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59話
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白夜達が緑の街にやって来たその日、白夜たちは移動してきた車の中から荷物を降ろすと、それを宿舎の中に運ぶ。
やるべきことは他にも色々とあるのだが、やはりここまでずっと車で移動してきたというだけあって、皆がそれぞれに疲れていた。
特に車を運転していた二人は、乗っていただけの者よりも疲れは大きい。
本来なら、即座に仕事に移った方がいいのだが……今の状況で無理に仕事をしようとしても、疲れから万全の実力を発揮出来ないと早乙女が判断したのだ。
緑の街の街長たる大東(だいとう)も、疲れた状態のままで仕事の話をしても意味はないだろうと判断し、夜までゆっくりしていて欲しいと早乙女たちに言ってきた。
結果として、皆が宿舎として用意された建物の中でゆっくりとする。
「うーん……こうして手を伸ばして寝転がることが出来るってのはいいな」
「みゃー!」
白夜の言葉に、ノーラが同意するように鳴き声を上げていた。
(そう言えば、畳ってのはこの緑の街にはないのか? 緑の街ってくらいだから、もしかしたらあるのかと思ったんだけど)
畳がどういう物なのかは、白夜も当然知っている。
だが、それはあくまでも知ってるだけで、実際にそれを使ったことはない。
もちろん今の日本に畳がない訳ではなく、ある場所にはある。
しかしそれは、あくまである場所にはというだけであって、少なくても白夜が普段暮らしているネクストの校舎や寮といった場所には存在しない。
だからこそ、もしかしたらこの緑の街にはあるのかもしれないと期待していたのだが……残念ながら、その期待は裏切られてしまった形だ。
もっとも、白夜も畳はあれば見てみたいなと思った程度で、床に寝転がっている今の状況に文句は全くなかったが。
それどころか、ずっとこのような時間が続いて欲しいとすら思ってしまう。
前日に眠ったのが車の中で、それも昨日初めて会ったばかりの……それもネクストの生徒である自分とは違い、トワイライトの一員という明らかに格上の相手が揃っている中での野営だったとのだ。本人が思ったよりは疲れが取れていなかったのだろう。
眠気に誘われるように、白夜の思考は睡眠に落ちていき……
「おい、白夜! 起きろ!」
「うひゃい!」
自分でも変な声が出たという認識があったが、白夜はそれよりも周囲の様子を鋭く観察する。
ネクストの授業の結果……という訳ではなく、ゲートの一件で身につけた反射的な行動だった。
何度となく繰り返し行ってきた授業ではなく、一度だけ体験したゲートの一件がこうして白夜の身に染みているのは、それだけ命が懸かった戦いというのは大きかったということだろう。
ともあれ、片手を付いて起き上がった白夜が見たのは、見知った顔だった。
白夜とは別の車に乗っていたメンバーだったので、早乙女たちのようにまだ親しくはなかったが。
「えっと、その、何ですか?」
「外を見てみろ」
そう言われた白夜が窓から外に視線を向けると、そこには夕焼けが広がっていた。
いくら疲れていたとはいえ、白夜は眠りすぎたということなのだろう。
もしここがどこかの森の中だったり、山の中だったりすれば、ここまで無警戒に眠っていた白夜は、モンスターの……場合によっては野生の動物の餌食になっていた可能性も否定出来ない。
……もっとも、白夜にはノーラという相棒がいる。
従魔のノーラは、当然ながらその感覚も白夜より鋭い。……外見は空飛ぶマリモなのだが。
ともあれ、もし悪意や敵意を持つ者が白夜に近づいてくれば、ノーラが真っ先に気が付くはずだった。
とはいえ、こうして迂闊な真似をしたのは間違いなかったので、一応謝っておく。
「すいません、ちょっと疲れていたみたいで寝すぎました。もしかして……不味かったですか?」
「まぁ、白夜はこうして遠出して仕事をするのは初めてなんだし、昨夜は車の中で野営だったからな。ゆっくり眠りたくなってもしょうがねえ。それより、これから夕食だ。緑の街の連中が盛大に宴を開いてくれるってよ」
その言葉に、何故目の前の男が自分を起こしに来たのかを理解した白夜は、感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。おかげで、ご馳走を逃さずにすみました」
「まぁ、早乙女さんがお前を呼んで来いって言ったからな。感謝するなら、俺じゃなくて早乙女さんにしろよ」
「はい、分かりました」
そう言った瞬間、白夜の腹が周囲に聞こえる程に自己主張する。
「みゃー……」
白夜の腹の音が聞こえたのか、こちらもぐっすりと眠っていたノーラが起きて、空中に浮き上がる。
白夜を起こしに来た男が近づいてもノーラが目覚めなかったのは、男が白夜に対して悪意や敵意を持っていなかったからだろう。
だからこそ、白夜の腹の音でこうして目が覚めたのだ。
もっとも、起こしに来た男がぐっすりと眠っている白夜に羨ましいものを感じたのは間違いのない事実なのだが。
「ノーラ、俺はこれから食事に行くけど、お前はどうする? もう少しここで寝てるか?」
「みゃー……」
ノーラは寝ぼけたような声を出しつつも、そのまま空中に浮かんで白夜の頭の上に着地する。
白夜と一緒に行くと、そう態度で示しているのだろう。
「えっと、ノーラも一緒で構いませんか?」
「従魔なんだし、問題はないだろ。もっとも、緑の街で従魔はあまりいないみたいだから、珍しがられるだろうが」
トワイライトやネクストでは、従魔というのはそこまで珍しいものではない。
それこそ、従魔持ちの隊員や生徒だけでトーナメントを開けるくらいには一般的な代物だ。
だが、それはあくまでもトワイライトやネクストが存在し、多くの能力者が集まっている東京だからこその出来事だ。
緑の街のような場所では、能力者の数はどうしても東京よりも劣る。
ましてや、能力者全員が従魔を得ることが出来る訳ではない以上、どうしても従魔が珍しいと思える者が多くなるのだ。
……もっとも、モンスターは様々な理由で従魔となる。
自分に勝った相手に従うというモンスターもいれば、子供の頃から育てて貰って従魔になったり、怪我をしているところを治して従魔にしたり……といった具合に。
だからこそ、場合によってはこの緑の街のような場所でも、強力な従魔を持つ能力者や魔法使いがいる可能性は決して否定出来ないのだ。
(まぁ、ノーラがそこまで珍しがられているのを考えると、多分そういうパターンではないんだろうけど)
自分の頭の上に乗っているノーラを思いながらそんな風に考える白夜だったが、ふと自分を呼びに来た男が頭に乗っているノーラをじっくりと見ていることに気がつく。
そう言えば、可愛いもの好きが多かったなと思いつつ、白夜は男と共に宴の場に向かう。
その途中でも、男は白夜の頭の上に乗ったノーラに何度も視線を向け、声をかけたそうにしているものの……結局声をかけることはないまま、宴会場に到着する。
白夜にしてみれば、ノーラの相手はいつも自分がしてるのだからそこまで緊張する必要もないと思うのだが、やはりそこは慣れなのだろう。
白夜から見た場合、何故ノーラを相手にそこまで緊張する必要があるのかといった疑問を抱くのだが。
「あそこだ。……どうやらもう始まっているみたいだな」
ノーラから視線を逸らした男が視線を向けたのは、目的になっている場所。
恐らく緑の街でも集会場といった役割を果たしているのだろう、他の家よりもかなり大きめに作られた建物。
そんな建物の中からは、大勢の笑い声が聞こえてくる。
最初に緑の街に到着したときは若干険悪な雰囲気になりかけたが、幸い白夜の闇の能力で生み出されたゴブリンがその険悪さ、具体的には街長の大東の不信感を吹き飛ばしたのか、建物から聞こえてくる笑い声は非常に陽気なものだ。
「どうやら、早乙女さんたちも嬉しそうに騒いでいるみたいですね」
「ああ。……それも、お前のお陰でもあり、お前のせいでもあるんだけどな」
その言葉に同意したあとに小さく呟いた男の声は、白夜の耳には聞こえなかった。
白夜の頭の上にいるノーラには聞こえていたようだったが、ノーラはその言葉に気にした様子がないのか、特に反応はしない。
緑の街からの依頼でやってきたのは、トワイライトの上層部にしてみれば、白夜の能力をしっかりと確認したいという思いがあった。
だからこそ、早乙女たちに白夜を連れてこの依頼を受けるようにと命じたのだ。
「おー、来たか。こっちだ、こっち。ほれ、もう皆は食って、飲んでるぞ」
ちょうど建物の外に出てきた緑の街の住人が、白夜と男に向かってそう告げる。
すでに若干酔っ払っているのか、建物の明かりでも顔が赤くなっているのが白夜にも見えた。
白夜はそんな男に、少しだけ申し訳なさそうにしながら口を開く。
「すいません、俺がちょっと寝坊してしまって」
「あー……ひっく。まぁ、若いからな。そういうこともあるだろ」
機嫌良さそうに笑う男。
実際、今回の一件が上手くいけば他の街との行き来が間違いなく楽になる。
そうなれば、この緑の街は間違いなく今よりも発展するのだ。
そして街が発展するということは、当然のように自分たちの安全についても寄与することであり、まさしく男は現在幸せな未来が見えていた。
そんな幸福な未来をもたらしてくれる相手を前に、機嫌が悪くなるはずもない。
「じゃあ、俺はちょっとお花摘みに行くから、またな。……ひっく」
男はそう言い、白夜たちの前から去っていく。
お花摘みというのが何を意味していたのか白夜は分からなかったが、その隣のいる男は呆れたように口を開く。
「それを言うなら、お花摘みじゃなくて雉撃ちだろうに」
雉撃ち? と再び疑問を抱いた白夜だったが、花を摘む、雉撃ちといった表現がトイレに行くことを示しているのは、理解出来ていなかった。
白夜と一緒にここまで来た男も、別にその件について教える必要はないと判断したのか、建物の中に入っていく。
お花摘みや雉撃ちといった表現が気になった白夜だったが、取りあえず今は激しく自己主張してくる空腹をどうにかする方が先だろうと判断し、男を追って建物に入る。
そうして建物の中に入れば、そこに広がっているのは酔っ払っている男たち。
中には女もいるのだが、その多くは給仕のために働いており、大東を含む街の中心人物たちと一緒に宴を楽しんでいる女はそう多くない。
そのことに若干……本当に若干ではあったが、白夜は残念な気持ちを抱く。
出来れば……本当に出来ればでいいのだが、この緑の街の美人とお近づきになりたいという願望があったためだ。
だが、大東や如月たちと一緒に酒を飲み、料理を食べている女は四十代、もしくは五十代といった年齢の相手で、白夜の口説くべき相手のストライクゾーンからは外れている。
そんな残念に思っている白夜の姿を、早乙女が早速見つける。
「おい、白夜! こっちだこっち! 今日の宴はお前が主役なんだから、お前の席はこっちに用意してある!」
「えっと……その、主役ですか? 俺が?」
早乙女の言葉に戸惑いながらも、宴会に参加している者たちは誰もがそんな白夜の様子に何も言う様子はない。
それどころか、早乙女の言葉通りに今回の主役であると認めているような、そんな視線を白夜に向けていた。
これで、もし白夜が調子に乗りやすい性格であれば、もしかしたら有頂天になっていただろう。
だが、幸い白夜は自分が優れはいても、上には上がいくらでもいるということを知っている。
……それこそ、ゲートの一件でそれを思い知らされたばかりなのだ。
そんな状況で有頂天になるなどといったことは、到底出来なかった。
ともあれ、早乙女に呼ばれた白夜はその近くに……この宴の中心となっている場所に向かう。
当然のように、白夜と一緒にこの建物にやって来た男もそのあとに続く。
この建物に入るときは逆だったのを考えると、微妙に面白いような、奇妙な感覚が白夜の中にあった。
そんな風に考えつつ、白夜は早乙女の指示通りの場所に座る。
「ほら、白夜は酒じゃなくてジュースでいいよな?」
「そうですね。明日のことを考えると、そっちの方がいいと思います」
大崩壊後も、飲酒は二十歳からという風潮は残っている。
法律ではなく風潮という形になってはいるので、実際には十代でも普通に酒を飲んでいる者もいるのだが。
白夜も当然のように酒を飲んだことはあるが、とてもではないが酒を美味いとは思えなかった。
飲み続ければ美味く感じると言われても、不味いものを無理に飲み続けてまで美味く感じるよりは、普通に美味いものがいくらでもあるのだから、そちらで十分間に合う。
ましてや、明日からは早速仕事を始めるのだから、二日酔いを残す訳にもいかず……白夜は、酒ではなくジュースを飲みながら、宴会の料理を摘まむのだった。
やるべきことは他にも色々とあるのだが、やはりここまでずっと車で移動してきたというだけあって、皆がそれぞれに疲れていた。
特に車を運転していた二人は、乗っていただけの者よりも疲れは大きい。
本来なら、即座に仕事に移った方がいいのだが……今の状況で無理に仕事をしようとしても、疲れから万全の実力を発揮出来ないと早乙女が判断したのだ。
緑の街の街長たる大東(だいとう)も、疲れた状態のままで仕事の話をしても意味はないだろうと判断し、夜までゆっくりしていて欲しいと早乙女たちに言ってきた。
結果として、皆が宿舎として用意された建物の中でゆっくりとする。
「うーん……こうして手を伸ばして寝転がることが出来るってのはいいな」
「みゃー!」
白夜の言葉に、ノーラが同意するように鳴き声を上げていた。
(そう言えば、畳ってのはこの緑の街にはないのか? 緑の街ってくらいだから、もしかしたらあるのかと思ったんだけど)
畳がどういう物なのかは、白夜も当然知っている。
だが、それはあくまでも知ってるだけで、実際にそれを使ったことはない。
もちろん今の日本に畳がない訳ではなく、ある場所にはある。
しかしそれは、あくまである場所にはというだけであって、少なくても白夜が普段暮らしているネクストの校舎や寮といった場所には存在しない。
だからこそ、もしかしたらこの緑の街にはあるのかもしれないと期待していたのだが……残念ながら、その期待は裏切られてしまった形だ。
もっとも、白夜も畳はあれば見てみたいなと思った程度で、床に寝転がっている今の状況に文句は全くなかったが。
それどころか、ずっとこのような時間が続いて欲しいとすら思ってしまう。
前日に眠ったのが車の中で、それも昨日初めて会ったばかりの……それもネクストの生徒である自分とは違い、トワイライトの一員という明らかに格上の相手が揃っている中での野営だったとのだ。本人が思ったよりは疲れが取れていなかったのだろう。
眠気に誘われるように、白夜の思考は睡眠に落ちていき……
「おい、白夜! 起きろ!」
「うひゃい!」
自分でも変な声が出たという認識があったが、白夜はそれよりも周囲の様子を鋭く観察する。
ネクストの授業の結果……という訳ではなく、ゲートの一件で身につけた反射的な行動だった。
何度となく繰り返し行ってきた授業ではなく、一度だけ体験したゲートの一件がこうして白夜の身に染みているのは、それだけ命が懸かった戦いというのは大きかったということだろう。
ともあれ、片手を付いて起き上がった白夜が見たのは、見知った顔だった。
白夜とは別の車に乗っていたメンバーだったので、早乙女たちのようにまだ親しくはなかったが。
「えっと、その、何ですか?」
「外を見てみろ」
そう言われた白夜が窓から外に視線を向けると、そこには夕焼けが広がっていた。
いくら疲れていたとはいえ、白夜は眠りすぎたということなのだろう。
もしここがどこかの森の中だったり、山の中だったりすれば、ここまで無警戒に眠っていた白夜は、モンスターの……場合によっては野生の動物の餌食になっていた可能性も否定出来ない。
……もっとも、白夜にはノーラという相棒がいる。
従魔のノーラは、当然ながらその感覚も白夜より鋭い。……外見は空飛ぶマリモなのだが。
ともあれ、もし悪意や敵意を持つ者が白夜に近づいてくれば、ノーラが真っ先に気が付くはずだった。
とはいえ、こうして迂闊な真似をしたのは間違いなかったので、一応謝っておく。
「すいません、ちょっと疲れていたみたいで寝すぎました。もしかして……不味かったですか?」
「まぁ、白夜はこうして遠出して仕事をするのは初めてなんだし、昨夜は車の中で野営だったからな。ゆっくり眠りたくなってもしょうがねえ。それより、これから夕食だ。緑の街の連中が盛大に宴を開いてくれるってよ」
その言葉に、何故目の前の男が自分を起こしに来たのかを理解した白夜は、感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。おかげで、ご馳走を逃さずにすみました」
「まぁ、早乙女さんがお前を呼んで来いって言ったからな。感謝するなら、俺じゃなくて早乙女さんにしろよ」
「はい、分かりました」
そう言った瞬間、白夜の腹が周囲に聞こえる程に自己主張する。
「みゃー……」
白夜の腹の音が聞こえたのか、こちらもぐっすりと眠っていたノーラが起きて、空中に浮き上がる。
白夜を起こしに来た男が近づいてもノーラが目覚めなかったのは、男が白夜に対して悪意や敵意を持っていなかったからだろう。
だからこそ、白夜の腹の音でこうして目が覚めたのだ。
もっとも、起こしに来た男がぐっすりと眠っている白夜に羨ましいものを感じたのは間違いのない事実なのだが。
「ノーラ、俺はこれから食事に行くけど、お前はどうする? もう少しここで寝てるか?」
「みゃー……」
ノーラは寝ぼけたような声を出しつつも、そのまま空中に浮かんで白夜の頭の上に着地する。
白夜と一緒に行くと、そう態度で示しているのだろう。
「えっと、ノーラも一緒で構いませんか?」
「従魔なんだし、問題はないだろ。もっとも、緑の街で従魔はあまりいないみたいだから、珍しがられるだろうが」
トワイライトやネクストでは、従魔というのはそこまで珍しいものではない。
それこそ、従魔持ちの隊員や生徒だけでトーナメントを開けるくらいには一般的な代物だ。
だが、それはあくまでもトワイライトやネクストが存在し、多くの能力者が集まっている東京だからこその出来事だ。
緑の街のような場所では、能力者の数はどうしても東京よりも劣る。
ましてや、能力者全員が従魔を得ることが出来る訳ではない以上、どうしても従魔が珍しいと思える者が多くなるのだ。
……もっとも、モンスターは様々な理由で従魔となる。
自分に勝った相手に従うというモンスターもいれば、子供の頃から育てて貰って従魔になったり、怪我をしているところを治して従魔にしたり……といった具合に。
だからこそ、場合によってはこの緑の街のような場所でも、強力な従魔を持つ能力者や魔法使いがいる可能性は決して否定出来ないのだ。
(まぁ、ノーラがそこまで珍しがられているのを考えると、多分そういうパターンではないんだろうけど)
自分の頭の上に乗っているノーラを思いながらそんな風に考える白夜だったが、ふと自分を呼びに来た男が頭に乗っているノーラをじっくりと見ていることに気がつく。
そう言えば、可愛いもの好きが多かったなと思いつつ、白夜は男と共に宴の場に向かう。
その途中でも、男は白夜の頭の上に乗ったノーラに何度も視線を向け、声をかけたそうにしているものの……結局声をかけることはないまま、宴会場に到着する。
白夜にしてみれば、ノーラの相手はいつも自分がしてるのだからそこまで緊張する必要もないと思うのだが、やはりそこは慣れなのだろう。
白夜から見た場合、何故ノーラを相手にそこまで緊張する必要があるのかといった疑問を抱くのだが。
「あそこだ。……どうやらもう始まっているみたいだな」
ノーラから視線を逸らした男が視線を向けたのは、目的になっている場所。
恐らく緑の街でも集会場といった役割を果たしているのだろう、他の家よりもかなり大きめに作られた建物。
そんな建物の中からは、大勢の笑い声が聞こえてくる。
最初に緑の街に到着したときは若干険悪な雰囲気になりかけたが、幸い白夜の闇の能力で生み出されたゴブリンがその険悪さ、具体的には街長の大東の不信感を吹き飛ばしたのか、建物から聞こえてくる笑い声は非常に陽気なものだ。
「どうやら、早乙女さんたちも嬉しそうに騒いでいるみたいですね」
「ああ。……それも、お前のお陰でもあり、お前のせいでもあるんだけどな」
その言葉に同意したあとに小さく呟いた男の声は、白夜の耳には聞こえなかった。
白夜の頭の上にいるノーラには聞こえていたようだったが、ノーラはその言葉に気にした様子がないのか、特に反応はしない。
緑の街からの依頼でやってきたのは、トワイライトの上層部にしてみれば、白夜の能力をしっかりと確認したいという思いがあった。
だからこそ、早乙女たちに白夜を連れてこの依頼を受けるようにと命じたのだ。
「おー、来たか。こっちだ、こっち。ほれ、もう皆は食って、飲んでるぞ」
ちょうど建物の外に出てきた緑の街の住人が、白夜と男に向かってそう告げる。
すでに若干酔っ払っているのか、建物の明かりでも顔が赤くなっているのが白夜にも見えた。
白夜はそんな男に、少しだけ申し訳なさそうにしながら口を開く。
「すいません、俺がちょっと寝坊してしまって」
「あー……ひっく。まぁ、若いからな。そういうこともあるだろ」
機嫌良さそうに笑う男。
実際、今回の一件が上手くいけば他の街との行き来が間違いなく楽になる。
そうなれば、この緑の街は間違いなく今よりも発展するのだ。
そして街が発展するということは、当然のように自分たちの安全についても寄与することであり、まさしく男は現在幸せな未来が見えていた。
そんな幸福な未来をもたらしてくれる相手を前に、機嫌が悪くなるはずもない。
「じゃあ、俺はちょっとお花摘みに行くから、またな。……ひっく」
男はそう言い、白夜たちの前から去っていく。
お花摘みというのが何を意味していたのか白夜は分からなかったが、その隣のいる男は呆れたように口を開く。
「それを言うなら、お花摘みじゃなくて雉撃ちだろうに」
雉撃ち? と再び疑問を抱いた白夜だったが、花を摘む、雉撃ちといった表現がトイレに行くことを示しているのは、理解出来ていなかった。
白夜と一緒にここまで来た男も、別にその件について教える必要はないと判断したのか、建物の中に入っていく。
お花摘みや雉撃ちといった表現が気になった白夜だったが、取りあえず今は激しく自己主張してくる空腹をどうにかする方が先だろうと判断し、男を追って建物に入る。
そうして建物の中に入れば、そこに広がっているのは酔っ払っている男たち。
中には女もいるのだが、その多くは給仕のために働いており、大東を含む街の中心人物たちと一緒に宴を楽しんでいる女はそう多くない。
そのことに若干……本当に若干ではあったが、白夜は残念な気持ちを抱く。
出来れば……本当に出来ればでいいのだが、この緑の街の美人とお近づきになりたいという願望があったためだ。
だが、大東や如月たちと一緒に酒を飲み、料理を食べている女は四十代、もしくは五十代といった年齢の相手で、白夜の口説くべき相手のストライクゾーンからは外れている。
そんな残念に思っている白夜の姿を、早乙女が早速見つける。
「おい、白夜! こっちだこっち! 今日の宴はお前が主役なんだから、お前の席はこっちに用意してある!」
「えっと……その、主役ですか? 俺が?」
早乙女の言葉に戸惑いながらも、宴会に参加している者たちは誰もがそんな白夜の様子に何も言う様子はない。
それどころか、早乙女の言葉通りに今回の主役であると認めているような、そんな視線を白夜に向けていた。
これで、もし白夜が調子に乗りやすい性格であれば、もしかしたら有頂天になっていただろう。
だが、幸い白夜は自分が優れはいても、上には上がいくらでもいるということを知っている。
……それこそ、ゲートの一件でそれを思い知らされたばかりなのだ。
そんな状況で有頂天になるなどといったことは、到底出来なかった。
ともあれ、早乙女に呼ばれた白夜はその近くに……この宴の中心となっている場所に向かう。
当然のように、白夜と一緒にこの建物にやって来た男もそのあとに続く。
この建物に入るときは逆だったのを考えると、微妙に面白いような、奇妙な感覚が白夜の中にあった。
そんな風に考えつつ、白夜は早乙女の指示通りの場所に座る。
「ほら、白夜は酒じゃなくてジュースでいいよな?」
「そうですね。明日のことを考えると、そっちの方がいいと思います」
大崩壊後も、飲酒は二十歳からという風潮は残っている。
法律ではなく風潮という形になってはいるので、実際には十代でも普通に酒を飲んでいる者もいるのだが。
白夜も当然のように酒を飲んだことはあるが、とてもではないが酒を美味いとは思えなかった。
飲み続ければ美味く感じると言われても、不味いものを無理に飲み続けてまで美味く感じるよりは、普通に美味いものがいくらでもあるのだから、そちらで十分間に合う。
ましてや、明日からは早速仕事を始めるのだから、二日酔いを残す訳にもいかず……白夜は、酒ではなくジュースを飲みながら、宴会の料理を摘まむのだった。
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