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第4話「コロシアム」
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僕たちが中に入ったのを見送るとエレベーター外で母さんは笑顔で片手を振って言った。それに短く真雪は答える。それと同時にエレベーターの扉が閉まった。
「まったく……本当にバカね。お母様に力を使わせるなんて」
「っ……姉さん」
「ほんと、お姉さまの言う通り。お母様に逆らうなんてばっかみたい」
「どうせ、僕はバカだよ」
エレベーター内は普通の人間が入ってしまえば凍死するんじゃないかってくらい寒かった。その中には僕と真雪、それに深雪姉さんと下の姉である雪世《ゆきせ》姉さんの四人がいた。深雪姉さんはいつも通り。雪世姉さんの方もいつもと同じく少し小馬鹿にしたような言い方が露骨に嫌悪感を剥き出しにする深雪姉さんに比べて腹立たしい舌打ちをしたくなるウザさだった。
「まあまあ良いじゃないのよ。今だけは仲良くしましょう? 何せ、コロシアムに着いたらそんなことも言ってられないんだから」
「ふふっ、それもそうね」
「あ、あの……」
重い空気の中、真雪が恐ろしげに挙手する。
「なぁに? 真雪」
「真雪は今回の族長抗争は辞退、したいです」
「ふむ、そうねぇ……あんたはこの中で一番、力も弱いしね。良いわ、好きにしなさい」
「は、はい……ありがとうございます。深雪姉様」
深雪姉さんが嫌いそうな提案だったけど真雪の族長抗争辞退は受け容れられた。どうやら深雪姉さんの中にもまだ人の心というものは残ってたらしい。
「でも分かってるとは思うけど雪秀、あんたの辞退は許さないわよ?」
「……分かってるさ、そんなこと」
「あら? あんたにしては珍しく理解が早いのね。助かるわ」
深雪姉さんの考えはこれまでの生活で分かってるとはいえ残念だった。当然か。深雪姉さんは僕のことを酷く嫌ってる。合法的に僕を痛め付けられるこの機会を逃すわけがなかった。
「着いた、みたいです」
「そのようね。では行くわよ」
到着したことを知らせる音と共に扉が開かれる。深雪姉さんの声を合図に四人全員がエレベーターを降りる。
「ここがコロシアム……」
「そうよ真雪。ここが歴代の雪の族長達が必ず戦い勝ち残ったというコロシアム……壮観ね」
「そう? 寒いし嫌なところだと思うけど」
エレベーターを降りて少し歩くとすぐにコロシアムだった。その内部は円形で大きく僕らがちっぽけであることを感じさせるほどに広かった。観客席みたいなものも見えたけど、観客のような人はただの一人もいなかった。
「雪秀、あんたは本当に夢がないわねぇ……まあいいわ。それじゃ始めましょうか」
「ええ、始めましょう?」
「み、深雪姉様? 雪世姉様? これは……」
深雪姉さんと雪世姉さんは僕と真雪――いや、僕だけと距離を取ると向き直る。
「ふふ、雪世とは共闘を約束していたの。だから、たとえ二対一となっても仕方のないことなのよ?」
「そう、仕方ないわぁ」
「そ、そんな……」
真雪の気持ちは分かるけど、予想はついてた。雪世姉さんは侍女のように深雪姉さんにいつも付き従っていた。多分、今回もそうなんだ。
「真雪、離れて。危ないから」
「は、はい……雪秀にーさま」
真雪は戦わない。戦わせない。危ないから下がるように言うと真雪は大人しく従った。
「ふん、男前ね。雪秀ぇ? 」
「ありがとう姉さん。その男前ついでにできたら僕も辞退したいんだけど」
「何よそれ。理解してるかと思っていたらやっぱり理解していないのね? どこまで愚弟を晒せば理解に至るのかしらぁ?」
深雪姉さんは冷めた瞳で僕を見据える。それでも続ける。僕自身の気持ちを。
「僕は深雪姉さんとも雪世姉さんとも戦いたくない。だって僕らは血の繋がった姉と弟じゃないか……それなのに戦うなんてそんなの絶対おかしいよ」
「……ゆ、雪秀……」
「ふん。何を言うかと思えば馬鹿げたことを」
雪世姉さんは僕と同じ気持ちではあったのか戸惑いの顔を見せる。対して深雪姉さんは馬鹿げたことだと吐き捨てた。
「どこが馬鹿げたことなの? 至極当然のことじゃないか」
「いいえ馬鹿げてるわ。これは遊びじゃないのよ? 族長抗争はね、決闘であり聖戦でもあり、戦争なの! それは姉だとか弟なんて血の繋がりはもはや関係ないのよッ!!」
「っ……」
「深雪姉さんが族長になりたいのはそれこそ痛いくらい知ってる。でもそれなら僕は族長になるという権利を放棄してもいい」
深雪姉さんの剣幕に雪世姉さんは息を呑む。そんな威圧感溢れる態度を目前にしても続けた。それでも僕は戦いたくなかった。深雪姉さんや雪世姉さんがどれだけ憎くても殺し合いみたいなことはしたくないし、したらいけないんだ。
「まったく……本当にバカね。お母様に力を使わせるなんて」
「っ……姉さん」
「ほんと、お姉さまの言う通り。お母様に逆らうなんてばっかみたい」
「どうせ、僕はバカだよ」
エレベーター内は普通の人間が入ってしまえば凍死するんじゃないかってくらい寒かった。その中には僕と真雪、それに深雪姉さんと下の姉である雪世《ゆきせ》姉さんの四人がいた。深雪姉さんはいつも通り。雪世姉さんの方もいつもと同じく少し小馬鹿にしたような言い方が露骨に嫌悪感を剥き出しにする深雪姉さんに比べて腹立たしい舌打ちをしたくなるウザさだった。
「まあまあ良いじゃないのよ。今だけは仲良くしましょう? 何せ、コロシアムに着いたらそんなことも言ってられないんだから」
「ふふっ、それもそうね」
「あ、あの……」
重い空気の中、真雪が恐ろしげに挙手する。
「なぁに? 真雪」
「真雪は今回の族長抗争は辞退、したいです」
「ふむ、そうねぇ……あんたはこの中で一番、力も弱いしね。良いわ、好きにしなさい」
「は、はい……ありがとうございます。深雪姉様」
深雪姉さんが嫌いそうな提案だったけど真雪の族長抗争辞退は受け容れられた。どうやら深雪姉さんの中にもまだ人の心というものは残ってたらしい。
「でも分かってるとは思うけど雪秀、あんたの辞退は許さないわよ?」
「……分かってるさ、そんなこと」
「あら? あんたにしては珍しく理解が早いのね。助かるわ」
深雪姉さんの考えはこれまでの生活で分かってるとはいえ残念だった。当然か。深雪姉さんは僕のことを酷く嫌ってる。合法的に僕を痛め付けられるこの機会を逃すわけがなかった。
「着いた、みたいです」
「そのようね。では行くわよ」
到着したことを知らせる音と共に扉が開かれる。深雪姉さんの声を合図に四人全員がエレベーターを降りる。
「ここがコロシアム……」
「そうよ真雪。ここが歴代の雪の族長達が必ず戦い勝ち残ったというコロシアム……壮観ね」
「そう? 寒いし嫌なところだと思うけど」
エレベーターを降りて少し歩くとすぐにコロシアムだった。その内部は円形で大きく僕らがちっぽけであることを感じさせるほどに広かった。観客席みたいなものも見えたけど、観客のような人はただの一人もいなかった。
「雪秀、あんたは本当に夢がないわねぇ……まあいいわ。それじゃ始めましょうか」
「ええ、始めましょう?」
「み、深雪姉様? 雪世姉様? これは……」
深雪姉さんと雪世姉さんは僕と真雪――いや、僕だけと距離を取ると向き直る。
「ふふ、雪世とは共闘を約束していたの。だから、たとえ二対一となっても仕方のないことなのよ?」
「そう、仕方ないわぁ」
「そ、そんな……」
真雪の気持ちは分かるけど、予想はついてた。雪世姉さんは侍女のように深雪姉さんにいつも付き従っていた。多分、今回もそうなんだ。
「真雪、離れて。危ないから」
「は、はい……雪秀にーさま」
真雪は戦わない。戦わせない。危ないから下がるように言うと真雪は大人しく従った。
「ふん、男前ね。雪秀ぇ? 」
「ありがとう姉さん。その男前ついでにできたら僕も辞退したいんだけど」
「何よそれ。理解してるかと思っていたらやっぱり理解していないのね? どこまで愚弟を晒せば理解に至るのかしらぁ?」
深雪姉さんは冷めた瞳で僕を見据える。それでも続ける。僕自身の気持ちを。
「僕は深雪姉さんとも雪世姉さんとも戦いたくない。だって僕らは血の繋がった姉と弟じゃないか……それなのに戦うなんてそんなの絶対おかしいよ」
「……ゆ、雪秀……」
「ふん。何を言うかと思えば馬鹿げたことを」
雪世姉さんは僕と同じ気持ちではあったのか戸惑いの顔を見せる。対して深雪姉さんは馬鹿げたことだと吐き捨てた。
「どこが馬鹿げたことなの? 至極当然のことじゃないか」
「いいえ馬鹿げてるわ。これは遊びじゃないのよ? 族長抗争はね、決闘であり聖戦でもあり、戦争なの! それは姉だとか弟なんて血の繋がりはもはや関係ないのよッ!!」
「っ……」
「深雪姉さんが族長になりたいのはそれこそ痛いくらい知ってる。でもそれなら僕は族長になるという権利を放棄してもいい」
深雪姉さんの剣幕に雪世姉さんは息を呑む。そんな威圧感溢れる態度を目前にしても続けた。それでも僕は戦いたくなかった。深雪姉さんや雪世姉さんがどれだけ憎くても殺し合いみたいなことはしたくないし、したらいけないんだ。
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