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45話
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洞窟から出てくるゴブリンたちを倒し続け、一体どれくらいの時間が経過したのか。
時間稼ぎのためにここに残った者たちは、既に半数以上が戦闘に参加出来なくなっていた。
いや、正確には武器を使った近接戦闘は可能なのだが、その距離で戦うのは、麗華たち調査隊にとってはすでにゴブリンたちを押さえ込むのが限界に近いということになる。
弓を持っていた者もいたが、弓は矢がなければ意味はなく、その矢もすでにゴブリンに対して消耗していた。
中には地面に落ちている石を投擲してゴブリンを攻撃した者もいたが、石も無限に落ちている訳ではない。
ましてや、ゴブリンは両肩から生えた腕を盾代わりにして、投げつけられた石を防ぐ。
結果として、投石で殺すことが出来たゴブリンの数はほとんどいなかった。
……投石を防いだことにより、両肩から伸びている手が骨折や打撲しているゴブリンがそれなりの数がいるというのが、せめてもの救いか。
そんな戦場ではあったが、当然のようにまだ元気な者はいる。
「その一体は私(わたくし)に任せなさい! 貴方たちは向こうに集まっているゴブリンを攻撃するように!」
今日何本目なのだろうか分からないだけの光の槍を生み出したながら、麗華が叫ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ……はい、分かりました!」
麗華に指示された能力者が、息を荒げながらそう答える。
運動という点ではそこまで動いてはいない。
だが、すでに能力を限界近くまで使っているために、息が荒くなるのだ。
能力を使うのに必要な魔力が限界に近くなっているために起こった現象だった。
最初からこれが時間稼ぎ……長期戦になることは分かりきっていたのだが、それでもやはり実際に戦いになれば、興奮や様々なアクシデントもあり、前もって考えていたようには戦えない。
一応ここに集まっているのはネクストの生徒の中で腕利きと麗華に認められた者たちで、ギルドでモンスターの討伐、能力を悪用している相手の捕縛……といった依頼をこなしている者も多い。
だがそのような者でも、これだけの大規模な戦いに参加したことがある者は少ない。
これがトワイライトの隊員であれば、似たような規模の戦いを経験したことがある者もそれなりにいるのだが……トワイライトの予備隊員ともいえるネクストの生徒にそれを期待するのは無理があるだろう。
「急いでくれ、白夜!」
「分かってる!」
まだかろうじて能力を使うことが出来ている男に急かされ、白夜は少し乱れた息を整えるように意識を集中して口を開く。
「我は闇なり。闇の運命に従い、逆らい、喰らう者なり! その闇の力を今、ここに顕現する!」
いつもように白夜の口から出る厨二的な言葉。
ある種、魔法使いが魔法を使うために呪文を詠唱しているように見えても、おかしくはない。
もっとも魔法使いがそう言われれば、実際には面白くなさそうにする者が多いだろうが。
厨二病と一緒にされるのは、魔法使いとして面白くないのは当然だろう。
特に魔法使いの中には、呪文の詠唱の素晴らしさこそが魔法の威力に影響すると、そう信じている者もいる。
そのような者たちに白夜の厨二的な台詞と一緒だと言えば、下手をすると……いや、下手をしなくても暴力沙汰になる可能性は否定出来ない。
ともあれ、白夜の影から広がった闇は、そのままゴブリンの死体を吸収していく。
地面に転がっていた多くのゴブリンの死体は、やがてまだ微かに生きているゴブリンを除いて全てが闇の中に沈んで消える。
「よし、全員攻撃再開だ!」
死体が消えたことにより、再び攻撃が始まった。
だが、櫛の歯が欠けたように、一人、また一人と限界になっていく者が多くなり、ゴブリンに対する攻撃は加速度的に減っていく。
それに比べて、洞窟から出てくるゴブリンの数は一向に減る様子がない。
(分かってた。分かってはいんだけど……厳しいな、これは)
無限に湧いて出てくるかのようにも思えるゴブリンの数に、闇の弾丸を飛ばしながら白夜は自分の中にある疲れを隠すかのように、大きく腕を振るう。
少し前までは闇で出来た矢を放つことが出来ていたのだが、白夜も大分消耗してきている。
ましてや、死体の処理のことを考えると、闇の矢よりも攻撃力は攻撃範囲は劣るが、仕方のないことだった。
「大いなる我が闇の洗礼をその身に受けよ!」
放たれた闇の弾丸は、ゴブリンに命中してその場所を黒い粉へと変えていく。
洞窟の中で戦ったときはまだ力に余裕があったので、命中した場所からさらにう攻撃範囲を伸ばすといった真似も出来たのだが、今はそのような真似は出来ない。
それでも、この状況が続けばまだしばらくは時間を稼げると、そう白夜は思ったのだが……それが甘い考えであったということが、次の瞬間に証明される。
「なっ、何だあのゴブリン……いや、ゴブリンなのか、あれは!?」
まだ能力に余裕があり、氷の礫を放っていた能力者の声に、白夜は声を発した能力者の男に視線を向け、次にその男が視線を向けている方を見る。
そうして白夜が見た存在は、とてもではないが今まで戦っていたゴブリンと同じ存在とは思えない相手だった。
まず、今までの四本腕のゴブリンと比べても、明らかに背が高い。
四本腕のゴブリンは百二十センチ前後と、それでも普通のゴブリンに比べると背が高いのだが、二メートル近いそのゴブリンは他のゴブリンといは比べものにならなかった。
そして、顔立ちもゴブリンから人間に似ているものになっており、腕は普通の腕の他に両肩から二本……これだけを考えれば今までのゴブリンと変わらないのだが、さらに脇腹の辺りからも二本の腕が伸びている。
六本腕以外にも目立つのは、額にある第三の目や、ゴブリンらしからぬ腰の辺りまで伸びている長髪だろう。
だが……そのような外見もそうだが、明らかに他のゴブリンと違うのは、その目に明確な知能の光が宿っていたことだ。
今まで洞窟から出て来たゴブリンは、その全てが目に知性の光はなかった。
ある程度仲間と協力するようなことはしていたが、それは半ば本能によるものにすぎない。知能……いや、知性の光はなかったのだが……新たに出て来たゴブリンは、明らかに高い知性を持っていると、見ているだけで白夜も理解出来た。
そのような異常なゴブリンに気が付いたのは、当然のように白夜だけではない。
むしろ、すでに戦う力を消耗して体力を休めている者の方が、そのことに異常を感じただろう。
「グルラアアアアアアアァァァッ!」
周囲に響いた、大声。
大声を上げるというだけであるのであれば、洞窟の外で白夜たちを待ち受けていたゴブリンを率いていた個体も行っていたが、今回はそれとは訳が違っていた。
同じ大声ではあっても、そこに備わっている覇気とでも呼ぶべきものは大きく違うのだ。
(ゴブリンキング?)
その大声に眉を顰めながら、白夜はそう考える。
ゴブリンの上位種で、幾多ものゴブリンを従えるゴブリンの王。
だが……白夜が知っているゴブリンキングは、どこからどう見ても目の前のような存在ではない。
ゴブリンというモンスターは、大崩壊後に地球に現れたモンスターの中でも、数という点では非常に大きい。
相手が人間であっても……いや、それどころから動物の雌や他のモンスターの雌であっても繁殖が可能なのだ。
そして多産なことが多いとなれば、増えるのは当然だろう。
それだけに、ゴブリンについての情報は人間たちに様々な苦い思いを抱かせながらも広く知られている。
だからこそゴブリンキングの情報もある程度はあり、ネクストの授業でその生態についても習っているのだが……少なくても、ゴブリンキングは腰まで伸びる長髪でもなければ、腕が六本もなく、二メートル近い身長を持っていたりもしない。
つまり、洞窟の中から出て来たゴブリンは、ゴブリンキングと呼ぶべき存在ではないのは確実だった。
「とにかく、倒してしまえばいいんでしょ!」
そう叫び、まだ能力を使う余裕のある女が能力を発動して空気砲とでも呼ぶべき圧縮した空気の塊を放つ。
相手がボスの類だと判断したからこその、速攻。
その判断は決して悪いものではなく、普通であれば賞賛されてもおかしくはない。
得体のしれない相手を見て、自分の中に生まれた恐怖心を打ち消すためにというのも、もちうろんあるのだろう。
だが……今回に限っては、それが女にとって最悪の結末をもたらす。
轟! という音と共に飛んでいった圧縮された空気は、何の問題もなく異形のゴブリンに命中する。
異形のゴブリンは、何の構えもなく……本当に、ただ攻撃が自分に命中するのを黙って見ているだけだった。
もしかして、異形なのは見た目だけで、戦闘力は弱いのか?
風の砲弾によって周囲に舞い上がった土煙を見ながら、白夜は……いや、他の者たちも、一瞬そう考える。
しかしその考えが甘いということは、山に吹く風で土煙が消えたときにはっきりとした。
何故なら、土煙が消えたあとに残っていたのは、一切の……それこそかすり傷の一つすらも存在しない、異形のゴブリンだったのだから。
その異形のゴブリンは、自分に圧縮した空気を飛ばしてきた女の方に視線を向ける。
何の感情も宿っていない、そんな異形ゴブリンの視線をまともに見てしまった女は、何か反応をするよりも前に……
「にゃびょっ!」
どこか、間の抜けた声がその口から吐き出される。
だが、それも当然だろう。本来なら何かを言うべき顔の三割ほどが、消滅していたのだから。
『……』
何が起きたのか、見ていた者のほとんどが分からなかった。
白夜も、気が付けば女は顔の三割ほどが消滅するといったことになっていたのだから。
そんな白夜たちにとって幸いだったのは、洞窟から出て来ていたゴブリンたちの動きが止まっていたことか。
もし今の状況でゴブリンの群れが好きに動いていれば、間違いなく白夜たちにとって致命的な損害が出ていたのは間違いない。
そのようにゴブリンたちを操ったのは、異形のゴブリン。
よく見れば、脇腹の辺りから伸びている手が何かを投げたかのような姿勢を取っていた。
つまり脇腹右脇腹から伸びている腕が何かを投げ、それが女の頭部を破壊したのだろう。
「うっ、うわああああああああああっ!」
それを理解した者の一人が、あまりの出来事に叫び声を上げる。
もちろん今回の依頼、もしくは任務に参加した時点で自分や仲間が死ぬという可能性は否定出来なかった。
それは分かっていたが、それでも実際にこうして仲間が……それもこんなに呆気なく、そしれ派手に殺されるというのは、非常に大きなショックを与えたのだろう。
その叫びを聞いた麗華は、美しく整った眉を顰めた。
今の状況で恐怖の叫びを上げるということが、何を意味するのかは明確だったからだ。
それを防ぐべく、麗華は鋭く叫ぼうとし……
「ラーーーーーーーー」
その寸前に、五十鈴の口から歌声が紡がれる。
歌声は一瞬にして周囲に響き渡り、声が広まるのと同じくらいの速度で歌声を聞いていた者達を落ち着かせた。
五十鈴の能力の歌の効果が万全に発揮された、といったところか。
そんな五十鈴の様子に、麗華は艶然とした笑みを浮かべて鋭くレイピアを振るう。
空気どころか空間を斬り裂くかのような、鋭い一撃。
その風切り音が、一瞬にして周囲にいた者たちの意識を麗華に向けさせる。
いや、それだけではない。異形のゴブリンまでもが、そんな麗華の姿に興味を惹かれたのか、そちらに顔を向けていた。
麗華も、異形のゴブリンに視線を向けられているのは理解している。
だが、今はそちらをどうにかするより、味方の意識を集中させる方が先だろうと判断し、叫ぶ。
「落ち着きなさい! あのゴブリンは間違いなく強力なモンスターですが、それは逆に言えば、あのゴブリンを倒してしまえば援軍が来るまでは楽になるはずですわ!」
そんな麗華の言葉に、異形のゴブリンの力に萎縮されつつあった者たちがそれぞれ士気が高まる。
五十鈴の歌と、麗華の鼓舞。
その二つによって、何とか持ち直し……
「グララララアアアアァアァァアァッ!」
次の瞬間、異形のゴブリンの咆吼が再び周囲に響き渡る。
その大声は、一瞬高まりかけた士気を強引に押さえつけ……そしてその咆吼が合図であったかのように、四本腕のゴブリンがそれぞれ動き出す。
それも今までよりも素早く、強引に、だ。
また洞窟から出てくるゴブリンの数も今までよりも明らかになっており……まるでつきることのないそのゴブリンの群れを前に、麗華や五十鈴を含めて数人以外は絶望に押し潰されそうになるのだった。
時間稼ぎのためにここに残った者たちは、既に半数以上が戦闘に参加出来なくなっていた。
いや、正確には武器を使った近接戦闘は可能なのだが、その距離で戦うのは、麗華たち調査隊にとってはすでにゴブリンたちを押さえ込むのが限界に近いということになる。
弓を持っていた者もいたが、弓は矢がなければ意味はなく、その矢もすでにゴブリンに対して消耗していた。
中には地面に落ちている石を投擲してゴブリンを攻撃した者もいたが、石も無限に落ちている訳ではない。
ましてや、ゴブリンは両肩から生えた腕を盾代わりにして、投げつけられた石を防ぐ。
結果として、投石で殺すことが出来たゴブリンの数はほとんどいなかった。
……投石を防いだことにより、両肩から伸びている手が骨折や打撲しているゴブリンがそれなりの数がいるというのが、せめてもの救いか。
そんな戦場ではあったが、当然のようにまだ元気な者はいる。
「その一体は私(わたくし)に任せなさい! 貴方たちは向こうに集まっているゴブリンを攻撃するように!」
今日何本目なのだろうか分からないだけの光の槍を生み出したながら、麗華が叫ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ……はい、分かりました!」
麗華に指示された能力者が、息を荒げながらそう答える。
運動という点ではそこまで動いてはいない。
だが、すでに能力を限界近くまで使っているために、息が荒くなるのだ。
能力を使うのに必要な魔力が限界に近くなっているために起こった現象だった。
最初からこれが時間稼ぎ……長期戦になることは分かりきっていたのだが、それでもやはり実際に戦いになれば、興奮や様々なアクシデントもあり、前もって考えていたようには戦えない。
一応ここに集まっているのはネクストの生徒の中で腕利きと麗華に認められた者たちで、ギルドでモンスターの討伐、能力を悪用している相手の捕縛……といった依頼をこなしている者も多い。
だがそのような者でも、これだけの大規模な戦いに参加したことがある者は少ない。
これがトワイライトの隊員であれば、似たような規模の戦いを経験したことがある者もそれなりにいるのだが……トワイライトの予備隊員ともいえるネクストの生徒にそれを期待するのは無理があるだろう。
「急いでくれ、白夜!」
「分かってる!」
まだかろうじて能力を使うことが出来ている男に急かされ、白夜は少し乱れた息を整えるように意識を集中して口を開く。
「我は闇なり。闇の運命に従い、逆らい、喰らう者なり! その闇の力を今、ここに顕現する!」
いつもように白夜の口から出る厨二的な言葉。
ある種、魔法使いが魔法を使うために呪文を詠唱しているように見えても、おかしくはない。
もっとも魔法使いがそう言われれば、実際には面白くなさそうにする者が多いだろうが。
厨二病と一緒にされるのは、魔法使いとして面白くないのは当然だろう。
特に魔法使いの中には、呪文の詠唱の素晴らしさこそが魔法の威力に影響すると、そう信じている者もいる。
そのような者たちに白夜の厨二的な台詞と一緒だと言えば、下手をすると……いや、下手をしなくても暴力沙汰になる可能性は否定出来ない。
ともあれ、白夜の影から広がった闇は、そのままゴブリンの死体を吸収していく。
地面に転がっていた多くのゴブリンの死体は、やがてまだ微かに生きているゴブリンを除いて全てが闇の中に沈んで消える。
「よし、全員攻撃再開だ!」
死体が消えたことにより、再び攻撃が始まった。
だが、櫛の歯が欠けたように、一人、また一人と限界になっていく者が多くなり、ゴブリンに対する攻撃は加速度的に減っていく。
それに比べて、洞窟から出てくるゴブリンの数は一向に減る様子がない。
(分かってた。分かってはいんだけど……厳しいな、これは)
無限に湧いて出てくるかのようにも思えるゴブリンの数に、闇の弾丸を飛ばしながら白夜は自分の中にある疲れを隠すかのように、大きく腕を振るう。
少し前までは闇で出来た矢を放つことが出来ていたのだが、白夜も大分消耗してきている。
ましてや、死体の処理のことを考えると、闇の矢よりも攻撃力は攻撃範囲は劣るが、仕方のないことだった。
「大いなる我が闇の洗礼をその身に受けよ!」
放たれた闇の弾丸は、ゴブリンに命中してその場所を黒い粉へと変えていく。
洞窟の中で戦ったときはまだ力に余裕があったので、命中した場所からさらにう攻撃範囲を伸ばすといった真似も出来たのだが、今はそのような真似は出来ない。
それでも、この状況が続けばまだしばらくは時間を稼げると、そう白夜は思ったのだが……それが甘い考えであったということが、次の瞬間に証明される。
「なっ、何だあのゴブリン……いや、ゴブリンなのか、あれは!?」
まだ能力に余裕があり、氷の礫を放っていた能力者の声に、白夜は声を発した能力者の男に視線を向け、次にその男が視線を向けている方を見る。
そうして白夜が見た存在は、とてもではないが今まで戦っていたゴブリンと同じ存在とは思えない相手だった。
まず、今までの四本腕のゴブリンと比べても、明らかに背が高い。
四本腕のゴブリンは百二十センチ前後と、それでも普通のゴブリンに比べると背が高いのだが、二メートル近いそのゴブリンは他のゴブリンといは比べものにならなかった。
そして、顔立ちもゴブリンから人間に似ているものになっており、腕は普通の腕の他に両肩から二本……これだけを考えれば今までのゴブリンと変わらないのだが、さらに脇腹の辺りからも二本の腕が伸びている。
六本腕以外にも目立つのは、額にある第三の目や、ゴブリンらしからぬ腰の辺りまで伸びている長髪だろう。
だが……そのような外見もそうだが、明らかに他のゴブリンと違うのは、その目に明確な知能の光が宿っていたことだ。
今まで洞窟から出て来たゴブリンは、その全てが目に知性の光はなかった。
ある程度仲間と協力するようなことはしていたが、それは半ば本能によるものにすぎない。知能……いや、知性の光はなかったのだが……新たに出て来たゴブリンは、明らかに高い知性を持っていると、見ているだけで白夜も理解出来た。
そのような異常なゴブリンに気が付いたのは、当然のように白夜だけではない。
むしろ、すでに戦う力を消耗して体力を休めている者の方が、そのことに異常を感じただろう。
「グルラアアアアアアアァァァッ!」
周囲に響いた、大声。
大声を上げるというだけであるのであれば、洞窟の外で白夜たちを待ち受けていたゴブリンを率いていた個体も行っていたが、今回はそれとは訳が違っていた。
同じ大声ではあっても、そこに備わっている覇気とでも呼ぶべきものは大きく違うのだ。
(ゴブリンキング?)
その大声に眉を顰めながら、白夜はそう考える。
ゴブリンの上位種で、幾多ものゴブリンを従えるゴブリンの王。
だが……白夜が知っているゴブリンキングは、どこからどう見ても目の前のような存在ではない。
ゴブリンというモンスターは、大崩壊後に地球に現れたモンスターの中でも、数という点では非常に大きい。
相手が人間であっても……いや、それどころから動物の雌や他のモンスターの雌であっても繁殖が可能なのだ。
そして多産なことが多いとなれば、増えるのは当然だろう。
それだけに、ゴブリンについての情報は人間たちに様々な苦い思いを抱かせながらも広く知られている。
だからこそゴブリンキングの情報もある程度はあり、ネクストの授業でその生態についても習っているのだが……少なくても、ゴブリンキングは腰まで伸びる長髪でもなければ、腕が六本もなく、二メートル近い身長を持っていたりもしない。
つまり、洞窟の中から出て来たゴブリンは、ゴブリンキングと呼ぶべき存在ではないのは確実だった。
「とにかく、倒してしまえばいいんでしょ!」
そう叫び、まだ能力を使う余裕のある女が能力を発動して空気砲とでも呼ぶべき圧縮した空気の塊を放つ。
相手がボスの類だと判断したからこその、速攻。
その判断は決して悪いものではなく、普通であれば賞賛されてもおかしくはない。
得体のしれない相手を見て、自分の中に生まれた恐怖心を打ち消すためにというのも、もちうろんあるのだろう。
だが……今回に限っては、それが女にとって最悪の結末をもたらす。
轟! という音と共に飛んでいった圧縮された空気は、何の問題もなく異形のゴブリンに命中する。
異形のゴブリンは、何の構えもなく……本当に、ただ攻撃が自分に命中するのを黙って見ているだけだった。
もしかして、異形なのは見た目だけで、戦闘力は弱いのか?
風の砲弾によって周囲に舞い上がった土煙を見ながら、白夜は……いや、他の者たちも、一瞬そう考える。
しかしその考えが甘いということは、山に吹く風で土煙が消えたときにはっきりとした。
何故なら、土煙が消えたあとに残っていたのは、一切の……それこそかすり傷の一つすらも存在しない、異形のゴブリンだったのだから。
その異形のゴブリンは、自分に圧縮した空気を飛ばしてきた女の方に視線を向ける。
何の感情も宿っていない、そんな異形ゴブリンの視線をまともに見てしまった女は、何か反応をするよりも前に……
「にゃびょっ!」
どこか、間の抜けた声がその口から吐き出される。
だが、それも当然だろう。本来なら何かを言うべき顔の三割ほどが、消滅していたのだから。
『……』
何が起きたのか、見ていた者のほとんどが分からなかった。
白夜も、気が付けば女は顔の三割ほどが消滅するといったことになっていたのだから。
そんな白夜たちにとって幸いだったのは、洞窟から出て来ていたゴブリンたちの動きが止まっていたことか。
もし今の状況でゴブリンの群れが好きに動いていれば、間違いなく白夜たちにとって致命的な損害が出ていたのは間違いない。
そのようにゴブリンたちを操ったのは、異形のゴブリン。
よく見れば、脇腹の辺りから伸びている手が何かを投げたかのような姿勢を取っていた。
つまり脇腹右脇腹から伸びている腕が何かを投げ、それが女の頭部を破壊したのだろう。
「うっ、うわああああああああああっ!」
それを理解した者の一人が、あまりの出来事に叫び声を上げる。
もちろん今回の依頼、もしくは任務に参加した時点で自分や仲間が死ぬという可能性は否定出来なかった。
それは分かっていたが、それでも実際にこうして仲間が……それもこんなに呆気なく、そしれ派手に殺されるというのは、非常に大きなショックを与えたのだろう。
その叫びを聞いた麗華は、美しく整った眉を顰めた。
今の状況で恐怖の叫びを上げるということが、何を意味するのかは明確だったからだ。
それを防ぐべく、麗華は鋭く叫ぼうとし……
「ラーーーーーーーー」
その寸前に、五十鈴の口から歌声が紡がれる。
歌声は一瞬にして周囲に響き渡り、声が広まるのと同じくらいの速度で歌声を聞いていた者達を落ち着かせた。
五十鈴の能力の歌の効果が万全に発揮された、といったところか。
そんな五十鈴の様子に、麗華は艶然とした笑みを浮かべて鋭くレイピアを振るう。
空気どころか空間を斬り裂くかのような、鋭い一撃。
その風切り音が、一瞬にして周囲にいた者たちの意識を麗華に向けさせる。
いや、それだけではない。異形のゴブリンまでもが、そんな麗華の姿に興味を惹かれたのか、そちらに顔を向けていた。
麗華も、異形のゴブリンに視線を向けられているのは理解している。
だが、今はそちらをどうにかするより、味方の意識を集中させる方が先だろうと判断し、叫ぶ。
「落ち着きなさい! あのゴブリンは間違いなく強力なモンスターですが、それは逆に言えば、あのゴブリンを倒してしまえば援軍が来るまでは楽になるはずですわ!」
そんな麗華の言葉に、異形のゴブリンの力に萎縮されつつあった者たちがそれぞれ士気が高まる。
五十鈴の歌と、麗華の鼓舞。
その二つによって、何とか持ち直し……
「グララララアアアアァアァァアァッ!」
次の瞬間、異形のゴブリンの咆吼が再び周囲に響き渡る。
その大声は、一瞬高まりかけた士気を強引に押さえつけ……そしてその咆吼が合図であったかのように、四本腕のゴブリンがそれぞれ動き出す。
それも今までよりも素早く、強引に、だ。
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その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
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