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第三章
叙勲式
細剣は一度だけ眩く輝いて、普通の剣に戻る。
大公はアイネにそれを渡すと、「おまえの騎士だ。おまえが叙勲しなさい」とそっと告げた。
「エリーゼ、ここに」
「はっ」
大公の命じに応じて、エリーゼがアイネの前に左膝を付く。
胸に右手をあてがい、彼女は頭を垂れた。
「え、でも。叙勲とかどうすれば……」
「俺の言うとおりに。まずは立って。剣を両手で捧げ、エリーゼの前に」
立ち上がり、細剣をエリーゼの頭。アイネの腰の位置で横に持つ。
なんだか鉛の棒を持っているような重責が、アイネの手のひらにのしかかる。
大公の言葉に続いて、アイネは契約の言葉を続けた。
「エルバス大公妃アイネ・ローエン・ブラックは」
「エルバス大公妃? え?」
「いいから続けろ、奥様」
「いえ、でも、ちょっと?」
眼前ではエリーゼがまだか、まだか、と首を長くして仔犬のような純朴な瞳で、エサ……もとい叙勲を待っていた。
仕方なく、アイネはそのまま、大公の諳んじた契約の誓文を続けて諳んじる。
「……だからして、ここにエリーゼ・エイデンハントを騎士として、任命し叙勲とする。家名を与える、エイデルハント男爵位を授ける。これは正本である」
「嘘……」
エリーゼの目から玉のような涙がこぼれ出た。
男爵とは、この国において、騎士、貴爵、準男爵に次ぐ、下級ではあるがれっきとした公の場で、貴族として扱われる最下層の爵位のことだ。
持つことをどれほどの平民上がりの騎士が望むことか。そんな素晴らしい物をただで与えるはずがない。ひとしきり泣いた後、剣を渡されてエリーゼはエイデルハント女男爵となった。
「いきなり頭を飛びこされたわ……」
こうなると動揺を隠しきれないのはセーラだ。
いきなりやってきたただの犯罪者の娘が、いきなり騎士に認められ、さらに男爵様! 後からアイネを呼び出してさんざん文句を述べてやろうと、エリーゼを睨んでいたら、ごめんね、とアイネに視線で謝られた。
感極まって泣き崩れてしまうエリーゼをなだめるアイネたちを見ている、もう一つの冷ややかな視線にセーラは気づく。執事のフォビオだった。ちょっと来い、と合図されその後についていく。
「茶番だ」
「茶番? あれのどこが?」
「ロアーは仮にもここの方面軍騎士長。その権限は男爵並み。それに対抗するためだ。娘もおなじ爵位なら、親の意向を汲まなくて済む。そのための方便だな」
「つまり、一時的なものと」
「いや、永続的だろう。大公家が続くか、あの娘が裏切らない限りは。なにせ、大公様の家名の一部まで与える始末だ。この闇は深い」
「……結局、あの子の一人勝ちじゃない」
ぼやくと、フォビオはさらに皮肉を込めて笑った。
庶民が上を見過ぎだと。
「俺も大公様に仕えているが、元は農民の三男だ。軍に入って、引き上げていただいた」
「それがなにか」
「今では、伯爵位をいただいている。意味が分かるか?」
「……働きには相応の褒美がある、と?」
「それもある。大公家は、辺境伯家と同じく独立した王家でもある。その王妃の侍女が、単なる町娘では困るな」
「では、どうなると」
さあな、とフォビオはまた意地悪く笑った。こういうところは大公とこの執事、そっくりだとセーラは苦々しく感じる。
戻ってみたら、真っ青なサファイアが埋め込まれた、シルバーの指輪が待っていた。
「大公様からよ。よかったわね、セーラ」
にこり、とアイネが微笑んだ。これでリネーリア伯爵夫人、ね。とそう続けざまに言われ、セーラの視界がかしぐ。常識にひびが入りそうだ。
この人たち、爵位をなんだと思っているの! そう怒鳴りたかったが、我慢することにした。
セーラは未婚である。つまり、夫人とつくのはあくまで建前だということだ。伯爵位なんて貰えない。伯爵相当の権力と行政上の決裁権を、大公妃の一番側にいる女官として与える。そういう意味だった。
だが、貰って悪い気はしない。
セーラのなかでブラックの株、好感度がめきめきと上昇していく。外堀をうまく埋めた所で、ブラックは落ち着いたエリーゼと心ここにあらずのセーラをアイネの後ろに侍らせて、本題を切り出した。
アイネを選んだ理由を明らかにするのは、五十歳になっても歯がゆい。もどかしいものがある。
相手がまだ十代の少女ともあれば、それはさらに増していく。まあ、これも運命だ。あがいてもみっともないことを大公は知っていた。
「最後の妻にして最後の愛にしたい。そう願って臨んだ」
「……最後の愛」
「そうだ。俺はもう年だ。子供を望んでも、それは王位継承の火種になるだろう」
「それは、そうかもしれません、けど、望まれるなら……」
アイネはまだまだ産めますよ! とは声に出して言えない。
そっとアイネは頬を赤く染めた。実はこの数日の間、生まれる子供は男女どっちが良いだろうかと、セーラやエリーゼと他愛もない未来について現実逃避をしつつ、逃亡していたのは内緒だ。
「ま、それは結婚しておいおい、な。俺は人生を終にできる相手として、アイネを望んだ。それにな、おいフォビオ」
自分で言うにはカッコをつけすぎるセリフもある。
ここは執事に代弁させるべきだ、とブラックは長年の友を代理に立てた。
大公はアイネにそれを渡すと、「おまえの騎士だ。おまえが叙勲しなさい」とそっと告げた。
「エリーゼ、ここに」
「はっ」
大公の命じに応じて、エリーゼがアイネの前に左膝を付く。
胸に右手をあてがい、彼女は頭を垂れた。
「え、でも。叙勲とかどうすれば……」
「俺の言うとおりに。まずは立って。剣を両手で捧げ、エリーゼの前に」
立ち上がり、細剣をエリーゼの頭。アイネの腰の位置で横に持つ。
なんだか鉛の棒を持っているような重責が、アイネの手のひらにのしかかる。
大公の言葉に続いて、アイネは契約の言葉を続けた。
「エルバス大公妃アイネ・ローエン・ブラックは」
「エルバス大公妃? え?」
「いいから続けろ、奥様」
「いえ、でも、ちょっと?」
眼前ではエリーゼがまだか、まだか、と首を長くして仔犬のような純朴な瞳で、エサ……もとい叙勲を待っていた。
仕方なく、アイネはそのまま、大公の諳んじた契約の誓文を続けて諳んじる。
「……だからして、ここにエリーゼ・エイデンハントを騎士として、任命し叙勲とする。家名を与える、エイデルハント男爵位を授ける。これは正本である」
「嘘……」
エリーゼの目から玉のような涙がこぼれ出た。
男爵とは、この国において、騎士、貴爵、準男爵に次ぐ、下級ではあるがれっきとした公の場で、貴族として扱われる最下層の爵位のことだ。
持つことをどれほどの平民上がりの騎士が望むことか。そんな素晴らしい物をただで与えるはずがない。ひとしきり泣いた後、剣を渡されてエリーゼはエイデルハント女男爵となった。
「いきなり頭を飛びこされたわ……」
こうなると動揺を隠しきれないのはセーラだ。
いきなりやってきたただの犯罪者の娘が、いきなり騎士に認められ、さらに男爵様! 後からアイネを呼び出してさんざん文句を述べてやろうと、エリーゼを睨んでいたら、ごめんね、とアイネに視線で謝られた。
感極まって泣き崩れてしまうエリーゼをなだめるアイネたちを見ている、もう一つの冷ややかな視線にセーラは気づく。執事のフォビオだった。ちょっと来い、と合図されその後についていく。
「茶番だ」
「茶番? あれのどこが?」
「ロアーは仮にもここの方面軍騎士長。その権限は男爵並み。それに対抗するためだ。娘もおなじ爵位なら、親の意向を汲まなくて済む。そのための方便だな」
「つまり、一時的なものと」
「いや、永続的だろう。大公家が続くか、あの娘が裏切らない限りは。なにせ、大公様の家名の一部まで与える始末だ。この闇は深い」
「……結局、あの子の一人勝ちじゃない」
ぼやくと、フォビオはさらに皮肉を込めて笑った。
庶民が上を見過ぎだと。
「俺も大公様に仕えているが、元は農民の三男だ。軍に入って、引き上げていただいた」
「それがなにか」
「今では、伯爵位をいただいている。意味が分かるか?」
「……働きには相応の褒美がある、と?」
「それもある。大公家は、辺境伯家と同じく独立した王家でもある。その王妃の侍女が、単なる町娘では困るな」
「では、どうなると」
さあな、とフォビオはまた意地悪く笑った。こういうところは大公とこの執事、そっくりだとセーラは苦々しく感じる。
戻ってみたら、真っ青なサファイアが埋め込まれた、シルバーの指輪が待っていた。
「大公様からよ。よかったわね、セーラ」
にこり、とアイネが微笑んだ。これでリネーリア伯爵夫人、ね。とそう続けざまに言われ、セーラの視界がかしぐ。常識にひびが入りそうだ。
この人たち、爵位をなんだと思っているの! そう怒鳴りたかったが、我慢することにした。
セーラは未婚である。つまり、夫人とつくのはあくまで建前だということだ。伯爵位なんて貰えない。伯爵相当の権力と行政上の決裁権を、大公妃の一番側にいる女官として与える。そういう意味だった。
だが、貰って悪い気はしない。
セーラのなかでブラックの株、好感度がめきめきと上昇していく。外堀をうまく埋めた所で、ブラックは落ち着いたエリーゼと心ここにあらずのセーラをアイネの後ろに侍らせて、本題を切り出した。
アイネを選んだ理由を明らかにするのは、五十歳になっても歯がゆい。もどかしいものがある。
相手がまだ十代の少女ともあれば、それはさらに増していく。まあ、これも運命だ。あがいてもみっともないことを大公は知っていた。
「最後の妻にして最後の愛にしたい。そう願って臨んだ」
「……最後の愛」
「そうだ。俺はもう年だ。子供を望んでも、それは王位継承の火種になるだろう」
「それは、そうかもしれません、けど、望まれるなら……」
アイネはまだまだ産めますよ! とは声に出して言えない。
そっとアイネは頬を赤く染めた。実はこの数日の間、生まれる子供は男女どっちが良いだろうかと、セーラやエリーゼと他愛もない未来について現実逃避をしつつ、逃亡していたのは内緒だ。
「ま、それは結婚しておいおい、な。俺は人生を終にできる相手として、アイネを望んだ。それにな、おいフォビオ」
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