才能は流星魔法

神無月 紅

文字の大きさ
9 / 178
異世界へ

0009話

しおりを挟む
「……」

 馬車から出て来た相手を見て、イオは何も言えなくなる。
 正確には、馬車から出て来たの者の中にはギュンターもいたのだが、イオの視界にすでにギュンターの姿は全く映っていない。
 イオの目に映されているのは、一人の女。
 圧倒的なまでの美貌を持ち、太陽の光がそのまま形を成したかのような黄金の髪は背中の中程までの長さがあり、その先端は波打つような、いわゆるウェーブヘアと呼ばれるような髪型となっていた。
 また、その身体も非常に……あるいは過剰にと表現してもいいくらい女らしい優雅な曲線を描いている。
 イオも日本にいたとき、TVで映画の祭典の類で世界トップクラスの美貌を持つ女優を何度か見たことがあったが、目の前の女はそんな世界トップクラスの女優と比べても明らかに上の美貌を持つ。
 まさに絶世のという表現が相応しい美貌の持ち主。
 それでいながら女優といった様子ではなく、戦う者として先頭に立つ人物にも思えた。

(黄金の覇王)

 女を見た瞬間にイオが思ったのはそのような単語で、同時に何故この傭兵団が黎明の覇者といった名前なのかを否が応でも思い知らされる。
 年齢は十七歳のイオより若干上……二十歳になるかどうかといったくらいなのだが、すでに女として完成しており、それ以上に覇王としての圧倒的なカリスマ性も持っていた。
 ギュンターが言っていたソフィアというのは、この女の名前なのだろう。
 頭の片隅でそんな風に考えつつ、イオは女が……ソフィアが自分のいる場所まで近付いて来るのを、ただ見ていることしか出来なかった。

「貴方がイオね」

 その唇から出たのは、たった一言。
 しかし、その一言はイオが知っているどんな音楽よりも美しい声のように思えた。
 もちろん、実際にはそんな訳はない。
 ソフィアの美貌に目を奪われ、同時にソフィアの持つカリスマ性に心を揺さぶられ、結果としてイオはそのように認識したのだ。
 とはいえ、実際にソフィアの声は周囲に響き渡る不思議な声質を持っていた。
 本人の資質もあるのだが、傭兵団を率いて戦場で部下に指示を出すために磨かれた技能でもある。

「どうしたの?」

 その声を発している本人は、自分の圧倒的なまでの魅力……もしくは存在感に気が付いていないのか、それとも気が付いても気にしてないだけなのか。
 ともあれ、イオはそんなソフィアの声で我に返ると即座に頷く。

「あ、はい。イオは俺です」
「そう。……こうして見る限り、ギュンターが言ってたように戦闘訓練をしたことはないみたいね。普通よりは若干鍛えられているけど……その程度」

 ソフィアのような美人にじっと見られ、イオは恥ずかしくなる。
 ソフィアの美貌もそうだが、何よりも現在の自分の姿だ。
 水晶によってこの世界に転移させられたときに着ていたのは、特に何の変哲もない普通の服だ。
 そんな服を着ながら、山の中で数日逃げ回っていたのだ。
 当然ながら服は汚れるし、枝に引っ掛けたり、木に擦ったりして破けている場所も何ヶ所かある。
 川で洗うにしても、替えの服を持っていない以上は洗うことは出来ない。
 下手に服を洗って裸の状態でゴブリンに襲われたりしたら、服を持って逃げるのは難しいのだから。
 身体を洗うのも最低限で、率直に言って現在のイオは少し臭う。
 イオにとって幸いだったのは、ソフィアがそんなイオの前に立っても気にした様子がなかったからだろう。
 傭兵の最大の仕事は、当然のように戦場だ。
 今回のようにモンスターの群れであったり、あるいは隣国や隣の領地との戦争といった具合に。
 戦いになれば水浴びをするといったようなこともそう簡単には出来なくなる。
 黎明の覇者は傭兵団としては非常に裕福で、マジックアイテムの類で洗浄をすることも可能だが、それは黎明の覇者だからだ。
 他の傭兵や兵士、騎士といった者たちはそんなことは出来ず、戦場において体臭が籠もるのは珍しいことではない。
 また、ソフィアにしてみればイオは初めて会う相手である以上、その美しい顔を歪ませるといったようなことをするはずもなかった。

「そうですね。俺は魔法に特化してる存在だと言ってもいいでしょう。出来れば近接戦闘の能力も上げたいとは思っているんですけど。魔法に関しても、流星魔法以外の魔法を覚えたいと思っていますし」
「なるほど。上昇志向はそれなりにあるようね」
「……これを上昇志向と言ってもいいかどうか、微妙ですけどね」

 この場合、上昇志向というのは今よりも高い地位にいきたいと思うことだろう。
 もちろん、イオも今の状況……着の身着のままでどこの組織にも所属しておらず、何の後ろ盾がない状況よりは、街に行って相応の身分証を入手したいとは思っている。
 また、イオも男だ。
 金が出来ればその金で豪遊したいとも思う。
 そういう意味では、上昇志向があるのは間違いではないだろう。
 だが、それでも具体的な地位……この国の貴族になったり、あるいは何らかの組織のトップになったりといったような真似をしようとは思っていない。
 日本で生活してきたイオにしてみれば、そんなのは面倒だとしか思えないのだ。

「ふむ、そういうものかしら。……とはいえ、ギュンターから聞いた話によると、イオはこれからどうするのかはまだ決めてないのよね?」
「そうですね」

 これは実際にも嘘ではないので、素直に頷く。
 そんなイオに、ソフィアは強い視線を向ける。
 特に何か危害を加えるような真似はしていないのだが、ソフィアの髪と同じような金色の眼球から向けられる視線は物理的な圧力すらイオには感じられた。

「っ!?」

 そのような視線を向けられながらも、イオはその場から後ろに退くことはない。
 イオ本人も、何故ソフィアのその視線に自分が対抗出来ているのかは分からなかった。
 しかし、ここでは退けない。
 本能がそのように言ってるように思え、出来る限る強い視線をソフィアに返す。
 そのまま十秒、二十秒、三十秒……そして一分ほどが経過したところで、不意にソフィアの視線から圧力が消える。

「ふぅ……」

 もしここに誰もいなければ、恐らくイオは荒い息を吐いていただろう。
 だが、ソフィアの前でそのようなことをしようとは思わない。
 これからの自分がどうなるか。
 この世界においてどう暮らしていくのかといったことを考えた場合、ここでソフィアを相手に退いていたら、間違いなく自分にとって利益にならないと思ったためだ。

「ふぅん。ここで退かないか。なかなかいいわね」

 自分に視線を向けられ、それでも一歩も退かなかったイオに向かって少しだけ興味深そうな視線を向けるソフィア。
 そんなソフィアと違い、周囲にいた他の傭兵たちはイオに感嘆の視線を向けている者も多い。
 ソフィアと共に行動しているだけに、黎明の覇者の傭兵たちはソフィアが本気で視線に力を入れた場合、どれだけの圧力があるのかは知っている。
 ここにいる者の多くが実際にそのような視線を向けられたことがあるのだから、それも当然の話だろう。
 その結果としてソフィアに畏怖し、従うといった道を選んだ者もそれなりにいる。
 そんな中で、外見からすれば魔法使いとしてはともかく戦士としては明らかに訓練されていないようなイオが、ソフィアの視線の圧力を受けきったのだ。
 イオが魔法使いとしては強力だと理解していても、戦士としては大した腕を持っていないと侮っていた者たちにしてみれば、驚愕に値する行動だった。
 ……実際には、イオも自分のこれからに関係するだろう人物――ついでにとんでもない美人でもある――を前にしていたので、動悸を隠そうとしていたのだが。

「ねえ。貴方。イオと言ったわね?」

 先程から何度かイオと呼んでいたのだが、ソフィアはここで再びイオの名前を聞くように尋ねる。
 それは、イオという人物を本当の意味で認めたからこそなのだが……イオ本人には、そこまで分からない。

「あ、はい」
「傭兵団には興味ない?」

 ざわり、と。
 ソフィアの言葉を聞いた瞬間、周囲にいた他の傭兵たちやギュンターが驚きの表情を浮かべ、ざわめく。
 イオは知らないことだったが、黎明の覇者という傭兵団は非常に名前の知られた傭兵団だ。
 傭兵といえば金のためなら何でもする。それどころか、仕事がないときは盗賊として活動するような者もいるが、黎明の覇者はそのような有象無象の傭兵たちとは一線を画している。
 その実力はランクAという傭兵団としてのランクが示しており、それを率いるのは絶世の美貌を持ち、それだけではなく傭兵としても高い実力を持つソフィア。
 当然ながら、そのような傭兵団に入りたいと思っている者は多い。
 だが……黎明の覇者は、入りたいからといってすぐに入れる訳ではない。
 厳しい入団テストもあるし、実力がなければコネが……それこそ王族や貴族からの紹介であっても断る。
 もちろん、その辺の傭兵団がそのような真似をした場合、最悪国と敵対することになってもおかしくはないのだが……黎明の覇者の場合は、そのような真似が許されるだけの実力と実績を持つ。
 ソフィアが実は亡国の王女という噂もあり、それが関係している可能性も十分にあるが。
 そのように黎明の覇者に入団するのは簡単なことではないのに、何故かソフィアはイオを自分の傭兵団に誘った。
 ギュンターを含め、ここにいるのは黎明の覇者の中でも精鋭と呼ぶべき者たちだったし、ソフィアと付き合いの長い者も多いが、そんな中でここまであからさまにソフィアが欲した人物は数少ない。
 そんな者たちは当然のようにその時点で一流……いや、一流すら超えた実力を持つ者だったのだが、イオはとてもではないがそのような実力者には見えない。
 とはいえ、同時に一人でこれだけのゴブリンの軍勢を壊滅させるだけの魔法を使えるということは、黎明の覇者にとっても非常に大きな意味を持つのは事実。
 魔法以外はからきしで、完全に魔法に特化した存在だったが……それは黎明の覇者に所属したあとで訓練すれば最低限――あくまでも黎明の覇者の基準だが――は身につくといった考えなのだろう。

「どうかしら?」

 返事を促すソフィアに対し、イオはどう答えるべきか迷うのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。

桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監
ファンタジー
 エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。  この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。  概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。

処理中です...