透明令嬢は、カジノ王の不器用な溺愛に、気づかない。

秋津冴

文字の大きさ
22 / 51
第一章

来ない待ち人

 これだけの証拠でまともに理解してもらえるとは、思えない。
 今ある物証のすべてを見せ、真実を語ることでエリーゼはアイナの信頼を得ようと試みる。

「ご理解いただけないでしょうか」
「貴方が……自分で記したのではないという、証拠にもならないじゃない。旦那様が用意した侍女であるという、そんな証明でもしてくださらない?」

 それはするつもりだった。
 ただ、アイネの興味がまず、どうしてエリーゼがこの場所に来れたかのか、という点にあったからそれを示した。

 侍女は腰の部分に縫い付けられている小さなポーチを開く。
 すると、そこからは驚きの品々が飛びだしてきた。

「大公閣下から私が受け取りましたのは、この五種類。家紋を記した指輪、お嬢様の身分証明書とこれから必要となります旅行許可証、正式なる婚姻の証となるべき婚約指輪。そして――」
「ちょっ、ちょっと! どこから取り出したのですか、その短剣……」
「よくある空間魔法を利用した即時的な物入れになっておりまして。ご存知ないですか?」
「見たことくらいはあるけど。使ったことはないわ。……恥ずかしながら、魔法は優秀ではないの」

 アイネは伯爵令嬢でもあり、王太子妃補でもあった。
 普段から人を使う立場で生きてきた者にとって、自分で物を持つという習慣が、彼らにはないのだ。
 その一言からしても、アイネの育ちの良さがわかるようだった。

「これらの品をまずは納めください。改めていただき、大公家に着くまで、不要なものは私が管理いたします」
「不要なって……。用意しようと思えば用意できるじゃない。贋作でも――」

 証明書の類はいくらでも偽造が効く。
 複製魔法を使える者なら、手にした何かの複製を、そっくりそのままの品を作り出すことも可能だ。

 アイネは本物か偽物かを見分ける方法なんて学んでいない。それは盗賊や警察の役割だった。
 あるとすれば、上流階級で生きてきた経験と勘しかない。

 明らかにポーチの中に納まるサイズではない、指先から肘程までもありそうな長さのそれを、エリーゼはゆっくりと取り出すと、包みを開いた。
 短剣は、黒い布地に白い小紋柄が幾つも染め抜きされた、手触りのよい生地が使われている。

 伯爵家で普段から高級生地に馴染んできたアイネにとって、一触りしただけでそれが高価な品だということは理解できた。
 ブラックという名に因んだのか、その鞘はおろか柄部分まで黒い素材が使われている。
 短剣を片手にもち、その包みを解いたところで、アイネは深くため息を零した。

「どうか……なさいましたか、お嬢様」
「いいえ。もう、いいわ。貴方の言葉を信じまず。証明書の数々に婚約指環、おまけに大公家の家紋がきちんと入ったこの短剣。どれをとってみても急ごしらえで用意できるものではないわ」
「私は嘘などついておりません」
「エリーゼは嘘つきだ、と言ってるわけではないの。どうしてここに案内されたのかいまひとつ理解できないのよ。これから妻になる予定の女を危険な目にさらすような夫ならこちらから願い下げだわ」

 伯爵令嬢はそうぼやくと、そのままベッドに腰かけてしまい、根が生えたように動かない。
 無理もない。

 主人の境遇をそれとなく知ることで、エリーゼはアイネに同情を示した。
 せめて、新しく夫となるブラックがこの場に居合わせたなら、アイネの心もいくばくか救われたろうに。

 一人で実家を出てホテルにきてみれば、状況を理解できないまま、身の危険に晒されたのだ。
 その怒りと悲しみ、このホテルの部屋を設定した者に対しての怒りは、あって当然のものだった。

「大変ご不満かとは思いますが、人を手配しています」
「今度はどこに私を連れて行こうというの」
「それは勿論、大公閣下のおわします、エルバスの地に」
「私が嫁ぐ先もエルバスよ。奇遇ね」
「お嬢様。現状で、私を信じて下さいというのは、確かに不躾なお願いではありますが。ここに居続けることも賢いことにはなりません」
「……ええ。そうね。でもどうやって抜け出すの? 荷物と私が居るのよ? 先に言っておきますが、安全のためとかなんて理由で、この荷物をここに置き去りにするつもりはないですからね」
「……それは善処いたします」

 是非、そうして頂戴、と嫌味をひとつ告げると、アイネは立ち上がり短剣をエリーゼの手に戻した。
感想 2

あなたにおすすめの小説

大嫌いな従兄と結婚するぐらいなら…

みみぢあん
恋愛
子供の頃、両親を亡くしたベレニスは伯父のロンヴィル侯爵に引き取られた。 隣国の宣戦布告で戦争が始まり、伯父の頼みでベレニスは病弱な従妹のかわりに、側妃候補とは名ばかりの人質として、後宮へ入ることになった。 戦争が終わりベレニスが人質生活から解放されたら、伯父は後継者の従兄ジャコブと結婚させると約束する。 だがベレニスはジャコブが大嫌いなうえ、密かに思いを寄せる騎士フェルナンがいた。   

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

婚約者の姉に薬品をかけられた聖女は婚約破棄されました。戻る訳ないでしょー。

十条沙良
恋愛
いくら謝っても無理です。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

真実の愛の祝福

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。 だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。 それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。 カクヨム、小説家になろうにも掲載。 筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

年増令嬢と記憶喪失

くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」 そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。 ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。 「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。 年増か……仕方がない……。 なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。 次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。 なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……