才能は流星魔法

神無月 紅

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異世界へ

0030話

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 イオを教育しようとした男の一件は取りあえずこれでどうにかなると考えたイオは、これ以上あの男のことについても考えるだけだと判断して、話題を逸らす。

「そういえば、ソフィアさんはどこに行ってたんですか? こんな凄い馬車に乗って」

 ソフィアが乗っていた馬車は、ゴブリンの軍勢が全滅した場所でイオが初めて黎明の覇者と遭遇したときに乗っていた馬車とはまた違った意味で凄かった。
 最初に会ったときは黒い虎のモンスター二匹が牽いており、その馬車も戦場での運用を前提にした物だった。
 そのような馬車であってもかなり立派な馬車であるのは理解出来たものの、今こうしてイオが乗っているのはそれよりも明らかにランクが上と思われる馬車だ。
 戦場でこのような馬車を使えるのかと言われれば、イオは首を傾げるだろうが。

「ゴブリンの軍勢の件を領主に報告してきたのよ」

 ピリ、と。
 ソフィアが領主と口にしたとき、本当に一瞬だけだったが苛立ちのようなものを発したようにイオには感じられた。
 それが感じられたのは本当に一瞬だったので、イオにとっても気のせいだったのでは? と思わないでもなかったが。
 そんなソフィアの様子も気になるが、それ以上に気になることがある。
 イオが流星魔法で滅ぼしたゴブリンの軍勢の報告なのだから、そちらを気にするなという方が無理だろう。

(というか、この様子を見る限りだと何か不味いことがあったとか……そういう感じなのか?)

 ドレミナに迫っていたゴブリンの軍勢は、全て綺麗さっぱりと消えたのだ。
 この周辺を治める領主にしてみれば、それは喜ぶべきことではあっても、不満に思うことはないだろう。
 傭兵団や冒険者のようにゴブリンの軍勢と戦い、その報酬を期待していた者たちにしてみれば稼ぐ機会が綺麗になくなってしまったのだから、そういう意味では面白くないと思う者がいてもおかしくはないが。

「それはよかった……んですよね?」
「そうね。報告だけで終わればよかったわ。……ドレミナの領主は有能なのは間違いないけど、同時に極度の女好きなのよ」

 ソフィアの説明を聞けば、イオにも何故ソフィアが不満そうな様子なのかが分かった。
 絶世の美貌と男好きのする身体を持つソフィアは、当然ながらこの地の領主にしてみれば一夜を共にしたい……いや、それどころか自分の愛人や妾にしたいと思うには十分なのだろう。
 ソフィアにしてみれば、当然だがそのような態度を取られるのは面白くない。
 しかし、相手は仮にも雇い主だ。
 そうである以上、ソフィアも迂闊な態度を取る訳にはいかないのだろう。
 かといって、ソフィアに領主の愛人や妾になるつもりは全くない。
 その辺りの事情を考えると、ソフィアとしては領主に会うのも本来は避けたかったとしてもおかしくはなかった。
 それでもソフィアが黎明の覇者を率いている以上、領主に説明しない訳にはいかない。
 あるいはこれが通常の報告であれば別の人物を報告に向かわせるといったことも出来ただろう。
 しかし今回はゴブリンの軍勢が空から降ってきた彗星によって滅ばされるという、ちょっと普通ではない状況になってしまったのだから、その報告となれば黎明の覇者を率いるソフィアが報告する必要があった。

「その、お疲れ様です」

 全てを察したイオは、ソフィアに向かってそう告げる。
 もっとも、イオもソフィアが会ってきた領主の気持ちが分からないではない。
 イオは日本にいるときは十代の高校生だったのだ。
 当然のように異性には興味津々で、特にそれがソフィアのような年上の美女ともなればそのような興味を抱くなという方が無理だろう。
 ……実際、イオはソフィアと話しているとき、何度となく豊かに盛り上がっているソフィアの胸に視線を向けてしまっている。
 それが失礼なことなのは分かっているが、ソフィアほどの美人の豊かな胸ともなれば、巨乳派のイオとしてはどうしても視線をそちらに引き寄せられてしまう。
 当然のようにソフィアもそんなイオの視線には気が付いているのだが、ソフィアは自分の外見については自覚していた。
 そのような視線を向けられることには慣れており、イオの視線についても気が付いてはいたが、それを指摘するようなことはしない。
 それどころか、領主からの視線には嫌悪感すら抱いたというのに、イオの視線には不思議とそのような気持ちを抱くことはない。
 むしろちょっとした優越感すら抱いてしまう。
 そんな自分の気持ちを表情に出さないようにしながら、ソフィアはイオとの会話を続ける。

「そうね。ちょっと……いえ、かなり疲れたのは間違いないわ。けど、おかげでゴブリンの軍勢を倒したのが誰なのかというのは隠し通すことが出来たから首尾は上々ね。ゴブリンの軍勢の魔石の類も全てこちらで入手してもいいということになったし」
「あ……その、ありがとうございます」

 今までは特に気にすることもなく、イオはゴブリンの軍勢から入手した魔石や武器の類は自分の物で、それを黎明の覇者に売るという風に認識していた。
 それは実際自分で倒したということでそのように思っていたのだが、ソフィアから話を聞いた領主にしてみれば、黎明の覇者が到着した時にはそこには誰もおらず、ゴブリンの軍勢が壊滅していたという報告となる。
 イオの存在を隠しておきたいソフィアとしては、そう説明するしかない。
 あるいはイオとは全く別の外見の人物がそこにいたと説明してもよかったのかもしれないが、その場合はイオのことが知られた場合、後々不味いことになると判断したのだろう。
 ソフィアはイオを黎明の覇者に引き込むつもりだったし、そうなれば当然のように黎明の覇者に所属したイオが流星魔法を使うことになり、ドレミナの領主がそれを知ればゴブリンの軍勢との一件と絡めて考えてもおかしくはない。
 ドレミナの領主は女好きではあるが、ソフィアが認めるくらいには有能な人物であるのも間違いないのだから。

(そう考えると、ソフィアさんはよくゴブリンの軍勢から得た諸々の所有権を貰えたな)

 その辺りがソフィアの交渉能力の高さを示しているのだろう。
 領主が女好きであるというのも関係しているのかもしれないが。

(いや、それはないか? ソフィアさんが有能だと評価するくらいなんだから)

 ソフィアの色香に惑って判断を下す。
 そのような真似をする相手に、ソフィアが有能であると評価するとはイオには思えなかった。
 つまり、色仕掛けといったようなものはなく、普通に交渉してそのような結果をもぎ取ってきたということだろう。
 一介の高校生でしかなかったイオにしてみれば、一体どのような交渉をすればそのような結果を得られるのか全く分からなかったが。

「今回の件で領主も結構な金額を使ってると思うんですけど」

 実際にゴブリンの軍勢と戦わなかったとはいえ、それでも傭兵や冒険者を多数雇ったのだ。
 そうなれば多少なりとも報酬は必要となる。
 ゴブリンの軍勢を倒した場合なら、その魔石や素材を入手した者たちがドレミナでそれを売り、結果としてそれが税金としてドレミナの領主に入ってもくることもあるだろう。
 しかし黎明の覇者のような規模が大きくランクの高い傭兵団ともなれば、魔石や素材は自分たちで使ったり、あるいはドレミナではなくもっと別の場所で高額で購入してくれる相手に売ったりといったような真似をしてもおかしくはない。
 そうなると、当然のようにドレミナで入手出来る税金は少なくなる。
 この辺はやはり黎明の覇者とそれ以外……ランクの低い傭兵団や冒険者たちとでは色々と違ってくるのだろう。
 今の状況では傭兵や冒険者たちに支払う分だけで、完全にドレミナ側の持ち出しだけとなる。
 そういう意味では今回のゴブリンの一件は領主にとって損失の方が多いことを意味していた。
 単純に金銭的な問題でははなく、ゴブリンの軍勢が来るからということで周辺の村や街からドレミナに避難してきている者も多い。
 その辺も村や街にとっては決して小さくない損失だろう。
 今回の一件でドレミナが受けた被害は、かなりのものになる。
 しかし、イオの言葉を聞いてたソフィアは笑みを浮かべて首を横に振った。

「ドレミナにしてみれば、今回の金銭的な損失が大きかったのは間違いないでしょうね。けど、ドレミナはそれなりに豊かな街よ。それだけ税収も大きいし、いざというときに使える予備費もそれなりにあるはず。それに……」

 そこで一旦言葉を切ったソフィアは、馬車の窓から外を見る。
 既に夕暮れになっているが、避難してきた者たちも多いのか、人が減っているようには思えない。
 むしろこれから街中で酒を飲んでゴブリンの軍勢の不安を忘れようとしている者も多いのか、人の数が増えているようにすら思えた。
 その光景は、ソフィアの言ってるようにドレミナが豊かな街であると示していたのだろう。
 イオにとってはドレミナがこの世界で初めてやって来た街なので、ここが豊かなのだと言われても、そういうことなのかと納得することしか出来なかったが。

「もしゴブリンの軍勢と正面から戦うことになっていたら、間違いなく今回以上の支出があったわ。それを考えれば、今回の一件はこれが最善だったのは間違いないでしょうね。……もちろん、本当の意味で最善だったのはゴブリンの軍勢が誕生しないことでしょうけど」
「それは……まぁ、そうですよね」

 ゴブリンの軍勢がいなければ、そもそもドレミナの領主が傭兵や冒険者を雇ったりといったような真似をすることはなかった。
 そうすれば雇う際に必要な前金の類もいらないのだから。

「それにゴブリンの軍勢を被害らしい被害も出さないままで全滅させたというのは、領主にとって大きな名声になるはずよ」
「え? それ……いいんですか?」

 ソフィアの口から出たのは、イオにとっても完全に予想外の言葉。
 言ってる内容は間違いない。間違いないものの、実際にゴブリンの軍勢を倒したのはイオなのだ。
 それをさも自分の手腕で行ったかのように言うのは、ありなのか?
 そう疑問に思うのは当然の話だった。
 ソフィアはそんなイオに向かい、笑みを浮かべて口を開く。

「覚えておきなさい。貴族というのはそのくらいのことは平気でやるのだから。それに……必ずしも嘘を言ってる訳ではないでしょう?」

 そう言われれば、イオとしても納得するしかなかった。
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