透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。

秋津冴

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プロローグ

亡者の戯言

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 家族全員が持っているアイネに対する不満、評価、態度。
 それはいつもあったものでたまたま今日、特別に始まったわけではない。

 いつもと変わらない何の変哲もない、この家ではありふれた朝の一場面だ。
 アイネが、シュヴァルト家にふさわしい令嬢ではない、と宣告された以外は。

「忘れていないだろが、お前は兄の子供だ。私の血筋でない、いやそれは間違いだ。兄の子供だから養子としてここに。伯爵家の一員として座ることを許している。だが、よく考えてみるといい」
「何を考えれば良いとおっしゃるんのですか。私は伯爵家のために殿下との婚約を――」
「思い上がるな!」
 
 伯爵の大きな拳がテーブルの上を叩いた。
 多くの料理皿が少しだけ宙に浮き、同時に、ガシャンガシシャンと音を立てて落下する。

「お前には特別に目をかけてきた。その結果がこれだ、情けない」
「どうして、私は……お父様、どうして!」
「お前は殿下に捨てられた! その言い訳がそれか!」
「――‥‥‥っ」
 
 伯爵は吐き捨てるように言った。
 アイネが言い訳を述べる選択肢を、彼は与えなかった。

 利用価値の無くなった実子でもない、兄の娘に、彼の興味はもう失せてしまったのだ。
 私は捨てられたのだ……。

 知った瞬間、アイネの手にしていたワインの入ったグラスが傾いて、中身がこぼれでる。
 それはテーブルクロスを伝い、アイネのスカートを小さく紅に染めた。

「お嬢様!」

 ぐらりっとアイネの上半身が傾いだ。
 ショックのあまり、背もたれに深く座り込む主人を心配したのは、後ろにいたメイドのサーラだけだ。

 サーラだけは、いつもアイネの味方だった。
 アイネの倒れこむ様子を見て、また冷たい嘲笑が沸き起こった。

「おいおい見てみろよあれ。あんなやつでも僕らの妹だ」
「お兄様、それを言ってしまってはかわいそうですわ。血がつながらないだけで、我が家の養子になったというのは本当なのですから」

 姉のシェーンが庇うように言ってくれた。
 でも、彼女の顔には固くへばりついた半月のような形をした口元がずっと浮かんでいる。

 それは明らかにアイネを家族とは別の者、として見ている人間が浮かべる笑みだった。
 再び伯爵が大きく叫んだ。

「うるさいぞお前たち。今は私とアイネが話をしているのだ、黙っておれ!」
「あー怖い怖い。父上はいつもそれだ。別の意味でアイネを特別扱いするのだから。困ったものですね」
「本当に。どうしてそんなにいいのかしらあの子のことが」
「壊れないおもちゃほど、壊し甲斐があるじゃないですか。お兄様、お姉様。そうでしょう?」

 最後のセリフ、妹のエルメスのものだった。
 壊れないオモチャ、と侮蔑された。

 もはや姉とも思われていないのだと、アイネの心にさらなる苦しみが押し寄せてきた。
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