バッド・ロマンス【連作短編】

七条楓華@Unsweet(アンスイート)

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ソウルレス【SIDE: マルク】

暗転

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 昼間の仕事は、日光に弱いおれにとってはきつい。全身を覆う黒のボディタイツの上に服を着るぐらいでないと、戸外には出られない。その上に、帽子をかぶって、顔の下半分をスカーフで覆い、ゴーグルで目元を隠す必要もある。
 見た目はまるっきり強盗だ。我ながら、めちゃくちゃ怪しい。



 ドストエフスキー家の屋敷は、街の南部の小高い丘の上にある。
 たぶん高級住宅街だ。ゆるやかに曲がりくねる白い道に沿って、たっぷり間隔をあけて、しゃれた感じの邸宅が建っている。どの邸宅も広い庭つきだ。そして、どの邸宅も、高い塀で守られている。盗まれたら困る物をたくさん持っている人間の住処すみかだ。

 望遠鏡で観察していると――教えられた通りの時刻に、高そうな車が、ドストエフスキー家の屋敷の門から出てきた。
 後部座席に乗っているアキムがちらりと見えた。アキムは護衛らしい男二人に左右から挟まれていた。護衛は助手席にも乗っている。運転手を加えると、大男四人でアキムを守っている形だ。

 車はやがて、おれたちが潜んでいる雑木林に入ってきた。
 道の左右に木々が生い茂る、薄暗い区域だ。

 おれは走ってくる車に向かって飛び出した。車の自動制御装置も間に合わない、ぎりぎりのタイミングで。
 激しい衝撃。おれの体は高くはね上げられ、車から少し離れた路面に落ちた。
 多少痛いが、どうってことはない。バンパイアの体は車に轢かれたぐらいでは傷つかない。

 おれが道に転がって死んだふりをしていると、車が止まり、運転手と助手席の男があわただしく降りてきた。

「おい、大丈夫か?」

 あわてた様子でおれに駆け寄ってくる。
 おれはむくりと起き上がり、アッパーカット一発ずつで、男たちを地面に沈めた。
 その頃にはもう、後部座席の護衛たちも車を降りていた。近づいてくるおれを見て、護衛たちは顔を歪めて銃を抜いた。

「止まれ! 撃つぞ!」
「それ以上こっちへ来んな!」

 おれは気にせず、車に歩み寄った。護衛の撃った弾丸が肩に当たり、皮膚が弾ける感触があった。血は出る。だが、すぐに止まる。痛みも長くは続かない。
 おれは護衛を一人ずつ頭上に持ち上げ、雑木林の中に放り込んでやった。

 茂みに隠れていたヴァレンチンが駆け出してきて、車の運転席に乗り込んだ。おれも助手席に飛び乗った。車は走り始めた。

「君、大丈夫なの?」

 振り返ると、後部座席のアキムが目を丸くしておれを眺めている。
 バンパイアだから平気だ、と答えてよいのか判断できず、おれが黙っていると、

「あー、コツがあるんですよ。けがをせずに車にぶつかる方法が。だから大丈夫です」

と、運転席のヴァレンチンが滑らかに嘘をついた。



 アキムが勤め先に到着していないことがわかったら、ドストエフスキー家がすぐに動き出すだろう。
 ドストエフスキー家の権力と財力をもってすれば、市内の監視カメラ網の映像など簡単に手に入る。おれたちを追跡するのは簡単だ。

 それに備えて、おれたちは乗り換え用の車を二台用意しておいた。
 一台目は、市の官庁街にある地下駐車場に置いてある。ドストエフスキー家の車をそこで乗り捨て、別の目立たない車に乗り換える。
 二台目は、〈ヴィスリージェン〉という大型商業施設の駐車場に置いてある。
 〈ヴィスリージェン〉は、レストランや店、ゲームセンター、スポーツセンターなどが多数入っている、市内でもいちばん人気の施設だ。駐車場にも常に車が出入りしている。

 アキムとおれは、車を降りて、〈ヴィスリージェン〉のバスターミナルから発車する空港行きのシャトルバスに乗る。
 一方、ヴァレンチンは一人で、二台目の車に乗る。わざと目立つように〈ヴィスリージェン〉から派手に飛ばして、郊外の駅へ向かう。囮を務めるわけだ。

 おれは、計画のその部分が気に入らなかったが、追っ手をまくためにはそれが最善だ。
「つかまらなきゃいいんだろ? 簡単だ」とヴァレンチンは不敵に笑っていた。おれがもっと良い計画を思いつけなかったので、仕方がない。



 シャトルバスは無事に、空港のバス専用玄関に着いた。玄関の横には、打ち合わせ通り、灰色のつなぎを着た中年女が立っていた。
 女はおれたちに視線も向けず、「職員用」と書かれたドアの向こうへ消えていった。おれたちはその後を追った。

 ドアを抜けた先の通路には数人の人間が立っていた。灰色のつなぎを着た若い男が二人と、ふわふわのフリルだらけのワンピースを着た、小枝のように痩せこけた若い女だ。

「タマーラ!」

 アキムが叫び、痩せこけた女を抱きしめた。
 抱きしめられた女も、アキムのふくよかな体に細い腕を回した。

「アキム! ああ、夢みたい!」

 この女がタマーラ。ということは、灰色のつなぎを着た三人組は、タマーラをゼンキン家の護衛からかっさらってきた〈何でも屋〉か。
 通路には他に二人いる。太った若い男と痩せた若い女。偶然だろうか、アキムとタマーラとそっくりな服装をしている。この男女も〈何でも屋〉の仲間だろうか。

 つなぎの中年女がおれに向き直り、陽気な笑顔を見せた。長身で肩幅が広く、筋肉質だ。女の身でこれだけの筋肉をつけるには、相当ハードなトレーニングをしているはずだ。おれが感心して眺めていると、

「ご苦労さん。あんたの仕事はここまでだ。あとは、あたしたちが引き継ぐよ」

 よく響く声が発せられた。

「アキム坊ちゃんが予約した十一時のフライトには、この二人が囮として乗る」

 中年女がそう言って、背後に立つ若い男女を指さした拍子に、硝煙のにおいがかすかに漂った。

「本物の坊ちゃんとタマーラさんは、あたしたちが用意したチャーター便で、別の目的地へ向かうって寸法だ」
「本当にありがとう。君たちには感謝している。向こうに着いたらすぐ、残りの報酬を君たちの口座に送金するからね」

 アキムが、幸福でとろけそうな顔で、おれの手を握りしめた。

 おれは「ああ」とうなずき、つなぎ姿の若者たちに連れられていくアキムとタマーラを見送った。
 報酬については心配していなかった。前払いでもらった金だけでも十分な金額だったし、アキムのことを信頼していた。このお坊ちゃんは踏み倒すような奴じゃない。

 心配なのは、ヴァレンチンの安否だ。無事に逃げ切れたんだろうか。
 おれはPDCでヴァレンチンを呼び出してみたが、応答がない。

 中年女がおれの方を見て、何かしゃべっているようだが、耳に入ってこない。おれは不安のあまりパニックを起こしそうだった。何度も呼び出した。

「……どうかしたのかい。顔色が悪いよ」

 不意に届いた中年女の声に、おれははっとした。つい、無防備に、心にあることを全部口に出してしまった。

「おれの相棒と……連絡がとれない。位置情報もオフになってる。追っ手を引きつけるために別行動をしてたんだが……」
「あー。もしかしたら、捕まっちゃった?」

 中年女は考え込んだ様子で腕組みをした。

「ドストエフスキー家が雇ってるのはモロゾフ組だ。ギャング団というより、ちんぴらの集まりみたいな連中さ。あいつら、頭がおかしいからね。めちゃくちゃな行動をしてくるので、プロだと逆に意表を突かれちまうかもしれない」
「そいつら、どこに根を張ってる?」
「クリスマス大通りの〈ソフィア〉ってバーだよ」
「クリスマス大通り、〈ソフィア〉だな。わかった」
「……よかったら助太刀すけだちしてやろうか? 同業のよしみで、料金は安くしとくよ」

 女の申し出に、おれはきっぱりと首を横に振った。

「助太刀はらない。情報をありがとう」
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