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異世界からの帰還者

監禁

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 私が脱出に失敗してから幾月が過ぎたのだろうか。捕らえられた私はあれからまた徹夜昔の日々を過ごしていた。

 いつ寝たのか記憶にないのだが、目が覚めたら私のお腹のところが一本の鎖で繋がれていた。ガチガチに繋がれているわけでは無いのである程度は動けるが精々20メートルがいいところだ。だがその動ける範囲の中にあるのは机と筆、そして白くそびえ立つ白い霊峰書類の山だけだ。

 それを初めて見た時は言うまでもなく布団に潜り込んみ悪夢から目覚めろと何度も自分に言い聞かせていた。しかし、いくら逃げようともそれが現実なわけで覚悟を決めて恐る恐る外を覗くと、そこには一柱の神が立っていた。

「現実逃避をしていても構いませんがより苦しさが増すだけですよ?」

「・・・思金おもいかねか」

 片手に書類を持ちながら話しかけてきたのは知恵の神、思金神だ。こいつは以前、私を天の岩戸から引きずり出した張本人である。

「まったく、あなたという方はどうしてこうも度々神達を混乱させようとするのですか。」

「・・・脱走の件について言うのならその山を見てから私に文句を言え。」

 思金神は目の前の書類の山を一瞥するが、冷たい声で言い返した。

「確かにこれは尋常な量ではありませんが、それがあなたの使命なのですから仕方がないでしょう。」

「・・・・・・」

 まるで敵から逃れるカタツムリのように布団という殻に潜り込む。

「ほらっ、黙って布団に潜ってないでそろそろ始めたらどうですか?すぐに始めないともっと辛くなっていきますよ。」

「・・・・・・」

 どう考えても思金の方が正論なので渋々布団最終装甲から外に出る。

「というより、これはなんだ?明らかに私に付けるものではないだろう。」

 先程から動くたびにガチャガチャいう鎖はハッキリいて邪魔だ。

「今回のあなたの脱走のせいで他の神達があなたの事が気になって仕事があまり進んでいないそうです。その解決策として鎖で繋がさせてもらいました。」

「こんな物で私が縛られるとでも?」

「一応の為に行っておきますが、それはかつて伊耶那岐様が作られた物です。壊すには相当な力がいりますよ。まあ、あなたなら壊せなくもないですが、それだけの大きな力を使ったら他の神達も気づくので直ぐに駆けつけますよ。」

「くっ、抜け目のないやつ。」

「そういうことですので、早く仕事を始めて下さい。それが一番の解決策ですよ。」

「・・・・・・・」

 それからの生活は言うまでもない。常に文字や書類とのにらめっこ。もう既に時間という概念すら私の中から消え失せた。目の前にそびえ立つ霊峰のような白くて美しい山は未だに成長をつづけており、それを見るたびに私の中から何かが削ぎ落とされていくのを感じる。最近では文字しか見てないせいか、言葉を忘れている可能性がある。試しに何か言おうと思ったが、そんな事の為にエネルギーを使うなど無駄だと察した為、言葉をお腹へと押し返す。


「順調みたいですね。」

 あれから思金神は一週間に一度、私の様子見と書類の束を持ってくるようになった。

「これを見て順調に見えるのか?」

「でしたら、率直な感想を申し上げた方がよろしいですか?」

「・・・・・いや、いい。そんな事よりもだ。調べさせていたあの案件はどうなった?」

「この中の資料に記載されています。」

「そうか。悪いが大まかな内容だけそこで読み上げてくれ。それが最重要案件だ。」

「かしこまりました。
まず初めに、異世界に転生した日本人の総計は8564人。この中で無許可にて連れて行かれたのが4321人。半数を超えています。年代は様々ですが、高校生や20歳前後の学生が多いようです。そこはやはり体力の面もあると思われます。そして生存が確認できた数ですが、無許可の方が3354人、許可された者の方は全員が確認できました。また、これらの数字はいつ増えてもおかしくないと思われます。」

「・・・・随分と多いな。」

「こちらとしても予想以上です。平和ボケといわれても言い訳できませんね。」

「・・・はぁ。やはり私が出るしかないな。そのためにもこの大量の書類をこやつに押し付けーー」

「今、何か言いましたか?」

「気にするな、独り言だ。その資料はそこに置いておいてくれ。
あ、そうだ。立っているのならついでに資料番号ホー12を取ってきてくれ。」

「まったく、仕方ありませんね。まあ、逃げられるよりはマシですか。」

 仕事だから仕方ないという雰囲気を丸出しにしながら、書類こ山の中から天照大御神様に言われた資料を探し始める。正直なところ、この山の中から一枚の紙を見つけるのは至難の技だ。

「あったこれですね。」 

 しかし、そこはやはり知恵の神。どこにどのような資料が有るかはある程度把握している。
 しかし、ここで思いもよらないことが起きた。

「がはっ!?」

 頼まれた書類を抜き出した途端、書類の山の中から鎖が飛び出し、思金神の腹部を貫いたのだ。結果、思金神はその勢いで尻もちをつかされることとなる。

「こ、これは!?天照様につながっていた鎖!」

「フハハハハ、騙されたな馬鹿め。」

 先ほどまで机と一体になっていた天照大御神様がいつの間にか思金神の近くまで来ていた。

「こ、これはどういうことですか、天照様!どど、どうやって、外したのですか!」

 いつもの思金神とは思えないほど動揺している。

「普通に外したぞ。」

「あ、あなたが外せるのはわかっています、そうではなくどうやって私達に気づかれずに外したのですか!」

「ん?教えてやらんこともないが、正直、私もこの手だけは使いたくなかった方法だからな。おいそれと教えるのも勿体無いからヒントをやろう。

馬鹿とハサミは使いよう」

「馬鹿?ま、まさか!!」

 今の神界の状況から考えれば、天照大御神様がここにいる方が先決と考えるのが妥当だ。だがしかし、この神界には幾ら妥当や当然なことだとしても、平気でそれを飛び越えるものすごい強い神が一柱いた。 

「須佐之男様に外して貰ったのですか!」

「おお、正解だ。」

 いつもセクハラに嫌がっている天照大御神様が須佐之男様を頼るなど盲点だった。確かに、須佐之男様なら天照大御神様の言うことを聞くのはおかしくはない。

「今回は私の方がお前よりは上だったということだ。まあ、こちらとしても案外犠牲を払ったから成功しなくては困る。」

「犠牲?」

「いや、なんでもない。というかこちらとしてと思い出したくもない。
 じゃあ、思金。あとこれよろしく。私はちょっと地上に行ってくる。」

 そこで一気に思金神の顔が青ざめた。今、ここで天の岩戸に入られたら引っ張りだす手段がない。そうなったら全てが終わりだ。

「お、お考え直してください!今、天の岩戸に籠られたら大変なことに」

「何を言っている。私は天の岩戸には行かないぞ。」

「へ?」

 てっきり、天の岩戸に籠ると思っていた思金神は意表を突かれた。

「まさか!天の岩戸以外の場所に新しく作ったのですか!そこまでして引きこもりたいのですか!」

「お前は私をなんだと思っているんだ?」

 天照大御神様も部下にそんな風に思われていた事に若干イラっとした。

「ならどこへ?」

「お前も少しは感じているだろう。ちょっと異物を駆除してくる。」

「っ!?・・・・・お気づきになられていたのですか。」

「気づくなという方が無理がある。私が作り上げた因果律がどれだけ正確か知っているだろう。どんな小さな歪みでも直ぐにわかる。」

「・・・・・・・」

 実は数週間前にこの世界に侵入者が現れた。そんなことがあれば直ぐに気づくはずなのだが、今回の相手はどうやったのかこの世界の因果律に干渉をしてバレにくいように細工をしていたのだ。他の神がそれに気づいたのはつい数日前、まだ調査を始めたばかりで詳しいことはわかっていなかった。さらに、この事はまだ天照大御神様には伝えてはいなかった。そんなことを知ればおそらくここから出る口実に使われかねなかったからだ。そこは流石主神だと言わざるおえない。

「天照様のお気持ちはわかりました。ですが、せめてもう少し情報を集めてからにした方がよろしいかと」

「大丈夫だ。もうとっくに集めてある。」

 天照大御神様が数枚の紙を取り出し、思金神の前に落とす。

「なっ!い、いつの間に!」

 急いで拾って読むと、その紙には入り込んできた人数や生物の種類など様々な情報が書かれていた。

「そうだな。本当にただの侵入者ならずっとここにいた私ではそこまでの情報は集められなかったよ。だけどな、いたんだよ一人、私が簡単に素性を調べられる奴が。」

「・・・・・なるほど、そういうことですか。」

 最後の神に書かれていた人物の情報を見て思金神はやっと納得がいった。

「これは、行方不明の人数に修正が必要ですね。」

「そういうことだ。」

「はぁ、分かりました。神界の方は私がなんとか誤魔化しときます。この書類の山も少しは私が整理をしておきます。ですから、出来るだけ早く帰ってきてください。」

「おお!物分かりの良い部下は大好きだ。では後は頼んだぞ。」

 そう言うと天照大御神様はとても嬉しそうにその場を後にした。










「あれ!?よく考えたら別に天照様が行く必要ないじゃん!騙された!」
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