才能は流星魔法

神無月 紅

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異世界へ

0035話

 ざわり、と。
 イオとローザが食堂に入ってきたのを見た多くの者たちがその光景を見てざわめく。
 ドレミナの中でも最高級の宿として知られているだけに、英雄の宴亭の食堂は食堂というよりもレストランという表現が相応しい。
 それどころか、下手なレストランよりも高級店といった様子だった。
 普段は貴族や成功した商人が使うような宿なので、それも当然のことだろう。
 しかし現在英雄の宴亭を借り切っているのは、黎明の覇者だ。
 ランクA傭兵団という非常にランクの高い傭兵団ではあるし、規律もその辺の軍隊よりも厳しく、たとえば傭兵として参加した戦いで略奪のような真似は決して許されないことで知られているが、それでも結局のところ傭兵団だ。
 ましてや比較的若い者たちが多く揃っているということもあり、現在の英雄の宴亭の食堂はその辺の酒場とそう変わらない……普段この宿を使っている者が見れば、目を大きく見開くような状況になっていた。
 そんな中で不意に姿を現したイオとローザを見て、多くの者が驚きで静まりかえったのだ。
 ローザは黎明の覇者の中でも高い実力を持っている幹部の一人で、その美貌から人気も高い。
 そんなローザがイオと腕を組んで食堂に姿を現したのだから、驚くなという方が無理だろう。
 あるいはこれでローザと一緒にやって来た男が顔立ちの整った美男子、あるいは誰もが知っている実力者であれば、また話は違ったかもしれない。
 だが、ローザと腕を組んでいるイオはそこまで顔立ちが整っている訳でもない――どんなに贔屓目に見ても中の上といったところか――し、そこまで強そうにも思えない。
 服装も山にいたときのままなので、決して高級な品質という訳ではない。
 それどころか、山の中で暮らしていたのでそれなりに汚れてすらいる。
 だからこそ、そんな人物が何故ローザと腕を組んでいるのかといった疑問と何よりも嫉妬の視線を集めるのは当然だろう。
 そんな中で精鋭として隕石が落ちたゴブリンの軍勢の様子を見に行った少数の者たちだけは、イオが高い実力を持っているのを知っているので納得した様子を見せていたが。
 イオの実力を知ってる者にしてみれば、色仕掛けを使ってでもイオを黎明の覇者に引き込もうとしていると考えているのだろう。

「お……おい……俺、夢でも見てるのか?」

 傭兵の一人が自分の見ているものは信じられないといった様子で呟く。
 黎明の覇者に所属している以上、この男も平均以上の実力を持っている。
 そんな傭兵ではあっても、イオとローザの様子を見て驚いてしまうのは当然のことだった。
 他にも何人かが、自分の見ている光景は一体何だ? と信じられないような視線をイオとローザに向けていたものの、ローザは全く気にした様子がない。
 その視線を向けられているイオは落ち着かなかったが。
 今この状況で他の傭兵たちが一体どのような視線を自分に向けているのか。
 それを気にしつつ、それ以上に自分の肘に触れているローザの柔らかくも圧倒的な存在感を持つ双丘に気を取られていた。
 必死に現在の鼻の下を伸ばした表情を浮かべないようにしつつ、空いている席に座る。
 その際にはローザの身体がイオから離れ、非常に残念な思いがしたが。

「それで、イオは何を食べるの?」
「何をと言われても……」

 席に座ったローザに尋ねられたイオは、戸惑った様子を見せる。
 このような高級な宿に泊まったことがない……以前に、ここは日本ではなく剣と魔法のファンタジー世界だ。
 屋台では売ってる料理を見てから注文することが出来たので問題はなかったが、このような高級な宿の食堂……それこそ高級レストランとでも言うべき場所であれば話は変わってくる。
 日本でもこのような高級なレストランに入ったことがないイオは、一体何を注文すればいいのか全く分からない。

「えっと、そのそうですね。適当にお勧めの料理でお願いします」

 結局イオの口から出たのは、そんな言葉だった。
 とはいえ、それは決して間違っていない。
 どのような料理があるのか分からない以上、食堂でお勧めする料理が無難なのは間違いないのだから。
 イオがもっとこの世界について詳しく、その上でドレミナで食べられている色々な料理について詳しければ、もう少し違う注文が出来たかもしれないが。

(まさか、こういう場所で串焼きを頼んだりとかは出来ないだろうし。……いや、いいみたいだな)

 それとなく周囲の様子を確認すると、何人かの傭兵は串焼きを食べている。
 英雄の宴亭に普段泊まっているような客なら、注文することはないだろう。
 しかし現在英雄の宴亭は黎明の覇者によって貸し切りなのだ。
 であれば、傭兵が好むような料理を出すのも厨房で働く料理人たちの仕事だった。
 当然ながら、料理人たちが出す串焼きはその辺の屋台で売ってるような串焼きではなく、英雄の宴亭の厨房で働く料理人たちがしっかりと自分の技量を活かした特別な串焼きとなる。

「どうしたの?」

 店員に注文をしたローザが、あからさまに安堵した様子のイオを見て不思議そうに尋ねる。
 何故いきなりイオがそんな様子なのか、ローザには理解出来なかったのだろう。

「いえ、英雄の宴亭は高級宿だという話を聞いてましたから、食堂で出される料理も高級な料理なのかと思っていたんですけど、周囲の様子を見たらそうでもないと分かったので」
「え? ああ、そうね。傭兵団には色々な人が集まるわ。中には……というか、堅苦しいことが苦手な人は多いのよ。私も堅苦しいのは好きじゃないしね」
「そうなんですか?」

 イオから見れば、ローザは貴族であると言われても納得してしまいそうな雰囲気を持っている。
 理知的な美貌もそれに関係してるのだろう。
 だからこそ、そんなローザが堅苦しいのは好きではないと言えば、イオが驚くには十分だった。

「そうよ。昔は……色々とあったけど、今の私は黎明の覇者の一員だもの。傭兵に堅苦しい場は似合わないでしょう?」

 そう言われれば、イオも否とは言えない。
 実際に傭兵と言われれば、基本的には堅苦しい場は苦手というイメージがイオの中にはあったのも大きいだろう。

(とはいえ、昔か。ソフィアさんもそうだけど、ローザさんにも過去に何かあったらしいな。それを聞ける雰囲気じゃないけど)

 ソフィアからはイオが秘密を言えば自分の過去を教えると言われている。
 しかし、それはあくまでもソフィアに対してであって、ローザではない。

(俺の秘密って言ってもな。まさか異世界で死にそうになってこの世界にやって来たんですといったようなことを言っても、到底信じて貰えそうにないよな。それに異世界の知識には危険なのもあるし。……もっとも、危険なのは知っていてもそれを俺が説明出来る訳はないけど)

 たとえば、銃だ。
 それがあればもの凄い戦力になると同時に、戦争での死人も圧倒的に増える。
 しかし、イオは銃というのを知っていても具体的にそれがどういう作りになっているのかは全く分からない。
 どのような物なのかを説明することが出来ても、実際に作るとなると無理があるだろう。
 ……ただ、そういう武器があるという概念を説明することは出来るし、それを聞いた鍛冶師によっては似たような物が作られる可能性は否定出来なかったが。

「取りあえず私の過去についてはいいとして。……イオは明日からどうするの?」
「え? 明日ですか? そうですね。正直なところ、全く考えていなかったんですけど。ギルドは一応見てきましたけど……」

 そこまで言って言葉を濁すイオ。
 ギルドはイオにとっても目的の場所の一つではあった。
 あったのだが、実際にそこに行ってみたところで起きたのはウルフィに対して口を滑らせてしまったということや、ウルフィの信奉者による襲撃だった。
 イオにしてみれば、ギルドは面倒な場所というイメージになってしまっていてる。
 実際にはそういう訳ではなく、イオのミスから来ているものなのだが。

(そう言えばソフィアさんはウルフィさんに口止めするって言ってたけど、どうなったんだろうな)

 ウルフィに対して、イオは自分が流星魔法でゴブリンの軍勢を倒したと言ってしまった。
 久しぶりに食べる料理に夢中になっていたとはいえ、それは完全にイオのミスだ。
 その件についてはしっかりとソフィアに話しておいたし、ソフィアはウルフィにその辺を喋らないように口止めをしておくと言っていた。
 具体的にどのような口止めをするのは、イオにも分からない。
 ただ、ソフィアの様子を見た限りでは力でどうにかするといったようには思えなかった。

(いや、今はそれよりも明日か)

 ローザの質問に、明日はどうしたらいいのかと本気で考える。
 現在の状況で一体何をどうすればいいのか。
 いっそイオが流星魔法で降らせた隕石を確保して商人か鍛冶師に売るという手段も考えたのだが、それは黎明の覇者の持つマジックバッグでも不可能だと言われてしまっている。
 馬車には当然のように積み込むことが出来ない以上、隕石については諦めるしかない。

「明日……うーん、正直何をすればいいのか分かりませんね」
「そう? なら、一度黎明の覇者の訓練でも覗いてみたら? レックスだったかしら? イオが連れてきたんでしょ?」
「知ってたんですか?」

 レックスの件はギュンターに任せていたので、もしかしたら知られているかもしれないとは思っていたものの、まさ本当に知られているとは思わなかったと驚くイオ。
 だが、そんなイオにローザは呆れたように言う。

「当然でしょう。私は補給を担当しているのよ? 新しい傭兵が入ったら、その報告は真っ先に入るわ。それこそ、下手をすればソフィアよりも先にね」
「それは、また……」

 自信満々に言うローザの言葉には、イオも自然と納得してしまう。
 軍隊――黎明の覇者は傭兵団だが――にとって補給が大事であるのは、イオもまた当然のように知ってたからだ。
 とはいえ、それを知った理由は勉強とかではなく、漫画を読んでのものだったが。

「レックスの件は安心しなさい。こっちで手を打っておいたから、黒き蛇の方でも問題なく話をつけることが出来たわ」
「でしょうね」

 雑用くらいしか出来ることはないレックスは、ストレス解消で殴られる役目しかない。
 そのような人材を守るために、黒き蛇が黎明の覇者と敵対する可能性があるとは、イオには思えなかった。
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