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プロローグ

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 自分の使命に疑問を持ったことなどありませんでした。

 中官聖女として力を尽くして、この五年。小官時代も合わせれば、十年間、わたしは聖女として懸命に努めてまいりました。
 教会から与えられる任務を漏れなくこなし。開いた時間も、求められる声に切実に応えていきました。

 睡眠などは基本、馬車。転移魔法なんかは、魔物に魔力感知され逃げられる恐れがあるので、あまり使いません。馬車で移動中だって、救いを求める者がいれば、手を差し伸べます。

 わたしには優先順位など、殆ど意味はないのです。捨て置く声などありはしないのです。

 高官聖女大聖女であった母のよう、魔という魔を祓い、人々を救うことこそ使命なのですから。


 いつもより幾分厳かな馬車に揺られ、着いたのはガルディア王国――王城門前。ピシリと決まった軍服の方に通していただきます。

 臙脂えんじの絨毯を纏う長い廊下を突き進み、つづら折りの階段を随分登った先の豪奢な扉。その先に救うべき御方がいるというのです。

 この度の対象はエルム・ガルディア様。
 当国の王太子に座す御方であり、膨大な魔力と共に勉学から剣術から絵画まで、多彩な才能を持ち主とお噂の方です。

 しかし、言及すべきはさにあらず。
 エルム・ガルディア様の最大の魅力とは、目も眩む美貌と、数多の魅力に負けぬ空より深く広い御心だといいます。

 素晴らしいことです。
 エルム・ガルディア様は、道端に無遠慮に咲いた雑草でも踏まぬというのです。
 馬車より杖のついたご老人を見掛ければ、自らの横へと導くというのです。

 それは、迷える子羊を導き救う聖女たるわたしより、ずっとずっと素晴らしい行いではないのでしょうか。

 聖女と言わず神父や聖騎士などの聖職者では、そのような行動はやって当たり前なのですから。

 そう、わたしたちにとって「魔を退け人を救う」という行為は、聖という属性を持って生まれて道を決めた時より、守るべきと定められた使命なのですから。
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