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俺の地元

昭和の家と渚沙と

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 梅雨はまだ来てないというのに、真夏を思わせる暑い日が続いている。関東地方全域がそうなのか、それとも俺の住んでいる所だけがそうなのか、高温多湿の毎日で顔見知りは全員家でうだりを上げていた。

 日に焼けた腕で額の汗をぐっと拭う。吐いた息に熱がこもっていることに気付いて酷い嫌悪を起こす。水分の干上がってしまった身体。俺のイメージでは自分は今そんな状況だ。歩いていることが辛い程。

 黄金にも近い夕空と、それを映す大海が一体化して辺り一面が繋がっているように見える。その錯覚は水平線を見ていると陥ってしまうものだが、視線を足元に転じるとそれが瞬時に砕かれてしまう。
 サイズの合う有りもののサンダルを適当につっかけてきた、俺が家を出る5分前の出来事がある世界。御袋が出してくれた麦茶を飲み忘れた6分前の世界。

 いっそ、夢見心地の世界に行ってみたいものであるが――。

 俺が何故夕食前に家を出たのかと言うと、幼馴染且つ恋人である渚沙がリップクリームを部屋に落としていったからだ。
 渚沙がお茶目に忘れてったか、……わざとか。
 渚沙が俺にベッタリな事を考えると、後者の方が可能性が高い。というか、俺はもう既に後者の方を確信してしまっている。

 どっちにしろピンクのグロスという乙女チックなものが俺の部屋で保管されているのも気持ち悪いので返しに行っている。

 渚沙の家は俺ん家に比べればやや海から離れていが、やはり潮のにおいがする。この辺りは30軒程しか家は建っておらず、互いが顔見知りでチームワークが強い。家の造りも大体が似たよった形で、顔を知っていれば泥棒もいない、入ってこないので鍵すらかかっていない。
 
 渚沙の家につくと鍋がカタカタと音をたてるのが聞こえ、こっそりと玄関を覗いた。暖かい昭和の時代を垣間見たような、俺はそこに立ち尽くした。
 この辺りは全くと言って良いほど近代化されていない。
 台所には湯沸かし器があるし、俎板は今にも匂いが立ち上ってきそうな桧、金属のはがれた傷ついた鍋。

 こんな所が「故郷です」と胸を張って言えたら、きっと――。
 思わず息を飲む。

 家の外観は安っぽくて、お洒落とかけ離れた木が所々剥き出し状態。外は海の塩のせいで錆びてしまい貧相な感じは隠せないものの、そんなの別に構わない。

 家の横にある犬小屋はプラスチック製で、雨のせいか汚らしく白い跡が残っている。何年か前に渚沙がだだをこねて犬を飼い、世話をしなくなった頃に親父さんが仕方なく買ったらしい。もうこの犬小屋は小さいかもしれないな。

 肉じゃがだろうか、そんな匂いが鼻に入る。ふと視線を台所に転じると、ビニール袋に入った砂糖を鍋に入れている所だった。心が落ち着く光景に見惚れて、渚沙に会いにきた目的が脳内で薄くなっていく。そう、淡く淡く……。

 渚沙のお母さんとは仲も良いし、小さい頃からお世話になってるんだけど。
 すみません、と声を出せなくて。

 お腹を軽く殴られる。

「あ、おい!」
「?」

 犬め。何処から現れやがった!
 開けた口からめろんと舌を出し、くりくりとした双眸で俺を見詰めている。立ち上がって嬉しそうにジーンズを幾度をひっかく。

「あら。慶介君じゃない、どうしたの?」
「あ、おばさん」

 あんなに大声を出したら流石におばさんだって気付く。それにドアだって開けっ放しで、台所にいれば誰かなんて一瞬で分かる。

 俺は柴犬のパンチを両手でおさえこみ、ペコリとおばさんに向かって頭を下げる。おばさんは微笑む感じで俺の元に来ると、柴犬の脇に両手をはさんで俺と引き離した。尚黒目がきゅるりと俺を捉えて、尻尾をぶんぶんと振り回している。

「どうしたの」
「渚沙さんいますか」
「ああ、はいはい。待っててね」

 料理汗を首のタオルで拭いて、パタパタと家へ戻って渚沙を呼んだ。耳をすませばテレビの音が聞こえる。渚沙は多分そこからはぁい、とひとつ返事をして立ち上がった。俺の前へ顔を出すと、やっと来たとでも言いたげにニコッと笑う。花のついたピンクのサンダルを履いて俺の手をひき、

「こっちきて!」

 と歌うように言った。俺の部屋に来た時と同じ格好、赤色のTシャツにサロペット、こんがりと焼けた素足を惜しげもなくさらしている。遠慮をしないという渚沙の生い立ちを反映しているような格好だ。

 昭和から時間が止まってしまったような世界の中、渚沙だけは少しずつ時を進めているようだった。基地外という言葉はちょっと違う。独特の訛りがあるし、近所付き合いも前から少しだって変わっていない。
 ミタメ的な問題なのだ。写真をとれば絶対に渚沙が一番目立つ。ここからちょっと進んだ平成元年のお洒落と艶やかさを楽しんでいるだけ。
 渚沙はとにかく青春に花を咲かせようと自分ながら行動していて、俺はその一部に必要なんだと。ただ、そういうことなんだ。

 渚沙はずっと俺の手首をにぎったまま、誰もいない海の方角へと歩みを進めた。名も知らない緑の草々を踏みつけて海へ海へと近付いて行く。
 後ろから見た渚沙の髪型には隠せない違和感があった。白とピンクの水玉のシュシュがここの住人ではないことを物語っているような、アイテムが浮いた存在に見えたのだ。
 手をひかれている俺は海や空や草々の目にどう映っているのか――?
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