透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。

秋津冴

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プロローグ

友を無くして

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 自分でも声が震えているのが分かると、情けない気持ちで心がいっぱいになった。
 数人の友人に肩を抱かれ、輪になってアイネたちはいつしか泣いていた。

 貴族の身分であることに。
 女性として意のままならない現実があることに。

 家のために道具となってこれから生きていく未来を、彼女たちはひしひしと感じていた。
 その最初に旅立つ友人に向けて、別れの涙を流していた。

「ごめんね‥‥‥みんなに、迷惑をかけて……。殿下と私のことでみんなを振り回したかもしれないから」
「迷惑なんて思ってない!」
「そうよ、アイネは悪くない! オリビエートが我が儘すぎるだけなのよ!」
「……アイネ、本当に大丈夫? どこに行っちゃうの……?」
「ごめん、言えないの……」
「おかしいよ、こんなの! アイネがどうして学院を去らないといけないの? なんであんな忌まわしいエルメスが……。あの子、おかしいよ。この世の全ては自分のためにある、みたいな言い方していた。アイネが全部悪いって! そんなのおかしいよ……っ!」

 だからアイネ、謝るなんてそんなことを言わないで、と彼女は言ってくれた。
 俯いて拳を握り、それはふるふると小刻みに震えていた。
 アイネは彼女たちの義憤に駆られる思いに、深い感謝を覚えた。
 だが、もう現実は覆らない。
 怒ってくれたことに申し訳なさを感じつつ、謝罪を口にする。

「ごめんね、みんな。もう決めたことだから。これからは学院に来れないの」
「だって! せっかくアイネが頑張っていたのに。なのに、奪うことないじゃない! 頑張っていたのに、全部、自分の手柄みたいにすることないじゃない」
「ごめん。それはお父様が決められたことだから」
「だって‥‥‥」

 そう言い、友人は一筋流れた涙を手の甲で拭った。
 目を閉じてすうっと息を吸いこむと、大きくはいてからそれを開ける。
 こちらを向いたそこには、なにかを許せない怒りに燃える瞳があった。

「だってじゃない。アイネはもっと怒っていると思っていた。そんなに受け入れてごめんなんて謝るようなあなた、あなたじゃないわよ」
「ごめん‥‥‥。もうどうにもできないの……」

 それ以上、言葉を返せないアイネに向かい、友人たちは最初はアイネの境遇を嘆いてくれたが、最後はみんな苛立ちの混じった顔をする。

「婚約者奪われて、あんな悪い噂のある男をあてがわれて、それでよく平気ね、あなた!」
「どうしてそんなことまで。あの子が喋ったの?」
「殿下と一緒になって、そこかしこであなたの悪行を暴きながら、悪女は去った、なんて言い触れて回っていたわよ。愚かな行いをするから、あんな悪人の妻になるしかないって! そこまで言われてよく平気ね? 私ならエルメスと殿下を刺し殺したいところだわ」
「……もう止めて。その話はしたくないの。みんなと最後に話を――」
「もういいっ。話しかけてこないで‥‥‥結婚、おめでとう」
「待っ――‥‥‥て」

 止めようとする言葉は小さすぎて、教室の向こうに足早に去ろうとしていた友人には届かない。

 アイネは大事な何かを失った気がして、途方にくれた。

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