そろそろ、私の世界の人を異世界転生させるのやめてもらえない？

閑話ー異世界の復讐者

復讐者

「あれ？ここは？」

 　目覚めるとそこは暗い場所だった。光さえ吸収しそうな黒が辺りを支配していた。何も見えない暗闇のなか手触りで前へと進もうとするが、下に地面がないことに気づく。しかし、浮遊感はない。そこに入るという感覚しかない。なぜ、この様な状況になった？記憶を手繰り寄せていく。

「うっぷ、」

 　すると、突然吐き気を催してきた。口から酸っぱい匂いと共に、何かがせり上がってくる。止めどなく溢れ様とするそれが段々と胃から喉、そして口を支配していく。ついには堪えきれず口から吐き出した。それは、この暗い空間でも分かるほど濃い青い液体だった。それに自分の姿が映った途端、全ての事を思い出した。

「そうだ、僕はあいつらに」

 　見捨てられた。最後のその言葉だけは出てこなかった。なぜなら、見捨てたという表現ではあまりにも生温いものだったからだ。自分が、佐藤翔さとうかけるが死ぬ間際に見た光景は自分が死ぬのを笑っていた三人の男女だった。そしてその中の2人は彼の想い人と親友だった。

「うっ」

 　またもや、何かがせり上がってきた。しかしそれは口の中から出ようとせず、そのまま脳へと到達した。

「あああああああああああああ！」

 　信じられない程の頭痛が彼を襲った。まるで、頭の中を素手でぐちゃぐちゃにかき回される様な痛み。それなのに、意識は失わず頭に蔓延る。そして、彼にある感情が芽生えていった。

　　　　　　(憎い)

 　それは少しずつ花が開く様に頭の中に広がっていく。

(憎い)(憎い)(憎い)(憎い)(憎い)(憎い)
(憎い)(憎い)(憎い)(憎い)(憎い)(憎い)

(あいつらが！僕を！俺を！壊したあいつらが憎い！)

 　辺りに唾液と血を口から撒き散らす。痛みがひどくなっていくのに生へのしがらみがより強くなっていく。頭が今すぐにでも弾け飛びそうなのに、あいつらへの自分を壊した奴らの憎しみが強くなっていく。

「あああああああああああははははははははっ！」

 　段々と痛みが快楽に変わっていき、憎悪が頭から出ようともがく。しかし、それを自分の内に閉じ込め吸収していく。

「ああ、やっとこっちに来てくれた。」

 　そんな時だった。横たわり、もがき苦しむ彼の頬を優しく抱く1人の女性が現れた。

「ああ、私はこの時を待っていた。貴方が愛しかった。貴方に愛逢いたかった。貴方と愛し合いたかった。貴方に私の愛に溺れて欲しかった。そして、貴方は私に愛にきてくれた。貴方は私を愛しにきてくれた。私の愛に愛を愛し愛が愛になった。」

 　自分への愛を語るその女性は明らかに狂っているとしか思えなかった。しかし、今はそんな事はどうでもよかった。今、自分は別の物に恋をしていたからだ。

「でも、まだ貴方は完璧じゃない。まだ、貴方は熟してない。まだ、貴方は私を向いてくれない。だから、私との愛を誓って壊してきて。私達邪魔をするあいつらを殺してきて。貴方のその手で、私の力で。」

 　彼女の顔がぐんと近づいてくる。頭がそろそろ限界を迎えそうだというのに、意識だけはっきりしている。目の前にいる女性が誰なのかはわからない。ただ、一つ分かる事は彼女なら自分のこの想いを叶える事ができるという事だけだった。悪魔との契約にも思えた彼女の提案に、佐藤翔はただ一つの想いを胸に最後の力を振り絞り体を動かす。

(悪魔だろうが何だろうが。契約してやろうじゃねぇか。俺のこの復讐の為なら。)

 　そして、彼は唇を彼女の唇に重ねた。人生最初のキスだった。