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第三話 忘れられた優しさ
(四)
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◇ ◇ ◆
「……あの、竜次様、今日は屋敷に戻りましょう。親方様たちと一緒に遊びませんか?」
ぬらりひょんの特性について悟った荊木は、その悲しさに耐え切れずそう切り出した。しかし目の前に竜次はおらず、気が付けば陽が傾きかけていて、自分がずいぶんと長いこと物思いに入り込んでしまっていたことに気が付いた。あたりを見渡すと、公園の反対側の隅に子供たちが身を寄せ合っていて、そのなかに竜次の姿があった。荊木は声をかけようとしたとき、ようやくその異変に気が付いた。
竜次を先頭とした子供たちの集団の前には今にも襲い掛かろうとしていきり立つ白い野良犬の姿があった。そして次の瞬間、子供たちの内の一人の女の子が逃げ出そうと走り出したとき、犬はその女の子に向かって襲いかかった。とっさに竜次が女の子を守ろうと身を投げ出す。
荊木は地面が割れるほどの力で踏み込んで、公園の端から飛んだ。しかし荊木がそこにたどり着くわずか手前で、犬は行く手をふさごうとした竜次の左腕にかぶりついた。牙が肌に食い込む焼けるような痛みが竜次を襲う。
目の前の光景に殺意で頭が真っ赤になった荊木が、右手を振り上げたとき、竜次がもう片方の手を犬の腹のあたりに近づけた。
荊木の鬼の目は確かに竜次の右手の平の触れる空気が音を立てながら揺れるのをとらえた。そして次の瞬間、目にも止まらない速さの荊木の手刀が犬の首を刈り取るより前に、その空気の揺らぎが爆発した。
猛スピードで飛んできた荊木の身体を止めるほどの爆風が広がり、犬は一瞬で視界から吹き飛んだ。
竜次の目の前で着地した荊木は愕然としてそこに立ちすくんだ。それは竜次の能力に驚いたからでも、竜次にけがを負わせてしまった自分の至らなさにあきれたわけでもなく、あの状況で竜次がほかの子供たちをかばって、おそらくは最小限の力で、彼らに爆風がいかないように気を配ったことに対してだった。
現に子供たちは大きな音と衝撃に驚き、みんな一様にポカンと口を開けてはいるが、誰一人として、怪我はしていなかった。
「竜次様、大丈夫ですか!?申し訳ございません、いま止血をしますので!」
「うぅ~、こんなに痛いの初めて。」
荊木が持っていたハンカチで血を抑えている間、それでも竜次は泣いていなかった。腕から血を流しながらも、竜次にとっては友達を守ることができたことの方がうれしくてたまらなかったのだった。
「ごめんなさい、私がぼーっとしていたばっかりに。」
「謝らないで、お姉ちゃん。ぼくお友達守ったんだよ、すごいでしょ?」
「はい!とても格好良かったです!」
竜次は得意げに笑った。
「きゃー!」
そのとき女の子の悲鳴が二人の耳をつんざいた。さっき竜次が助けた女の子が公園の塀を見て指をさしていた。そこにはさっきの犬が体を半分めり込ませながら息絶えていた。
子供たちは悲鳴をあげながら犬のところに集まる。
「うわー死んでる。」
「やっばグッロ。」
「誰?こんなことしたの?」
その言葉を聞いて竜次の肩がぶるっと震えた。
「遊びたがってただけかもしれないのにね。」
「明日先生に言いに行こうよ!」
「俺たちで犯人見つけない?」
めいめいに言葉を発するなか、その中の一人が不意に振り向いて、竜次と荊木の方を見た。
「うわっ、めっちゃ血ぃ出てる!どうしたの?」
竜次はうつむいて、肩を震わせていた。
「大丈夫?誰にやられたの?」
「……ぼくっ、み、みんなを守りたかっただけだもん。」
やっと聞こえるくらいの声を竜次は絞り出すようにつぶやいた。たまりたまった涙が大粒のしずくになって地面に落ちていく。
「大丈夫だよ、泣かないで!今からみんなで犯人探しにいくから!待ってて!」
そう言って子供たちはみんないなくなってしまった。置いて行かれた竜次は一人涙をこぼし続ける。
「ぼくは、みんなのことちゃんと覚えてるのに、名前も、好きなゲームも……、みんなは……、みんなは……、」
そこで竜次はついに声をあげて泣き始めた。荊木はたまらず竜次を抱きしめた。
「竜次様、私と一緒にたくさん、いろんなことをして遊びましょう。おにごっこでもかくれんぼでも、“げーむ”もしましょう。親方様も使いの者共も一緒に遊んでくれるはずです。私たちは竜次様のことを絶対に忘れませんから。」
「……ほんどに?」
「もちろん本当ですとも、鬼に二言はありません!」
「……わがっだ。」
「あと、私のことは“澪”とお呼びください。遠く遠く昔、私がまだ人間だったころの名です。竜次様が望む限り、私はいつまでもあなたのそばにお仕えいたします。」
「みお……わかった、ずっと一緒にいてね、澪ちゃん。」
◇ ◇ ◆
廊下から少し足早に近づいてくる足音が聞こえたのち、第三図書室の扉が開かれた。
「わるい、思ったよりも片付けに時間食っちまった。」
「若!お待ちしておりました。だから私もお手伝いするとあれほど言ったのですよ。」
「お前には動物の世話は向かないだろ。それより遅れたお詫び買ってきたぞ。」
「はわぁ、いいのですか!ありがとうございます!」
竜次の合流ですぐにいつも通りに戻った澪の顔を見て、八雲は気が抜けるようなため息をついた。ついさっきまで死がどうこう言っていた空気など、どこ吹く風に飛ばされてしまったのやら、目の前で竜次からもらったイチゴみるくの紙パックに頬ずりしている少女からは思い起こすことができなかった。
「ほら、八雲にも。」
そう言って竜次はもう一本イチゴみるくを取り出して、八雲にパスをした。
(まさか若が人間とこのように会話できる日がくるなど、あの時は思ってもみなかった。)
澪はもらったパックに早速ストローを通して飲み始めながら、公園で泣いていた時の姿と、いまの成長した竜次の姿を重ねて、感慨に浸った。
(もしかすると、いつか若が私を必要としなくなるようなと……)
「今日はバナナオーレの気分なんだけど。」
「貴様!若から施しを受けておきながらなんて態度だ!表に出ろ!」
来て早々、あまりにもいつも通りの展開に竜次は声を出して笑った。
「……あの、竜次様、今日は屋敷に戻りましょう。親方様たちと一緒に遊びませんか?」
ぬらりひょんの特性について悟った荊木は、その悲しさに耐え切れずそう切り出した。しかし目の前に竜次はおらず、気が付けば陽が傾きかけていて、自分がずいぶんと長いこと物思いに入り込んでしまっていたことに気が付いた。あたりを見渡すと、公園の反対側の隅に子供たちが身を寄せ合っていて、そのなかに竜次の姿があった。荊木は声をかけようとしたとき、ようやくその異変に気が付いた。
竜次を先頭とした子供たちの集団の前には今にも襲い掛かろうとしていきり立つ白い野良犬の姿があった。そして次の瞬間、子供たちの内の一人の女の子が逃げ出そうと走り出したとき、犬はその女の子に向かって襲いかかった。とっさに竜次が女の子を守ろうと身を投げ出す。
荊木は地面が割れるほどの力で踏み込んで、公園の端から飛んだ。しかし荊木がそこにたどり着くわずか手前で、犬は行く手をふさごうとした竜次の左腕にかぶりついた。牙が肌に食い込む焼けるような痛みが竜次を襲う。
目の前の光景に殺意で頭が真っ赤になった荊木が、右手を振り上げたとき、竜次がもう片方の手を犬の腹のあたりに近づけた。
荊木の鬼の目は確かに竜次の右手の平の触れる空気が音を立てながら揺れるのをとらえた。そして次の瞬間、目にも止まらない速さの荊木の手刀が犬の首を刈り取るより前に、その空気の揺らぎが爆発した。
猛スピードで飛んできた荊木の身体を止めるほどの爆風が広がり、犬は一瞬で視界から吹き飛んだ。
竜次の目の前で着地した荊木は愕然としてそこに立ちすくんだ。それは竜次の能力に驚いたからでも、竜次にけがを負わせてしまった自分の至らなさにあきれたわけでもなく、あの状況で竜次がほかの子供たちをかばって、おそらくは最小限の力で、彼らに爆風がいかないように気を配ったことに対してだった。
現に子供たちは大きな音と衝撃に驚き、みんな一様にポカンと口を開けてはいるが、誰一人として、怪我はしていなかった。
「竜次様、大丈夫ですか!?申し訳ございません、いま止血をしますので!」
「うぅ~、こんなに痛いの初めて。」
荊木が持っていたハンカチで血を抑えている間、それでも竜次は泣いていなかった。腕から血を流しながらも、竜次にとっては友達を守ることができたことの方がうれしくてたまらなかったのだった。
「ごめんなさい、私がぼーっとしていたばっかりに。」
「謝らないで、お姉ちゃん。ぼくお友達守ったんだよ、すごいでしょ?」
「はい!とても格好良かったです!」
竜次は得意げに笑った。
「きゃー!」
そのとき女の子の悲鳴が二人の耳をつんざいた。さっき竜次が助けた女の子が公園の塀を見て指をさしていた。そこにはさっきの犬が体を半分めり込ませながら息絶えていた。
子供たちは悲鳴をあげながら犬のところに集まる。
「うわー死んでる。」
「やっばグッロ。」
「誰?こんなことしたの?」
その言葉を聞いて竜次の肩がぶるっと震えた。
「遊びたがってただけかもしれないのにね。」
「明日先生に言いに行こうよ!」
「俺たちで犯人見つけない?」
めいめいに言葉を発するなか、その中の一人が不意に振り向いて、竜次と荊木の方を見た。
「うわっ、めっちゃ血ぃ出てる!どうしたの?」
竜次はうつむいて、肩を震わせていた。
「大丈夫?誰にやられたの?」
「……ぼくっ、み、みんなを守りたかっただけだもん。」
やっと聞こえるくらいの声を竜次は絞り出すようにつぶやいた。たまりたまった涙が大粒のしずくになって地面に落ちていく。
「大丈夫だよ、泣かないで!今からみんなで犯人探しにいくから!待ってて!」
そう言って子供たちはみんないなくなってしまった。置いて行かれた竜次は一人涙をこぼし続ける。
「ぼくは、みんなのことちゃんと覚えてるのに、名前も、好きなゲームも……、みんなは……、みんなは……、」
そこで竜次はついに声をあげて泣き始めた。荊木はたまらず竜次を抱きしめた。
「竜次様、私と一緒にたくさん、いろんなことをして遊びましょう。おにごっこでもかくれんぼでも、“げーむ”もしましょう。親方様も使いの者共も一緒に遊んでくれるはずです。私たちは竜次様のことを絶対に忘れませんから。」
「……ほんどに?」
「もちろん本当ですとも、鬼に二言はありません!」
「……わがっだ。」
「あと、私のことは“澪”とお呼びください。遠く遠く昔、私がまだ人間だったころの名です。竜次様が望む限り、私はいつまでもあなたのそばにお仕えいたします。」
「みお……わかった、ずっと一緒にいてね、澪ちゃん。」
◇ ◇ ◆
廊下から少し足早に近づいてくる足音が聞こえたのち、第三図書室の扉が開かれた。
「わるい、思ったよりも片付けに時間食っちまった。」
「若!お待ちしておりました。だから私もお手伝いするとあれほど言ったのですよ。」
「お前には動物の世話は向かないだろ。それより遅れたお詫び買ってきたぞ。」
「はわぁ、いいのですか!ありがとうございます!」
竜次の合流ですぐにいつも通りに戻った澪の顔を見て、八雲は気が抜けるようなため息をついた。ついさっきまで死がどうこう言っていた空気など、どこ吹く風に飛ばされてしまったのやら、目の前で竜次からもらったイチゴみるくの紙パックに頬ずりしている少女からは思い起こすことができなかった。
「ほら、八雲にも。」
そう言って竜次はもう一本イチゴみるくを取り出して、八雲にパスをした。
(まさか若が人間とこのように会話できる日がくるなど、あの時は思ってもみなかった。)
澪はもらったパックに早速ストローを通して飲み始めながら、公園で泣いていた時の姿と、いまの成長した竜次の姿を重ねて、感慨に浸った。
(もしかすると、いつか若が私を必要としなくなるようなと……)
「今日はバナナオーレの気分なんだけど。」
「貴様!若から施しを受けておきながらなんて態度だ!表に出ろ!」
来て早々、あまりにもいつも通りの展開に竜次は声を出して笑った。
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