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4章 赤い月が昇る

44. 夕焼け、きらきらと

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「明日の『赤月祭』は街を回られるのですか? よかったら私もお供致しますが」

 <月の光亭>までラウルに送ってもらい、別れる際にラウルはシャーロットに尋ねた。

「いえ、大丈夫です。……明日は、約束があるので」
「……そうですか」

 何かを察したらしいラウルが柔らかく笑う。
 なぜだかちょっと気まずい気持ちになったシャーロットは、慌てたように「では今日は有難うございました」と言って宿に入ろうとした。
 その時だった。
 
「すみませんすみません! シャーロットさん! 少々お待ち下さい!」

 少し離れたところから呼びかけられてシャーロットは足を止め振り返った。
 慌ただしく走ってくるのは、暫くぶりのロバートだった。
 
「ど、どうしたんですか?」

 シャーロットの前までたどり着き、はあはあと息を整えているロバートに尋ねる。
 
「ランドルフ団長から……これを持っていくよう命じられてですね……」

 そう言ってロバートは懐から仮面を取り出した。
 流麗な細工が施されたそれは、青みを帯びた銀色に輝いている。
 一目で高価な品だと分かった。
 
「明日の仮装に良かったら使ってくれ……とのことです……」
「ええと……有難うございます……」

 何故こんなものをランドルフがくれるのかはよくわからないが、とりあえずお礼を言って受け取る。
 そういえば自分もロバートに用があった気がする。
 少し逡巡して、思い出したシャーロットは鞄に入ったままになっていた欠片を取り出した。
 薄く青く輝く宝石のようなそれは、以前ロバートと魔物討伐に行った際に倒れた彼の側で拾ったものだった。
 
「これ、以前拾ったんですが、ロバートさんのものですよね? お返しします」
「ヒィ!? いえ、全然知りませんそんなもの!」

 何故かスススと後ずさるロバート。
 ラウルはシャーロットが取り出した欠片を見て、驚いたように眉を上げた。
 
「おや、これは聖結晶ではないですか」
「聖結晶……?」
「街に飾られている魔結晶は魔力を帯びた水晶ですが、こちらは聖力を帯びた水晶です。魔結晶も貴重ですが、聖結晶はそれを上回ります。……この欠片だけで、一家が一年暮らしてお釣りが来るでしょうね」
「え、ええ!?」

 とんでもないものを持ち歩いていたらしい。
 無造作に掴んでいたのが恐ろしくなり、シャーロットは丁重にそれをしまった。
 
「聖結晶はルミナリア国内でもそうそう見ることは出来ない。あるとすれば、大神殿の奥に保管されているくらいだ……。何故こんなところに?」

 ラウルは独り言のようにそう呟く。
 
「すみません、そちらの聖結晶、お預かりしても?」
「ええ、大丈夫です」

 寧ろそんな高価なもの持っていたくない。
 シャーロットはそっとラウルに渡した。
 
「あの……実は、もっと一杯あるんです。街のあちこちで拾って……」
「聖結晶が、大量に?」

 ラウルは怪訝な表情をした。

「……ありえません」
「ほ、本当です。部屋に置いてあるので、全て引き取ってもらっても構いません」
「ああ、いえ疑っているわけではないのです。聖力の使い手は少ない。それを水晶に固定できる程の使い手となれば尚更……。聖女ならば大量に作ることも可能かもしれませんが……。わかりました。私が預かりましょう」

 シャーロットはほっと胸を撫で下ろした。
 身の丈に合わない財産は破滅の元だ。厄介事の種は少ない方が良い。
 
「それでは、私はこれで! シャーロットさん、ラウルさん、失礼致します!」

 立ち去る隙を伺っていたのか、脱兎のごとく去ってゆくロバート。
 あまりの勢いに、シャーロットはそれまでのやり取りを忘れて呆然とロバートの後ろ姿を眺めた。
 
「……私、彼に名乗りましたっけ?」

 隣で同じ様にロバートを見ていたラウルがぽつりと呟いた。
 
「えっと、確かロバートさんはルミナリアの出身だそうなので……。ラウルさんは有名ですから、見覚えがあったんでしょう」
「ああ、なるほど。そうなんですね」

 得心したように数度頷き、ラウルは改めてシャーロットに向き直った。
 
「それでは、聖結晶をお預かりしましょう」
「はい、お願いします」

 そうしてシャーロットは部屋にあった聖結晶を全てラウルに渡した。
 見つける度に拾い集めていたそれは結構な量になっており、その煌めきを目にしたラウルは思わずと言った様子で頭を抱えていた。
 
 シャーロットはお礼を言ってラウルを見送ると、夕焼けに照らされる街並みを眺めた。
 遠くに見える海はキラキラと夕日を反射して、忙しなく行き交う人々も皆どこか幸福そうで。
 どこかで子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。そろそろ家に帰る時間だろうか。
 
(確かに、素敵な街だわ。ランドルフさんが惚れ込むのもわかる)

 シャーロットは暫くそうしていた。



 この時はまだ、平穏で美しいアルストルの街を眺められるのがこれで最後だとは思ってもいなかった。
 そうして、『赤月祭』の日は訪れる。
 
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