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囚われの姫君?

210話

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「……暇だ……」

 アランの呟きが部屋に響く。
 ビッシュとの会談から数日……その間、監禁中のアランは当然のように部屋から出ることは許されなかった。
 あるいは誰かが会いに来るのかもしれないと思っていたが、来るのはアランの世話を命令されたメローネだけだ。
 やることがないアランとしては、それこそ食べて、身体を鍛えて、寝る……といったようなことしか出来ない。
 とはいえ、そのおかげで一ヶ月近く眠っていたことによる身体の鈍さは解消し、以前よりもいくらかは素早く身体を動かせるようになっている。
 それを思えば、訓練をするという意味ではそんなに悪くない環境ではあるのだろう。
 とはいえ、アランがそれに満足しているかと言われば、当然その答えは否なのだが。
 そう思いつつも、やるべきことはない。
 食事の時間まではまだ先だし、やることがないので毎日睡眠は十分にとっており、眠気もない。
 そうである以上、暇潰しにやるべきことは……やはり戦闘訓練だった。
 そう思いながら寝転がっていたベッドから起き上がろうとしたアランだったが、不意に部屋の中にノックの音が響く。
 誰だ? そう思いながらも、今の状況でアランがやって来た相手を断れるはずもないので、結局口を開いて出たのは中に入ってもいいという言葉だった。
 それを聞いた相手は、鍵を解除して扉を開き……

「え?」

 中に入ってきた相手を見て、アランの口からは驚きの声が出る。
 誰が来たのかは、部屋の中からは分からない。分からないが、それでも今までの経験から考えて恐らくはメローネなのだろうとそう思っていたからだ。
 だが、入ってきたのはアランにとっても予想外の人物。
 それは、アランがビッシュと会談したときに、アランの監視兼ビッシュの護衛として同席した騎士の一人。
 それも、アランの厚遇を面白く思っていない方の騎士の男だった。
 一瞬、アランの動きを警戒して最初に部屋の中に入ってきたのでは? と思いもしたのだが、騎士の男に続いて部屋に入ってくる者はいない。
 であれば、先程のノックもこの男の仕業と考えた方が間違っていなかった
 とはいえ……何故この男が自分の部屋にやって来たのか? そう考え、アランの中の警戒が一段上がる。
 目の前にいる男は、アランに対していい感情を抱いていない。
 ビッシュの会談が終わったあとはいくらかその気持ちも緩和されたようだったが、それでも友好的に接するだろうなどという、楽観的な考えはとてもではないが抱けなかった。
 だが……アランを見るその男の目には、嫌悪感の類はない。
 いや、もしかしたらまだ嫌悪感が残っている可能性はあるが、それでも隠し通すことが出来る程度に、アランに対する嫌悪感は減っているらしい。
 一体何故? と、そんな疑問を抱かない訳でもなかったが、そう言えばビッシュとの会談の後でこの部屋に戻ってくる途中からそうだったような……と、今更ながらに思い出す。
 
「俺に何の用です?」
「この狭い部屋の中にいても、身体が鈍るだろ。ちょっと来い。俺が一緒に身体を動かしてやるよ」
「……は?」

 それは、アランにとっても完全に予想外の言葉。
 今の状況で一体何をどう考えれば、そのようなことになるのか。
 それがアランには全く理解出来なかった。
 それこそ、一瞬自分に対する罠か何かではないかと、そう疑問を抱くのも当然だろう。
 だが、騎士はそんなアランの様子から自分が疑われていることを理解したのか、呆れたように口を開く。

「安心しろ。お前を罠にかけようなんてことは、考えてないから」

 そう言う男だったが、だからといってアランもそれを素直に信じるようなことは出来ない。
 そもそも、自分は囚われの身なのだ。
 自分を捕らえた相手の言葉をそのまま信じるといったようなことは出来ない。
 ……同時に、向こうがその気ならこんなことをしなくても、自分のことはどうとでも出来るのだろうという思いもあったが。

「なら、何でわざわざそんな真似を?」
「そうだな。理由はいくつかある。ビッシュ様からお前の体調には気を遣ってやれと言われたとかな」
「それは……」

 喜ぶべきか、悲しむべきか、それとも怒るべきか。
 一体自分はどうすればいいのかと迷いながらも、アランの顔に浮かぶのは複雑な表情だ。
 それでも結局男の言葉に頷いたのは、身体を動かすにももっと広い場所でやりたいという思いがあったからだろう。
 もちろん、現在アランが軟禁されている部屋はかなりの広さを持つ。
 それでも、元々が貴族たちの泊まる部屋として用意されただけに、軽い運動ならまだしも全力で動いたりした場合は、間違いなく部屋の中にある置物だったり、場合によっては壁や床といった場所が破壊されかねない。
 もちろん、この部屋をアランの軟禁場所として使うと決めた際に、本当に価値のある物……有名が画家が描いた絵画のような物は持ち出してある。
 だが、アランはそのようなことは知らないために、この部屋の中で身体を動かす際にも相応に気を遣っていたのだ。
 ……自分を捕らえた相手に対し、そのようなことで気を遣うのはどうかと思わないでもなかったが。
 それこそ、もしアランが後先を考えないのであれば、この部屋の中で暴れても構わなかった。
 それをしなかったのは、そのような真似は雲海の探索者としてみっともないという思いがあったためだ。
 そんな訳で、多少何らかの罠があろうとも……アランは思う存分身体を動かせる場所を求め、男の言葉に頷く。

「分かりました。じゃあ、お願いします。……でも、どこまで行くんですか? 今の俺の状況だと、そんなに離れた場所までは行けないと思いますけど」
「心配するな。その辺はしっかりと考えてある。ビッシュ様が小さめの訓練場を一つ貸し切りにして下さった」
「それは……また……」

 小さめとはいえ、訓練場ともなれば使いたい者はいくらでもいるだろう。
 特にガリンダミア帝国は近隣諸国に侵略し、従属国とすることで栄えている国だ。
 当然のように、兵士や騎士にば武力が必須となる。
 そして上に行くなり、戦いでより多くの手柄を挙げるためにも、武力は必須となる。
 もちろん、一定以上の地位となれば強さだけではどうにもならないのだが……それでも基本的には強さというのは非常に大きな意味を持っていた。
 それだけに己を鍛える必要があり、訓練場はそれにうってつけの場所だ。

「準備はいいな?」
「準備と言っても……」

 男の言葉に、アランはどう反応していいのか迷う。
 何しろ、準備と言っても現在の自分はそれこそ準備らしい準備は何もないのだから。
 アランが使う武器は長剣だが、その長剣もまたここにはない。
 ……それどころか、ザッカランで捕らえられた時に奪われてしまい、その長剣がどこにいったのかは分からない。
 アランの長剣は別に名剣といった訳でもなく、あくまでも武器屋で購入した代物だ。
 それも、値段も一級品という訳ではなく、鍛冶師が作った量産品の一つでしかない。
 それだけに、愛着がある訳でもなかったが……それなりに長期間使っている関係上、ある程度手に馴染んでいた品だった。

「見ての通り、武器とかはないですし身一つですから、いつでもいいですよ」
「そうか。なら、行くぞ。武器の方は模擬戦用に刃を落としたものを向こうで用意してある」

 そう言い、男は部屋を出ていく。
 アランがついてきてるのを確認もしない様子だったが、だからといってアランもそれを追わない訳にはいかない。
 いや、身体を動かさなくてもいいのなら、別に男を追わず部屋の中にいてもよかっただろう。
 だが、元々アランはこの部屋の中で退屈していたのだ。
 そうである以上、ここで男の提案に乗らないという選択肢はない。
 ……もっとも、アランにとってはこれが罠ではないか? という気持ちない訳でもなかったのだが。
 それでも、今の状況で一体何をすればいいのかというのは、アランも分かっている。
 部屋を出ると、先を歩く男を追う。
 ……その際、こちらもまた以前ビッシュと会ったときに一緒にいたもう一人の騎士が、アランの後ろをついてくる。
 アランを自由にさせないようにするという意味では当然のことだろう。
 本当の意味でアランに自由に行動させてしまえば、それこそいつアランがこの場から逃げ出すといったような真似をしないとも限らないのだから。
 そうである以上、その辺りの警戒をするのは当然だった。

(まぁ、この城の構造が分からない以上、ここで無意味に逃げ出しても意味はないんだろうけど)

 城……それもガリンダミア帝国の帝都にある城ともなれば、その大きさは考えるまでもない。
 今の状況で逃げ出しても、それこそ無駄に自分を警戒させるだけだ。
 そうである以上、今はこの城の構造を少しでも理解する必要があった。
 そういう意味では、今回の訓練場に向かうというのはアランにとっても幸運だったのだろう。
 多少ではあっても、この城の構造を見ることが出来るのだから。
 アランを引き連れた男は、極力アランを他人の目に晒すことがないように通路を選んでいるのか、それとも訓練場から人払いしたように、その周辺も人払いしているのか、通路を歩くアランには他の通行人の姿を見ることは出来ない。

(そう言えば、今日はメローネさんも何か忙しそうにしてたな)

 自分の担当になったメローネの優しそうな顔を思い出しながら、そう考えるアラン。
 もしかしたら、今日城では何かあるのかもしれない。
 そんな疑問を抱くも、それを自分の案内をしている男に聞いても、まず正直に答えて貰えるとは思わなかった。
 そうして歩き続け……十五分ほども経った頃、ようやく訓練場と思しき場所に到着する。
 その訓練場は、案内した男が口にした通り、そこまで広くはない。
 だが、それはあくまでも多人数……それこそ集団同士で戦うのは難しいという意味であって、アランのように個人が普通に戦う分には、そう不満を抱かない程度の広さ。

「どうだ? ここなら十分に身体を動かすことが出来るだろう? ……じゃあ、やるか」

 そう言い、男は訓練場に用意してある模擬戦用の武器を見ながら、そう告げるのだった。
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