一人夜行 ~お人好しぬらりひょんの妖魔奇譚~

稲葉りん

文字の大きさ
13 / 14
第三話 忘れられた優しさ

(三)

しおりを挟む
それでも二人でただっぴろい日本庭園を見て回り、池の鯉に餌をあげて、黒服の男たちを交えてボール遊びをしている頃には、その疑念はなくなっていた。

「お姉ちゃん次は一緒にこれして遊ぼ!」

そう言うと竜次はリュックサックの中から二つ折りの携帯ゲーム機を取り出して荊木に見せた。

「いいですよー。でもこれ一体何ですか?」

「えっお姉ちゃん知らないの!?」

「あはは、すみません。私あまり外のことは知らないのですよ。“けーたい”っていうものによく似ている気がしますね。」

「そっかぁ、じゃあ僕が先にするから見てて!」

縁側に二人で並んで座り、竜次は得意げにゲームをプレイしているところを荊木に見せた。

「ほら、簡単でしょ?はい、次お姉ちゃんの番ね。」

「あっ、はい。すごいですね、これこのように折りたたむことができるなんて、これってどこまで……」

バキッ

折りたたみ型のゲーム機がどこまで開くのかを確かめた結果、機械としては致命的な音を立てた後、光のともらない二枚の板が荊木の手の中に残った。少し離れたところで様子を見守っていた黒服の男たちの顔が青ざめる。

「えっ、これ、もしかして私……」

澪は今までに感じたことがないような恐怖とともに横に座る少年の顔を除いた。少年は目の前で見事真っ二つに壊されたお気に入りのゲーム機を見て、いまにも涙が目からこぼれ落ちそうになっていた。

「たっ、大変申し訳ございません、どんな償いでもいたします!」

竜次は必死に涙をこらえて鼻水をすすり、しゃくりを我慢した。

「おい!今すぐこれと同じものを買ってこい!」

澪が言い終える直前には様子を見ていた黒服の一人が走り始めていた。しかし、竜次はややもすれば裏返ってしまいそうな声で小さく言った。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ぼく、誕生日近いから、また新しいの、買ってもらうから、大丈夫だよ。」

「しかし……」

自分が今しがたやってしまったことへの後悔で体を震わせながら、澪は何かを言おうとして、何も言えないことに気が付いた。やっと呼吸の落ち着いた竜次は目を真っ赤にしながら、それでも必死に繕ったぎこちない笑顔で言った。

「かわりにまた一緒に遊んで、今日とっても楽しかったから。」

「もちろんです!私でよければいつでもお相手させていただきます!」

荊木がそう言うと、今度は心からの笑顔で竜次は嬉しそうに笑った。

それから竜次は、家が近いこともあって酒呑童子の屋敷を一人で訪ねるようになり、ほとんど毎日のように来ては荊木と一緒に、時には酒呑童子や黒服の男たちも交えて遊ぶようになった。

「お姉ちゃん、今日は一緒に公園行こう!ぼくのお友達と一緒に遊ぼうよ!」

ある日、竜次は荊木に会うとすぐにそう言った。快諾した荊木を連れて、二人は近所の公園まで一緒に行った。道中、竜次はその友達たちのことを語った。屋敷にくる以前よく遊んでいたこと、いつも追いかけっこやかくれんぼをして遊ぶこと、公園に入ってきた野良犬から逃げ回ったことなど、荊木は優しく耳を傾けた。

公園に着くと、そこには数人の子供たちがすでに遊んでいた。

「あのオレンジの服がリカちゃん、あのしましまの服がゴローくんで、二つ結びの女の子がサヤカちゃんで……、覚えた?」

竜次はそこにいる全員の名前を言い終えると、荊木に尋ねた。

「あはは、どうでしょう……ちょっと多かったかもしれないです。」

「大丈夫一緒に遊んだらすぐに覚えるよ!いこう!」

荊木の手を引いて竜次は子供たちの輪の中に入っていった。

「そのお姉さんだれー?」

「お姉さん背高ーい、モデルさんみたい!」

「髪の毛きれーい!すごーい!」

子供たちがおのおの荊木のことを褒め、荊木が戸惑っている横で、竜次はまるで自分が褒められているかのように満足げな顔をしていた。

「お姉さんも一緒に遊ぼう!おにごっこ!お姉さんが鬼やって!」

「私がですか!?あはは、いいですよー。みんな逃げてくださーい。」

子供たちは歓声をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「まさか本当の鬼に追いかけられるとは、その子たちも思わなかったでしょうね。」

◇ ◆ ◇

八雲が皮肉を言った。

「おい茶化すな。若との大切な思い出だぞ。」

澪はそう言いながらも思い出を懐かしむように目を細めた。その目に哀愁を感じ取った理由を八雲はそのとき分からなかった。

「八雲、お前にとって死の定義とはなんだ?」

澪がだしぬけにそう尋ねた。

「なによいきなり。」

「いいから答えろ。私にも少しくらい質問する権利はあるはずだ。」

「死って……、心臓が止まったらとか、脳が動かなくなったらとか、そういうもんでしょ。」

言い終わってから八雲は考えた。そうだとすれば目の前にいる澪は果たして生きているのか、死んでいるのか、それともハナから生きていないのか。

「そうだな。確かに多くの人間はそう思っているだろう。死の定義などいくらでもある。脳は止まっても心臓は生きている、首を切られても声に反応する、体は動かなくなっても神経は、細胞は、遺伝子は生き続けている。一つの定義に反対意見を挙げればきりがないだろう。そしてその反対意見をすべて包括できるような定義など、もはや意味がなくなっている。」

「何が言いたいの?人間の死の定義なんて妖魔からすれば、取るに足らないつまらないことでしょ?」

「……そうだな。だが中には興味深いものもある。もっと概念的なものだ。誰かのために、何かのために生き、それがなくなったら死に等しいという考え。平和ボケした現代の人間でも全く理解できなくはないだろう?」

目の前の鬼はそういう人間を果たしてどれくらい見て来たのだろうと八雲は思った。歴史の教科書に載っているような戦、そうではない戦の中で、何千何万の兵たちがそのように考え、そして死んでいったのだろうかと考えた。

「……あと一つ、あげるとするならば、これは人間と私のようなものが共通して理解しうる定義だが。その存在を、その者が行ったことを、その名前を、忘れられてしまったときというのがあるな。」

八雲はやっと澪がなぜこの話をし始めたのかを理解した。

「そのときやっと気づいたのだ。公園にいる誰一人として、若の名前を呼ばないことを。」

思い出話の中で語られる竜次の、生まれながらにして持つ特性。そこにいても不思議に思われず、しかしそれが誰であるのか知るものはいない。

「……だから若は私が名前を呼んだとき、あんなにうれしそうな顔をしたのだ。目の前で大切なものを壊されても、怒らず、泣かず、代わりにまた一緒に遊ぶことを願ったのだ。公園の友達、若はすべての子の名前を憶えているのに、誰も若のことは覚えていない。想像できるか?そんな苦しみを。」

澪はそう言って両腕をさすった。伝説の鬼でさえ寒気がするほどの恐怖。忘れられる恐怖を竜次は物心ついた時から毎日のように経験していた。当時の本人にその自覚があったかは定かでなくとも、澪から名前を呼ばれたときの光がともるような少年の表情を八雲は容易に想像できた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...