剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅

文字の大きさ
272 / 422
逃避行

271話

しおりを挟む
 イルゼンの一言が切っ掛けで、アランたちはガリンダミア帝国軍が来るのを待ち受けることになる。
 中にはイルゼンの言葉を聞いても反対する者がいたのだが、それでも大多数はイルゼンの言葉に納得した。
 それこそ、黄金の薔薇の探索者たちもイルゼンの言葉に賛成した者は多い。
 元々、探索者というのは防御的な思考よりも攻撃的な思考を持っている者が多いのだが、それが表れた形だろう。
 ガリンダミア帝国軍の追撃部隊から逃げ回り、隠れてやりすごすという生活には、納得はしていても心の中で不満に思う者も多かったのだろう。

「とはいえ……本当に勝てると思うか?」
「レオノーラ様とアランがいるんだ。何かあっても、大丈夫って気はするけどな」

 野営地の外側……敵が来たらすぐに判断出来るように見張りをしていた探索者の二人が、そんな会話を交わしながら外の様子を眺める。
 幸い、今のところは特に敵が来る様子はない。
 だからこそ、こうして暢気に会話をすることが出来ているのだが。

「まぁ、あの二人がいると負ける気がしないよな。他にも心核使いは何人もいるし」
「同感だ。正直なところ、俺たちくらいのクランの規模で、ここまで心核使いが揃っているってのも珍しいじゃないか?」

 雲海や黄金の薔薇くらいのクランで、ここまで心核使いが揃っているのは、珍しかった。
 とはいえ、珍しいということは他に全くいない訳ではない。
 実際、他にもいくつかそのようなクランがあるというのは、それなりに知られている事実だった。

「そうだな。元々心核使いは強い場所に集まるって言われるし」

 これは、別に噂やジンクスといったようなものではなく、事実だ。
 正確には、未知の遺跡に心核は眠っており、それを入手出来るだけの実力を持つクランとなると、それは当然のように高い実力を持つクランとなる。
 そのようなクランが遺跡を探索して心核を入手し、力を上げていく。
 ……もちろん、心核というのは非常に希少な物なので、恐らく心核はあるだろうと思われる遺跡に潜っても、実際には心核が一つもなかったといったこともある。
 また、苦労の末に心核を入手し、選ばれた人物が心核を使ってみたところ、使い道の少ないモンスターに変身するといったこともある。
 雲海の場合では、ケラーノがそれに当たるだろう。
 トレントという木のモンスターに変身出来るのだが、トレントは一度変身すると解除するまで移動は出来ない。
 防衛戦のときには使い勝手がいいのだが、普通の探索者にとってはかなり使いにくい存在だ。

「そうなると、俺たちも強くなってきたから心核が集まってくる可能性はあると思うか?」
「どうだろうな。可能性としては……おい」

 会話をしていた男のうち、片方が不意に言葉を止めて相棒に呼びかける。
 声をかけられた方も、仲間の様子が真剣だったためだろう。
 今までとは違い、真剣な様子で仲間の視線を追い……地平線の向こう側に、土煙を見つける。
 それも少しの土煙ではない。かなり大量の……つまり、大群が迫っていると分かるだけの、そんな土煙だ。
 そしてこうして見張っている以上、その土煙が何を意味しているのかは明らかだった。

「敵だ……敵が来たぞぉっ!」

 叫ぶ声は、野営にいる多くの者の耳に聞こえる。
 すでに、ガリンダミア帝国軍がこの野営地に攻めてくるという情報はこの遺跡で活動していた数少ない探索者たちにも知らされており、戦いに巻き込まれたくなければ、しばらく距離を置いた方がいいと説得している。
 中には、何を考えたのか自分たちもガリンダミア帝国軍と戦うといったことを主張した者もいたが。
 いや、その気持ちはそれなりに分かる者もいた。
 ガリンダミア帝国軍に対しては、色々と思うところがある者もいるのだろう。
 とはいえ、イルゼンにしてみれば、探索者ではあってもこの遺跡だけしか活動していない者は、実力不足だ。
 ましてや、中には裏で自分たちの情報売り、もしくは戦いの途中に破壊工作をしてガリンダミア帝国軍から報酬を貰おうと考える者もいる可能性がある。
 そんな訳で、信頼出来ないという理由からここの探索者たちに協力して貰うといったことは断ることになった。
 つまり、この戦いにおいては純粋に雲海と黄金の薔薇で……もしくはレジスタンスからの助力を得て、戦うことになるのだ。
 とはいえ、レジスタンスの助力というのはまず当てには出来ない。
 何しろ、元々レジスタンスというのは戦力的にそこまで強くはない。
 それだけではなく、帝都での諸々で結構な被害を受けているのだ。
 それからまだ時間が経っていないのに、ここに援軍を送れるほどに戦力を回復出来ているはずもなかった。

「来たか! 数は!?」

 敵が来たという言葉に、すぐにそんな声が返ってくる。
 一体誰が口にしたのかというのは分からなかったが、それでも見張りをしていた男は叫ぶ。

「まだ分からねえ! ただ、土煙を見る限りだと、かなりの数のはずだ! イルゼンさんたちに知らせてくれ!」
「もう来てますよ」
「おわぁっ!」

 イルゼンを呼べと言った瞬間、すぐ側からイルゼンの声が聞こえたことに、驚きの声が出る。
 だが、イルゼンはそんな様子は気にもせず、じっと土煙のある方を見る。

「なるほど。結構な数ですね。大体ですが……二千といったところですか」
「……それは、また……」

 よくそんなに数を……と、そう言いたくなるのを我慢する。
 ガリンダミア帝国軍は、現在も複数の国家と戦争状態にある。
 それでいながら、アランたちとの戦いにおいて、何度も負けていた。
 その上で、帝城においての騒動があり、グヴィス率いる追撃隊の件もある。
 さらに、帝都にもいざというときのために兵力を残しておく必要があり……そんな状況で、二千の戦力を出してきたというのは、驚嘆に値する出来事だ。

「取りあえず、僕たちを攻撃するために用意したにしては……少し大袈裟ですね。それだけこちらを脅威と思っている証でしょうが……ふむ、そうですね。アラン君、レオノーラさん、いますか?」

 その二人を呼ぶということが何を意味しているのかは、明らかだった。
 だが、それが明らかである以上、疑問も浮かぶ。

「向こうが何か奥の手を持ってきてるって言ってなかったっけ? なのに二人を出してもいいのか?」

 敵が来たということで、様子を見にきた男の一人が、そうイルゼンに尋ねる。
 その問いに、イルゼンはそうですねと頷く。

「向こうが何らかの奥の手を持っていたとして、それが不明なままでは困るんですよ。出来れば、早いうちに奥の手を見ておきたいんです。でないと、対処のしようがありませんし」
「それはそうだけど、だからってあの二人を出すのか? アランはともかく、レオノーラに何があったら不味いぞ? それこそ、黄金の薔薇の連中は間違いなくイルゼンを責める」
「でしょうね。ですが、やはり向こうが警戒しているのが二人である以上、こちらとしても向こうの奥の手を見るには、その二人を出すしかないんですよ」

 アランは、言うまでもなくゼオンをガリンダミア帝国軍が欲しているために、何としても捕らえようとするだろう。
 レオノーラは、アランを救出するときに帝城で派手に暴れて多くの心核使いを倒している以上、当然だが脅威と考えているはずだった。
 その二人に対して用意された奥の手である以上、それを使わせるにはやはりその二人を出す必要がある。
 また……奥の手云々を抜きにしても、ゼオンと黄金のドラゴンは空を飛べて非常に高い攻撃力を……それも遠距離からの攻撃手段を持っている。
 敵の数が二千近い以上、可能な限り減らしておきたいと考えるのは当然だった。

「呼びました?」
「敵がきたんですって?」

 そうして話をしているうちに、呼ばれたアランがレオノーラと共に姿を現す。

「ええ。見て下さい。結構な数がいますよ」

 イルゼンの言葉通り、アランとレオノーラの視線の先ではかなり土煙が上がっている。
 アランはその土煙を見ても、結構な人数であるということしか分からない。
 だが、それがレオノーラとなれば話は違う。

「二千……いえ、もう少し多いかしら」
「ええ、そんな感じです。そんな訳で、二人には先制攻撃を行って欲しいと思いまして」
「……いいんですか? 一応、話を聞いたりとかはした方がいいじゃ?」
「いえ、悠長なことをしていれば、こちらが不利になりますからね。その辺の事情を考えると、向こうが奥の手を使うよりも前に数を減らしておきたいんですよ」

 そう言われれば、アランも納得せざるをえない。
 実際、こちらが数十人……百人もいないのに対して、向こうは二千人以上だ。
 その戦力差は、二十倍近い。
 そうなると、普通に考えれば勝てるはずもない。
 あるいは何らかの罠をしかけるという手段も最初は検討されたが、この見晴らしのいい場所で使える罠というのもそう多くはない。
 一番手っ取り早いのは、やはり落とし穴か。
 だが、そもそもアランたちがここにいたのは、あくまでもガリンダミア帝国軍をやりすごすためということもあってか、罠をしかけるといった真似はしていなかった。
 ……何より、この遺跡には雲海や黄金の薔薇以外の者でも元々潜っていた者たちがいる。
 そのような者たちがやって来るのに、罠をしかけられないというのも大きい。
 ガリンダミア帝国軍の部隊が派遣される……いや、されたという情報を持ってきて、そのような者たちにも来ないようとは言ったが、そこから今日まではそんなに時間がなく、大規模な落とし穴を作るといった真似が出来る余裕はなかった。
 あるいは、心核使いたちを活用すればどうにかなったかもしれないが、それこそいつガリンダミア帝国軍がやって来るのか分からない。
 そうである以上、無駄なことはしない方がいいと判断し、こうして待っていたのだ。

「分かりました。敵の数は出来る限り減らした方がいいでしょうしね。レオノーラ、お前も大丈夫か?」
「ええ。構わないわ。……出来れば、私たちの攻撃で怯えて逃げてくれるといいんだけど」

 そう言うレオノーラだったが、言った本人が本当にそのようなことになるとは到底思っていない様子だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

氷弾の魔術師

カタナヅキ
ファンタジー
――上級魔法なんか必要ない、下級魔法一つだけで魔導士を目指す少年の物語―― 平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。 しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を―― ※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...