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第二章
新旧メイドたち
運が良かったことは、頭から落ちなくて済んだことだ。
コンクリートの床と激しくキスをしたお尻を痛そうに撫でながら、「うむむむっ」と苦悶の呻き声をあげるアイネは、間違いなくセーラが良く知っているいつものアイネだった。
「アイネ! 大丈夫ですかっ!」
「そんなはしたないお姿を、大公閣下にお見せするなんてできませんね、お嬢様」
「貴方! いくら昔の家臣だったからといって、不敬ではありませんか!」
「別にこの程度のこと申し上げてくらいで、私のお嬢様がお怒りになんてなられません」
「今は私がお仕えしているのです!」
「あらそうですか。それにしては――」
セーラはだらしなく開かれた主人のスカートの前を自分の体で隠すようにして身を寄せる。それから、いつもしているように手でアイネの乱れた亜麻色の髪の丁寧に直してやった。
「こんなの庶民が着るような安物の服をお嬢様に渡すなど、メイドとしての意識に欠けるのではありませんか?」
「それは……人目を忍ぶために仕方なく、お願いして着ていただいているものです」
仕事の不備を指摘されると、エリーゼは目を伏せてそう答えた。自分の不手際が、アイネに恥をかかせたと反省する。素直な反応をじっと見つめて、セーラは「嘘ね」と一言でそれを一蹴した。
「は? いえ、嘘などではなく……それは私の私物ですから」
「だからあなたの申されることは嘘だと申しております。どうせ逃げるために必要だ、とかのたまい、お嬢様ご本人は希望されたのでしょう?」
「それはその、いいえ。自分がこうして下さいとお願い致しました」
「どっちでもいいけど」
興味なさげに肩をすくめると、セーラはアイネに手を貸してしゃがみこんでいた床から立ちあがらせる。そのとき、前髪に指先を添えて「珍しくおろすのやめたのね」と呟いていた。
「そちらの髪型もお似合いでございます」
「ありがとう。その、この服は私がエリーゼに借りたの」
「そうだと思いました。お嬢様の趣味の割には、どことなく機能美が勝っていましたので」
「それってどういう意味? 私はおしゃれに疎いとおっしゃりたいのですか? 貴方、セーラさん」
「どことなく男性っぽい趣味だなと思っただけです、エリーゼ様。いいえ、エリーゼ」
「貴方とは趣味が合わないのかもしれませんね」
「お嬢様に選ぶ服は、一般庶民のものであっても、身分の高貴さを示すようなものでなくてはなりません。こんなフリルとリボンがたくさんついたロングスカートで、どうやって逃げるというのですか?」
確かに。
セーラの言うように、いまのアイネは落ち着いたパステルグリーンのカーディガンに、ピンクのブラウス。下は赤に近い茶色のロングスカート。足元はブラウンのローカットブーツという出で立ちだ。
腰まである亜麻色の長髪は、小さく後ろでお団子にしてある。
動きやすいかと言えばそうだし、洒落っ気がないといえばそれも正しい。
対するように、エリーゼの服装は膝丈の黒いスカートと白いブラウス。
長い金髪を緩くまとめていて、紫色のリボンが可愛いらしさを強調している。赤いサテン生地のジャケットを着ることで、事務員的な機能美でまとめられている装いだった。
「この格好なら派手でもないし、旅行に出ると言っても不思議ではないでしょ?」
と、自分のコーディネートに文句をつけられて、アイネがエリーゼを守るかのように反論する。
セーラは武器を肩から下げた旅行カバンの中にしまいこみ、周囲の安全を確認してから、理由を話してくださいとアイネに迫った。
この場所は四階の行き止まりになっていて、出口は一方向しかない。
向こうから襲撃されたとしたら、あっという間に袋のネズミにされてしまう。
まずはここから離れること。それを最優先して、二人の新旧侍女はアイネを真ん中に、セーラを先頭にして、デパートの中へと戻った。
二階のフロアに降りるまで不審者と思しき人物と出くわすことはなく、三人は王都でもちょっとばかり名の知れたスイーツの店に腰を下ろした。
「ポシェットの中に隠れて、幻の炎まで使い、身を守る必要がどうしてあるの、アイネ」
様、と付けないでくれ、とアイネはセーラにも命じていた。
注文したお茶のカップに口をつけながら、胡乱な顔をしてセーラは質問する。
どう返事をしたものかと迷ったアイネの代わりに、こういった報告ごとは職務柄慣れているのか、エリーゼが説明した。
元少女騎士であること、その職をいきなり辞めてアイネの侍女になれと父親に命じられたこと、その父親は大公になんらかの負い目があり、利用されたこと。指定されたホテルに行ってみれば、そこではいきなりの襲撃に会い、命がけでアイネを救ったこと、隠れ家のこと、襲撃犯は自分の父親の部下だったことなどなど。
それらを端的に掻い摘んでエリーゼは後悔の念を混ぜて言葉にする。
彼女と襲撃犯の関係性が密接になるにつれて、セーラの眉間の皺はますます増えていった。
コンクリートの床と激しくキスをしたお尻を痛そうに撫でながら、「うむむむっ」と苦悶の呻き声をあげるアイネは、間違いなくセーラが良く知っているいつものアイネだった。
「アイネ! 大丈夫ですかっ!」
「そんなはしたないお姿を、大公閣下にお見せするなんてできませんね、お嬢様」
「貴方! いくら昔の家臣だったからといって、不敬ではありませんか!」
「別にこの程度のこと申し上げてくらいで、私のお嬢様がお怒りになんてなられません」
「今は私がお仕えしているのです!」
「あらそうですか。それにしては――」
セーラはだらしなく開かれた主人のスカートの前を自分の体で隠すようにして身を寄せる。それから、いつもしているように手でアイネの乱れた亜麻色の髪の丁寧に直してやった。
「こんなの庶民が着るような安物の服をお嬢様に渡すなど、メイドとしての意識に欠けるのではありませんか?」
「それは……人目を忍ぶために仕方なく、お願いして着ていただいているものです」
仕事の不備を指摘されると、エリーゼは目を伏せてそう答えた。自分の不手際が、アイネに恥をかかせたと反省する。素直な反応をじっと見つめて、セーラは「嘘ね」と一言でそれを一蹴した。
「は? いえ、嘘などではなく……それは私の私物ですから」
「だからあなたの申されることは嘘だと申しております。どうせ逃げるために必要だ、とかのたまい、お嬢様ご本人は希望されたのでしょう?」
「それはその、いいえ。自分がこうして下さいとお願い致しました」
「どっちでもいいけど」
興味なさげに肩をすくめると、セーラはアイネに手を貸してしゃがみこんでいた床から立ちあがらせる。そのとき、前髪に指先を添えて「珍しくおろすのやめたのね」と呟いていた。
「そちらの髪型もお似合いでございます」
「ありがとう。その、この服は私がエリーゼに借りたの」
「そうだと思いました。お嬢様の趣味の割には、どことなく機能美が勝っていましたので」
「それってどういう意味? 私はおしゃれに疎いとおっしゃりたいのですか? 貴方、セーラさん」
「どことなく男性っぽい趣味だなと思っただけです、エリーゼ様。いいえ、エリーゼ」
「貴方とは趣味が合わないのかもしれませんね」
「お嬢様に選ぶ服は、一般庶民のものであっても、身分の高貴さを示すようなものでなくてはなりません。こんなフリルとリボンがたくさんついたロングスカートで、どうやって逃げるというのですか?」
確かに。
セーラの言うように、いまのアイネは落ち着いたパステルグリーンのカーディガンに、ピンクのブラウス。下は赤に近い茶色のロングスカート。足元はブラウンのローカットブーツという出で立ちだ。
腰まである亜麻色の長髪は、小さく後ろでお団子にしてある。
動きやすいかと言えばそうだし、洒落っ気がないといえばそれも正しい。
対するように、エリーゼの服装は膝丈の黒いスカートと白いブラウス。
長い金髪を緩くまとめていて、紫色のリボンが可愛いらしさを強調している。赤いサテン生地のジャケットを着ることで、事務員的な機能美でまとめられている装いだった。
「この格好なら派手でもないし、旅行に出ると言っても不思議ではないでしょ?」
と、自分のコーディネートに文句をつけられて、アイネがエリーゼを守るかのように反論する。
セーラは武器を肩から下げた旅行カバンの中にしまいこみ、周囲の安全を確認してから、理由を話してくださいとアイネに迫った。
この場所は四階の行き止まりになっていて、出口は一方向しかない。
向こうから襲撃されたとしたら、あっという間に袋のネズミにされてしまう。
まずはここから離れること。それを最優先して、二人の新旧侍女はアイネを真ん中に、セーラを先頭にして、デパートの中へと戻った。
二階のフロアに降りるまで不審者と思しき人物と出くわすことはなく、三人は王都でもちょっとばかり名の知れたスイーツの店に腰を下ろした。
「ポシェットの中に隠れて、幻の炎まで使い、身を守る必要がどうしてあるの、アイネ」
様、と付けないでくれ、とアイネはセーラにも命じていた。
注文したお茶のカップに口をつけながら、胡乱な顔をしてセーラは質問する。
どう返事をしたものかと迷ったアイネの代わりに、こういった報告ごとは職務柄慣れているのか、エリーゼが説明した。
元少女騎士であること、その職をいきなり辞めてアイネの侍女になれと父親に命じられたこと、その父親は大公になんらかの負い目があり、利用されたこと。指定されたホテルに行ってみれば、そこではいきなりの襲撃に会い、命がけでアイネを救ったこと、隠れ家のこと、襲撃犯は自分の父親の部下だったことなどなど。
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