39 / 51
第三章
飛行船と安全地帯
四人一緒になり、飛行船へと乗り込むために、魔導列車の駅を経由して、ホテルギャザリックリネーリアへと移動を開始する。
先頭にはエリーゼが立った。
今回、襲撃してきた男たちの中にも、見覚えのある父親の部下が数名、混じり込んでいたらしい。
そのことがエリーゼのわずかばかり保っていた父親への信頼を損ねたからかな、と思ったアイネは他の数名には気づかれないように質問した。
「貴方は貴方。ロアーはロアーだから」
そのことについて、私は気にしていません。アイネとしては、そう元気づけたつもりだが、あいにくと裏目に出てしまう。エリーゼの中では、更にアイネに対する罪悪感が増えたのだった。
「助けて頂きました。感謝しております、主様」
「いや、そういう話ではなくて。さっきのこと!」
「もはやこの身、この命は二度までも救われました。すでに大公家、引いてはお嬢様の忠実なる部下となる以外に、恩義を返せる道がありません」
「……そうじゃないってば! どうしてこう頭が硬いのかしら」
「では、何をお知りにいなりたいと?」
どうやら、エリーゼはすでに終わった過去のもの、として事件を見返したくないようだった。
振り返れば、そこにあるのは恥辱にまみれた、愚かな自分だ。
それをわざわざ掘り起こしてまで、エリーゼのなかに暗い光を落とすのも、どうかとアイネには躊躇われる。
すると、話に聞き耳を立てていたのか、セーラが気を利かせて、質問した。
「お嬢様は、貴方に訊きたいのですよ、エリーゼ」
「なにをでしょうか、セーラ先輩」
「そうやって先に立って危険に真っ先に向かおうとするそのやり方。それが、貴方の騎士としての思いからなのか、それとも贖罪を背負おうとしているからなのか。どちらか、ということです」
「……どちらも、考えております」
「だ、そうでございますが?」
「セーラ! 適当に場を譲らないで下さい!」
自分の考えていた質問とは、すこしばかり方向性と内容が違った。
いきなり話の矛先を振られたアイネは目を見開いて、驚いた。
列はエリーゼ、サーラ、アイナとブラックの一列になっていて、ブラックとアイネは真横にいる。
と、いうより大公はうら若い新妻候補に腕を差し出し、アイネはそれに腕を絡めて歩いていたから、こんな構図になってしまった。
必然的に声を細めてもブラックには筒抜けだ。
アイネがここ数日やって来た内輪のノリで盛り上がってしまい、ブラックが不快そうではないかと、顔を上げる。
おずおずと除き上げたそこにあったのは、やはり険しいいかつい顔立ちだった。だが、剣呑な雰囲気はなく、むしろこの会話を楽しんでいるようにすら、見えてしまう。
「旦那様?」
「あ? ああ……」
訊ねるように下から見上げられて、ブラックは返答に困った。
若い彼女たちの明るい会話に、多少なりとも気忙しい日々の苛立ちなどが紛れる、とは言えなかった。
「御不快ですか?」
「いや。エリーゼが父親に利用されたということと、あれの忠誠心はアイネ様の意向によって確かなものとなされたのだから、もう恥じる必要も、責任を感じることもない。罪があるというなら、王都での死にかけながらアイネ様を救ったことで、すべて帳消しだろう。俺は管理を……貴方に任せた。何も言うことはない」
先を行くエリーゼがほっと肩を落としたようにブラックは感じた。
道は連絡橋を渡り、ホテル側のドアマンがうやうやしく、四人の来客を迎えたところだ。
そこから大きな広間、また通路と続き、ようやく最上階にある飛行艇の乗り場に続くエレベーターホールに到着する。
ブラックの執事、フォビオとその部下たちが待っていて、大公とその一行は彼らの案内でエレベーターに乗り込んだ。
飛行船に収容され、ホテルの係留場から宙へと機体が放たれる。
ブラックは自分専用の執務室に、三人を招いてソファーに座らせた。
エリーゼがまず謝辞を述べ、アイネはブラックの隣に席を求めて、二人で長椅子に移動する。
彼女は用意された紅茶で体を温めながら立ち上がると、薄い水色の瞳に感謝を散りばめてブラックに向かい、膝を折って感謝の念を示した。
「改めてようこそ、当艦へ。しばらくの旅だ、羽を伸ばして休んでくれ。貴方に会えて光栄だ、アイネ様」
「とんでもこざいません。こちらこそ、危うい場を助けていただきまして、誠にありがとうございます! 伯爵家の不手際をどうかお許し下さい、旦那様」
いや、まだ結婚してない……ちょっと心の距離の段階をすっ飛ばしすぎやしないか、この伯爵令嬢。
甥のオリビエートが苦手だと言っていた理由が、なんとなく理解できた大公だった。
アイネは他人との距離の取り方が独特すぎるのだ。
それは常識外れだといえばそうだし、特性ともいえる。彼女が求める好ましい人物が、もし、その周囲や親兄弟にとって有利になるよう働く存在なら、これほど政治にとって有力な道具はないだろう。
もっとも、そんな道具呼ばわりしたからこそ、オリビエートはアイネを遠ざける要因になったのだろうけれど。
こいつは愛が深すぎる。その門をあっさりと誰にでも開きすぎる。だから、甥は婚約者を義妹と交換したのだろう。
アイネの義妹エルメスは写真で見た限りでは、姉よりも美しく、聡明で、野心に強そうに見えた。
あのぎらぎらとした瞳は、ブラックでも「ほう」と唸るほど、欲望に燃え盛っていたし、思ったことを必ず手に入れる者に特有の顔つきをしていた。
一見どこか冷めた目で他人を見て、世界のすべてを把握したくて、そのための駒として誰でもどんなものでも利用できる、独裁者の目だ。
その根本となる手に入れたい興味が、自分ではなく家族とか、仕えている王とか、夫や子供なると不思議なことにそこには「愛」という無償の要素が含まれて、周りからも自分からも好かれる存在になる。
しかし、あの義妹はだめだ、とブラックは思っていた。自分ならばどうにでもいいように扱えるが、オリビエートのような虚偽を吐いてまで人心を掴もうとする王族は、手に余してしまう。
「そうですか。ではブラック……様、で」
「それでいい」
あの二人は、いずれ自ら政治の表舞台を去るだろう。
第一王子が王位継承権を狙っている。こうして第四位の継承権を持つ自分とアイネすら、その命を狙われるのだから。オリビエートとアイエの後釜を継いだ義妹エルメスには、もっと過激な手段で迫っているに違いない。
敵に塩を送るつもりはなかったが、これでまた王位継承問題が活発化すると思うと、ブラックには頭の痛い問題が再燃しそうで嫌になる。
ブラックは新妻候補の向ける親しみやすい目をかわしつつ、オリビエート、せいぜい頑張れよ、と心で応援してしまった。
先頭にはエリーゼが立った。
今回、襲撃してきた男たちの中にも、見覚えのある父親の部下が数名、混じり込んでいたらしい。
そのことがエリーゼのわずかばかり保っていた父親への信頼を損ねたからかな、と思ったアイネは他の数名には気づかれないように質問した。
「貴方は貴方。ロアーはロアーだから」
そのことについて、私は気にしていません。アイネとしては、そう元気づけたつもりだが、あいにくと裏目に出てしまう。エリーゼの中では、更にアイネに対する罪悪感が増えたのだった。
「助けて頂きました。感謝しております、主様」
「いや、そういう話ではなくて。さっきのこと!」
「もはやこの身、この命は二度までも救われました。すでに大公家、引いてはお嬢様の忠実なる部下となる以外に、恩義を返せる道がありません」
「……そうじゃないってば! どうしてこう頭が硬いのかしら」
「では、何をお知りにいなりたいと?」
どうやら、エリーゼはすでに終わった過去のもの、として事件を見返したくないようだった。
振り返れば、そこにあるのは恥辱にまみれた、愚かな自分だ。
それをわざわざ掘り起こしてまで、エリーゼのなかに暗い光を落とすのも、どうかとアイネには躊躇われる。
すると、話に聞き耳を立てていたのか、セーラが気を利かせて、質問した。
「お嬢様は、貴方に訊きたいのですよ、エリーゼ」
「なにをでしょうか、セーラ先輩」
「そうやって先に立って危険に真っ先に向かおうとするそのやり方。それが、貴方の騎士としての思いからなのか、それとも贖罪を背負おうとしているからなのか。どちらか、ということです」
「……どちらも、考えております」
「だ、そうでございますが?」
「セーラ! 適当に場を譲らないで下さい!」
自分の考えていた質問とは、すこしばかり方向性と内容が違った。
いきなり話の矛先を振られたアイネは目を見開いて、驚いた。
列はエリーゼ、サーラ、アイナとブラックの一列になっていて、ブラックとアイネは真横にいる。
と、いうより大公はうら若い新妻候補に腕を差し出し、アイネはそれに腕を絡めて歩いていたから、こんな構図になってしまった。
必然的に声を細めてもブラックには筒抜けだ。
アイネがここ数日やって来た内輪のノリで盛り上がってしまい、ブラックが不快そうではないかと、顔を上げる。
おずおずと除き上げたそこにあったのは、やはり険しいいかつい顔立ちだった。だが、剣呑な雰囲気はなく、むしろこの会話を楽しんでいるようにすら、見えてしまう。
「旦那様?」
「あ? ああ……」
訊ねるように下から見上げられて、ブラックは返答に困った。
若い彼女たちの明るい会話に、多少なりとも気忙しい日々の苛立ちなどが紛れる、とは言えなかった。
「御不快ですか?」
「いや。エリーゼが父親に利用されたということと、あれの忠誠心はアイネ様の意向によって確かなものとなされたのだから、もう恥じる必要も、責任を感じることもない。罪があるというなら、王都での死にかけながらアイネ様を救ったことで、すべて帳消しだろう。俺は管理を……貴方に任せた。何も言うことはない」
先を行くエリーゼがほっと肩を落としたようにブラックは感じた。
道は連絡橋を渡り、ホテル側のドアマンがうやうやしく、四人の来客を迎えたところだ。
そこから大きな広間、また通路と続き、ようやく最上階にある飛行艇の乗り場に続くエレベーターホールに到着する。
ブラックの執事、フォビオとその部下たちが待っていて、大公とその一行は彼らの案内でエレベーターに乗り込んだ。
飛行船に収容され、ホテルの係留場から宙へと機体が放たれる。
ブラックは自分専用の執務室に、三人を招いてソファーに座らせた。
エリーゼがまず謝辞を述べ、アイネはブラックの隣に席を求めて、二人で長椅子に移動する。
彼女は用意された紅茶で体を温めながら立ち上がると、薄い水色の瞳に感謝を散りばめてブラックに向かい、膝を折って感謝の念を示した。
「改めてようこそ、当艦へ。しばらくの旅だ、羽を伸ばして休んでくれ。貴方に会えて光栄だ、アイネ様」
「とんでもこざいません。こちらこそ、危うい場を助けていただきまして、誠にありがとうございます! 伯爵家の不手際をどうかお許し下さい、旦那様」
いや、まだ結婚してない……ちょっと心の距離の段階をすっ飛ばしすぎやしないか、この伯爵令嬢。
甥のオリビエートが苦手だと言っていた理由が、なんとなく理解できた大公だった。
アイネは他人との距離の取り方が独特すぎるのだ。
それは常識外れだといえばそうだし、特性ともいえる。彼女が求める好ましい人物が、もし、その周囲や親兄弟にとって有利になるよう働く存在なら、これほど政治にとって有力な道具はないだろう。
もっとも、そんな道具呼ばわりしたからこそ、オリビエートはアイネを遠ざける要因になったのだろうけれど。
こいつは愛が深すぎる。その門をあっさりと誰にでも開きすぎる。だから、甥は婚約者を義妹と交換したのだろう。
アイネの義妹エルメスは写真で見た限りでは、姉よりも美しく、聡明で、野心に強そうに見えた。
あのぎらぎらとした瞳は、ブラックでも「ほう」と唸るほど、欲望に燃え盛っていたし、思ったことを必ず手に入れる者に特有の顔つきをしていた。
一見どこか冷めた目で他人を見て、世界のすべてを把握したくて、そのための駒として誰でもどんなものでも利用できる、独裁者の目だ。
その根本となる手に入れたい興味が、自分ではなく家族とか、仕えている王とか、夫や子供なると不思議なことにそこには「愛」という無償の要素が含まれて、周りからも自分からも好かれる存在になる。
しかし、あの義妹はだめだ、とブラックは思っていた。自分ならばどうにでもいいように扱えるが、オリビエートのような虚偽を吐いてまで人心を掴もうとする王族は、手に余してしまう。
「そうですか。ではブラック……様、で」
「それでいい」
あの二人は、いずれ自ら政治の表舞台を去るだろう。
第一王子が王位継承権を狙っている。こうして第四位の継承権を持つ自分とアイネすら、その命を狙われるのだから。オリビエートとアイエの後釜を継いだ義妹エルメスには、もっと過激な手段で迫っているに違いない。
敵に塩を送るつもりはなかったが、これでまた王位継承問題が活発化すると思うと、ブラックには頭の痛い問題が再燃しそうで嫌になる。
ブラックは新妻候補の向ける親しみやすい目をかわしつつ、オリビエート、せいぜい頑張れよ、と心で応援してしまった。
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
大嫌いな従兄と結婚するぐらいなら…
みみぢあん
恋愛
子供の頃、両親を亡くしたベレニスは伯父のロンヴィル侯爵に引き取られた。 隣国の宣戦布告で戦争が始まり、伯父の頼みでベレニスは病弱な従妹のかわりに、側妃候補とは名ばかりの人質として、後宮へ入ることになった。 戦争が終わりベレニスが人質生活から解放されたら、伯父は後継者の従兄ジャコブと結婚させると約束する。 だがベレニスはジャコブが大嫌いなうえ、密かに思いを寄せる騎士フェルナンがいた。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
真実の愛の祝福
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。
だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。
それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。
カクヨム、小説家になろうにも掲載。
筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。