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第二章
八つ当たり
蓋を開けると、中に入っているある物を出て来いと念じてみる。
案外簡単に、しゅぽんっと音を立てて、それは出てきてくれた。
「甘いものと辛いものどっちが苦手?」
「は? え? いえ……辛いものは全般的に苦手です」
「ああ、そう。それなら良かったわ」
「は? ひっ」
アイネの手元にあるのは、あの辛いドレッシングを作る原材料の一つ、ゴジェの実をペースト状にして瓶詰にしたものだ。
先は細く、胴体が太くなっているそれは、手のひらサイズのもので、蓋を取りふりかけると、中蓋に開けられた穴から適量が飛び出す仕組みになっている。
アイネはその中蓋を取ると、瓶に貼られたラベルを見て中身を察し、顔を背けようとするエリーゼの口に、瓶先を突っ込んだ。
「言いなさい。言わないと飲ませるわよ?」
「やっ、やめっ! こんな子供みたいな――ひいいいっ」
「抵抗したらクビですからね!」
「そんなっ」
飲ませるわよ、は単なる言葉のあやになってしまった。
がっしりと後頭部を両手でロックされたエリーゼは、逃げる暇もない。
どうにかして飲み込まないように口に辛い液体をためようとしているので、無駄なあがきをやめさせるために、アイネはエリーゼの鼻を摘まんでやった。
「――――っ!」
「あーあ……。さっさと言わないから」
液体のすべてを飲み干し、喉の奥から金切り声を上げてエリーゼは、涙をあふれさせ、舌を腫らせて苦しんでいる。しかし、それでも騎士としてクビになりたくないのか、主人の許しが出るまで水を求めないのは、なかなか優秀だといえた。
「み、水を。言います、後生ですから、水を!」
「どうせ飲んでも本当のことは言わないでしょ? 好きにすれば」
と、懇願するエリーゼに対して、アイネはなぜか冷たく当たっていた。
無抵抗な部下をいじめることが楽しいとか、そんなことを感じたから、しているわけではない。
多分ない。断然ない。本当に違う。それは単なる――言いがかりだ。もし誰かに言われたらだけど。
人生は本当に自分のこと思ってくれているのだろう、それが理解できたからなんとなく意地悪をしてしまうのだ。
「どうして私の言うことを信じてくださらないのですか」
「信じてるわよ。大公様が裏で何をしているかなんて、社交界の片隅に生きていれば、誰でも知っていることだから」
「え? じゃあさっきの私の……。ひどいです、アイネ! 私の我慢はどこに行ったのですか!」
「どこにも行ってないと思う。あなたの忠誠は本当によくわかったから、早く回復魔法で治しなさい」
「そんな自分勝手な……。ちょっとだけ、助けなかった方がいいかもしれないって思いました!」
「負け犬のセリフね。人生の負け犬たる私の部下にはふさわしいかもしれない」
「私は、アイネに遊ばれても、人生ではまだ負けてませんから!」
はっ、そうかもね。と乾いた笑いが頬に浮かぶのを、アイネは姿見を通して発見する。
私、こんなに嫌な女だったかな? これは八つ当たりだ。殿下に捨てられたことへの、八つ当たりだ。
でもどうして、八つ当たりなんだろう?
エリーゼは今回、父親に裏切られたけど、それまでは信頼されていたから?
幸せな家庭環境にあった彼女に対して、知らず知らずのうちに怒りを覚えていたのかも。
伯爵家では常にいらない子供だと、蔑まれてきたから。エリーゼの育った境遇に嫉妬したのか。どうにも心が定まらないでいた。
「ちょっと待って。あなた人生で負けてないってどういうこと?」
「えっ、それは……」
「まさかあなた。婚約者がいたりしないわよね?」
辛さで真っ赤になった彼女の頬が、回復魔法で一度、平常に戻ったのを確認してから、アイネは質問する。
問われたエリーゼの顔は、まさしく乙女のそれで、真っ赤に染まっていた。
「やっぱりあなた嫌いだわ」
「そんなっ! 守って差し上げたではないですか」
「それは分かっています。もうこの話はおしまいね、貴方ののろけ話を聞きたくないから」
「……申し訳ございません」
侍女はしゅんっとうなだれてしまった。
こういう可愛らしい反応が出来る女というものが、男性にはモテるのだろう、とアイネは思う。
殿下にはいつも愛想のない女だと叱られていたから――女として上位にいるエリーゼのその部分は、なんとなく苦手になりそうだった。
「旦那様。大公閣下が違法賭博をされていることは、王国の貴族ならば誰もが知っています。あなたのお父様はそこで何か問題起こしたのでは?」
ふと思ってそう訊いてみる。
エリーゼの顔は苦虫を噛み潰したように、後悔の色に染まっていた。
「父は、その――カジノが大好きですね。母ともよく、そのことで揉めていました」
「借金のカタに、どんな条件を出されたのかしら」
「は? なぜそう思われるのですか?」
「だって、本来ならば王国騎士は、違法賭博を取り締まる側でしょう? それがもし、ブラック大公のカジノで借金を作ったと周りに知られたら、クビでは済まないはずよ」
「私と、母親にも罪が及ぶ」
「そうね。少女騎士団に所属していれば、不名誉な父親を持ったということで、処分の対象になったかもしれないわね」
「……信じたくありません。でももしそうなら、なぜ私をもっと上手に使わなかったでしょうか」
どうしてだろう? ついさっきまで過酷な環境に放り込まれたせいで、正常な判断力が鈍っていたけれど。
こうやってエリーゼを虐め……いやいや。信頼のおける少女騎士と会話を交わすことで、なんとなく落ち着き心に戻ってきた。
普段のアイネは、愚かではないのだ。
少なくとも忠義に厚い筋肉馬鹿……もとい、麗しい少女騎士よりは、頭の回転が速い。
案外簡単に、しゅぽんっと音を立てて、それは出てきてくれた。
「甘いものと辛いものどっちが苦手?」
「は? え? いえ……辛いものは全般的に苦手です」
「ああ、そう。それなら良かったわ」
「は? ひっ」
アイネの手元にあるのは、あの辛いドレッシングを作る原材料の一つ、ゴジェの実をペースト状にして瓶詰にしたものだ。
先は細く、胴体が太くなっているそれは、手のひらサイズのもので、蓋を取りふりかけると、中蓋に開けられた穴から適量が飛び出す仕組みになっている。
アイネはその中蓋を取ると、瓶に貼られたラベルを見て中身を察し、顔を背けようとするエリーゼの口に、瓶先を突っ込んだ。
「言いなさい。言わないと飲ませるわよ?」
「やっ、やめっ! こんな子供みたいな――ひいいいっ」
「抵抗したらクビですからね!」
「そんなっ」
飲ませるわよ、は単なる言葉のあやになってしまった。
がっしりと後頭部を両手でロックされたエリーゼは、逃げる暇もない。
どうにかして飲み込まないように口に辛い液体をためようとしているので、無駄なあがきをやめさせるために、アイネはエリーゼの鼻を摘まんでやった。
「――――っ!」
「あーあ……。さっさと言わないから」
液体のすべてを飲み干し、喉の奥から金切り声を上げてエリーゼは、涙をあふれさせ、舌を腫らせて苦しんでいる。しかし、それでも騎士としてクビになりたくないのか、主人の許しが出るまで水を求めないのは、なかなか優秀だといえた。
「み、水を。言います、後生ですから、水を!」
「どうせ飲んでも本当のことは言わないでしょ? 好きにすれば」
と、懇願するエリーゼに対して、アイネはなぜか冷たく当たっていた。
無抵抗な部下をいじめることが楽しいとか、そんなことを感じたから、しているわけではない。
多分ない。断然ない。本当に違う。それは単なる――言いがかりだ。もし誰かに言われたらだけど。
人生は本当に自分のこと思ってくれているのだろう、それが理解できたからなんとなく意地悪をしてしまうのだ。
「どうして私の言うことを信じてくださらないのですか」
「信じてるわよ。大公様が裏で何をしているかなんて、社交界の片隅に生きていれば、誰でも知っていることだから」
「え? じゃあさっきの私の……。ひどいです、アイネ! 私の我慢はどこに行ったのですか!」
「どこにも行ってないと思う。あなたの忠誠は本当によくわかったから、早く回復魔法で治しなさい」
「そんな自分勝手な……。ちょっとだけ、助けなかった方がいいかもしれないって思いました!」
「負け犬のセリフね。人生の負け犬たる私の部下にはふさわしいかもしれない」
「私は、アイネに遊ばれても、人生ではまだ負けてませんから!」
はっ、そうかもね。と乾いた笑いが頬に浮かぶのを、アイネは姿見を通して発見する。
私、こんなに嫌な女だったかな? これは八つ当たりだ。殿下に捨てられたことへの、八つ当たりだ。
でもどうして、八つ当たりなんだろう?
エリーゼは今回、父親に裏切られたけど、それまでは信頼されていたから?
幸せな家庭環境にあった彼女に対して、知らず知らずのうちに怒りを覚えていたのかも。
伯爵家では常にいらない子供だと、蔑まれてきたから。エリーゼの育った境遇に嫉妬したのか。どうにも心が定まらないでいた。
「ちょっと待って。あなた人生で負けてないってどういうこと?」
「えっ、それは……」
「まさかあなた。婚約者がいたりしないわよね?」
辛さで真っ赤になった彼女の頬が、回復魔法で一度、平常に戻ったのを確認してから、アイネは質問する。
問われたエリーゼの顔は、まさしく乙女のそれで、真っ赤に染まっていた。
「やっぱりあなた嫌いだわ」
「そんなっ! 守って差し上げたではないですか」
「それは分かっています。もうこの話はおしまいね、貴方ののろけ話を聞きたくないから」
「……申し訳ございません」
侍女はしゅんっとうなだれてしまった。
こういう可愛らしい反応が出来る女というものが、男性にはモテるのだろう、とアイネは思う。
殿下にはいつも愛想のない女だと叱られていたから――女として上位にいるエリーゼのその部分は、なんとなく苦手になりそうだった。
「旦那様。大公閣下が違法賭博をされていることは、王国の貴族ならば誰もが知っています。あなたのお父様はそこで何か問題起こしたのでは?」
ふと思ってそう訊いてみる。
エリーゼの顔は苦虫を噛み潰したように、後悔の色に染まっていた。
「父は、その――カジノが大好きですね。母ともよく、そのことで揉めていました」
「借金のカタに、どんな条件を出されたのかしら」
「は? なぜそう思われるのですか?」
「だって、本来ならば王国騎士は、違法賭博を取り締まる側でしょう? それがもし、ブラック大公のカジノで借金を作ったと周りに知られたら、クビでは済まないはずよ」
「私と、母親にも罪が及ぶ」
「そうね。少女騎士団に所属していれば、不名誉な父親を持ったということで、処分の対象になったかもしれないわね」
「……信じたくありません。でももしそうなら、なぜ私をもっと上手に使わなかったでしょうか」
どうしてだろう? ついさっきまで過酷な環境に放り込まれたせいで、正常な判断力が鈍っていたけれど。
こうやってエリーゼを虐め……いやいや。信頼のおける少女騎士と会話を交わすことで、なんとなく落ち着き心に戻ってきた。
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