」
各人の攻撃が功を奏したのか、魔王と思われる球体はいつしか、ボロボロになっていた。
丸かった全体は三分の一ほどを残して全壊し、破片は玉座の間を飾る大理石の床上で、まるで岩塩が崩れるときのようにサラサラと白くなり、崩壊していく。
勇者がわたしの出番だときっかけをくれたのは、こちらが奥義を放つために呪文を唱え終えたときだった。
わたしの周囲には七色に輝く、無数の星々が集まっている。
針の先ほどの大きさのそれはこの宇宙に存在する、ありとあらゆる星々の煌きを、魔法によって瞬間的に凝縮した代物だ。
足元には四角を幾つも重ねた幾何学模様が円を成し、背丈より少し上には対するようにさまざまな不可思議な紋様が積層型に浮かび上がる。
その狭間で、わたしは星々の煌きに抱かれているのだ。
この結界のなかにいてはどのような攻撃も、わたしを傷つけることはできない。
完璧な防御だが、恩恵を得る見返りもまた、大きい。
もし、結界が未完成のまま術を止めれば、術者の命を奪って星々はそれぞれの本体へと戻っていくだろう。
逆に術が完成した暁には、最高の恩恵が受けられる。
わたしは剣聖だ。
星々の煌きを自らの剣先に宿すことで放った刃は、あらゆる障壁を踏み越え、叩き壊して標的を食いつぶす。
この刃に触れた存在は、この世における存在を失う。
文字通り、消えてしまうのだ。魂のいっぺんに至るまで――だからこそ、この秘儀は意義のあるものだった。
数百年に及ぶ王国と魔族との騒乱に、終止符を打てるからだ。
ようやく、戦いが終わる!
星々の煌きを宿し、己の剣が銀色の眩い光を放つのが見えた。
途端、結界が消失し、わたしの心にはそれまでになかった感情が押し寄せる。
恐怖。
耐え切れない殺意の咆哮が、魔王によって放たれていた。
叫び声に呼応するように、胎の底から異常な狂気が生み出される。
絶望感。
わかりやすい感情に置き換えれば、そんなものかもしれない。
一瞬、身じろぎして立ち止まったのが、まずかった。
不意に、どこからともなく生み出された巨大な闇の刃が、わたしに向かい襲い来る。
考えるより先に、肉体が動いていた。
両足を滑らせ、上半身を反らすことで、とっさに身をひるがえし、剣先で黒刃を受け流す。
あらぬ方向にはしった破壊の猛鎚は、床に貼られた石板を軽く薙いでいく。
流しきれない衝撃に身体がふわりっと浮きあがる。
その隙を突いて魔王は二撃目の攻撃を、『わたし』にのみ、放とうとした。
「――ハアアァァっ!」
異常性に気づくまで、まだ数分が必要だった。
星の力を秘めた刃を後方の空間に『突き刺し』、浮いていた両足で地面を強く蹴って、二撃目を迎え撃つ。
魔王の猛撃は、銀閃のさきで瞬く間に粒子に還元され、どこかに消え去っていく。
わたしは勢いそのまま、残る魔王の肉体へと星の刃を叩きこみ‥‥‥。
そこで記憶は途切れていた。
カタン、と聞きなれた音がする。
家人が戻ってきたのだ。
この家の入り口が開いた音だった。
それを耳にして、ようやくわたしの不鮮明だった記憶に、完全な色彩が宿る。
エレンディア王国で剣聖となり、勇者ロブラールとともに魔王に立ち向かい、奥義を尽くして敵を消し去ることに成功し‥‥‥。
「わたしは、死んだ?」
その呟きに、戻って来た姉が不思議そうな顔をする。
「どうしたのあなた、顔色が悪いわよ? 何か嫌な夢でも見たの、本当にカリーナは寝るのが好きなのだから」
と、姉のセレステは呆れたように言った。
見覚えのある、しかし、異色なその風貌に、ちょっとだけ強烈な違和感を感じてうっ、となる。
明らかに人でないセレステは、フェザーデーモンと呼ばれる種族だ。
いや、いまではわたしもそうなのだが。
「え‥‥‥?」
ここはどこだろう? とふと、そんな思いが脳裏をよぎる。
私が最後に覚えているのは、魔王城の最終決戦。
剣聖として参加した勇者ロブラールのパーティ。
そこには、魔王軍相手に激戦を繰り返し、幾度とない死地を潜りぬけてきた猛者ばかりが揃っていた。
王国から派遣された他の勇者や、高名な冒険者たち、神殿が派遣した聖女すらも成し得なかった魔王城攻略にめどが立ったのは、記憶の途切れる数日前のことだった。
それから不眠不休の進撃を遂げ、ようやくたどり着いた玉座の間で、彼なのか、彼女なのか理解できない、謎の物体は丸い球体。
玉座に浮かび、冬の空のように透き通った群青色のそれは、突然、激しく回転したかと思うと、不気味な重低音を発し、辺りところかまわず雷撃を放った。
凄まじい威力のそれは、ときに猛絶な炎を生み出し、ときに目に見えない刃で世界を遮断する真空でわたしたちを薙ぎ払う。
もちろん、こちらもなす術もなく、ただ攻撃を受けていたわけではない。
雷帝の力を借りた勇者の刃は飴色に輝き、魔王の玉座を両断した。
聖女の祈りは最前線で戦う盾の騎士を救った。
度重なる魔王の攻撃からパーティを守護していた彼は、彼女のおかげで三度は命を取り留めたはずだ。
後方からは聖弓使いの援護がありがたく、彼女の空間を歪めて必ず標的を射殺す聖弓は、魔王の本体に大きな穴を穿ち、亀裂をいれた。
この戦いでわたしの役割は重要だった。
「リイサ! その剣で魔王の根絶を!」
各人の攻撃が功を奏したのか、魔王と思われる球体はいつしか、ボロボロになっていた。
丸かった全体は三分の一ほどを残して全壊し、破片は玉座の間を飾る大理石の床上で、まるで岩塩が崩れるときのようにサラサラと白くなり、崩壊していく。
勇者がわたしの出番だときっかけをくれたのは、こちらが奥義を放つために呪文を唱え終えたときだった。
わたしの周囲には七色に輝く、無数の星々が集まっている。
針の先ほどの大きさのそれはこの宇宙に存在する、ありとあらゆる星々の煌きを、魔法によって瞬間的に凝縮した代物だ。
足元には四角を幾つも重ねた幾何学模様が円を成し、背丈より少し上には対するようにさまざまな不可思議な紋様が積層型に浮かび上がる。
その狭間で、わたしは星々の煌きに抱かれているのだ。
この結界のなかにいてはどのような攻撃も、わたしを傷つけることはできない。
完璧な防御だが、恩恵を得る見返りもまた、大きい。
もし、結界が未完成のまま術を止めれば、術者の命を奪って星々はそれぞれの本体へと戻っていくだろう。
逆に術が完成した暁には、最高の恩恵が受けられる。
わたしは剣聖だ。
星々の煌きを自らの剣先に宿すことで放った刃は、あらゆる障壁を踏み越え、叩き壊して標的を食いつぶす。
この刃に触れた存在は、この世における存在を失う。
文字通り、消えてしまうのだ。魂のいっぺんに至るまで――だからこそ、この秘儀は意義のあるものだった。
数百年に及ぶ王国と魔族との騒乱に、終止符を打てるからだ。
ようやく、戦いが終わる!
星々の煌きを宿し、己の剣が銀色の眩い光を放つのが見えた。
途端、結界が消失し、わたしの心にはそれまでになかった感情が押し寄せる。
恐怖。
耐え切れない殺意の咆哮が、魔王によって放たれていた。
叫び声に呼応するように、胎の底から異常な狂気が生み出される。
絶望感。
わかりやすい感情に置き換えれば、そんなものかもしれない。
一瞬、身じろぎして立ち止まったのが、まずかった。
不意に、どこからともなく生み出された巨大な闇の刃が、わたしに向かい襲い来る。
考えるより先に、肉体が動いていた。
両足を滑らせ、上半身を反らすことで、とっさに身をひるがえし、剣先で黒刃を受け流す。
あらぬ方向にはしった破壊の猛鎚は、床に貼られた石板を軽く薙いでいく。
流しきれない衝撃に身体がふわりっと浮きあがる。
その隙を突いて魔王は二撃目の攻撃を、『わたし』にのみ、放とうとした。
「――ハアアァァっ!」
異常性に気づくまで、まだ数分が必要だった。
星の力を秘めた刃を後方の空間に『突き刺し』、浮いていた両足で地面を強く蹴って、二撃目を迎え撃つ。
魔王の猛撃は、銀閃のさきで瞬く間に粒子に還元され、どこかに消え去っていく。
わたしは勢いそのまま、残る魔王の肉体へと星の刃を叩きこみ‥‥‥。
そこで記憶は途切れていた。
カタン、と聞きなれた音がする。
家人が戻ってきたのだ。
この家の入り口が開いた音だった。
それを耳にして、ようやくわたしの不鮮明だった記憶に、完全な色彩が宿る。
エレンディア王国で剣聖となり、勇者ロブラールとともに魔王に立ち向かい、奥義を尽くして敵を消し去ることに成功し‥‥‥。
「わたしは、死んだ?」
その呟きに、戻って来た姉が不思議そうな顔をする。
「どうしたのあなた、顔色が悪いわよ? 何か嫌な夢でも見たの、本当にカリーナは寝るのが好きなのだから」
と、姉のセレステは呆れたように言った。
見覚えのある、しかし、異色なその風貌に、ちょっとだけ強烈な違和感を感じてうっ、となる。
明らかに人でないセレステは、フェザーデーモンと呼ばれる種族だ。
いや、いまではわたしもそうなのだが。
応援ありがとうございます!
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