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2章 応報
9. ティアナの雪解け
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ティアナはベッドの上で目を覚ました。
懐かしいにおい。見慣れた天井。
(ここは……私の家?)
召喚される前に暮らしていた自分の小屋だった。
祖母と二人で暮らしていたが、祖母が亡くなってからは一人で切り盛りしていた小屋だ。
もしかして、今までのことは全部夢だったのだろうか。
(とりあえず……喉が乾いたな。水を汲みに行こう)
そう思い立ち上がる。
よろよろと歩きながら小屋の裏手の井戸まで行くと、そこにはあのエルフが腰掛けていた。
夢じゃなかったのか。
エルフはティアナに水を汲んで差し出した。
「はい。お水」
ティアナはとりあえずそれを受け取り、一気に飲み干した。
そして一旦深呼吸し、精神の統一を図る。
焦るな焦るな。大丈夫大丈夫。
パニックに陥らない自信がついてから、ようやくティアナは口を開いた。
「あの、全ての整理がついてないんですが。えっと……とりあえず、なんで私はあなたと私の家にいるんでしょうか……?」
エルフはにっこり笑って答えた。
「ちょっと休養が必要なんじゃないかと思ったのさ。ほら、自分の家が一番安らぐだろう?」
「なんで私の家を知ってるんですか? 私が魔王を倒さないと、大変なことになるから休んでる暇はなくて……。あと、あの、すごい今更なんですけど貴方は何なんですか?」
「この一帯にちょっとだけ時間の流れを遅くする結界を張ったから大丈夫。英気を養って戻っても魔王を倒す時間はあるよ。僕はヴァーリ。――賢者ヴァーリっていったらわかるかな?」
建国の賢者の名前に、ティアナは呆然とした。
不思議と嘘とは思えない。
エルフだったら、たしかに当時から今まで生きていてもおかしくないし、「時間を遅くする」なんて芸当も可能だろう。
ヴァーリはにっこり微笑んだ。
「まあ、ちょっとゆっくりしようよ。それに、僕が良いって判断するまで結界からは出られないようにしてある。魔王を倒すのはそれからでも遅くないさ」
そして、数日間のティアナとヴァーリの奇妙な生活が始まった。
◆◆◆
ヴァーリは不思議な雰囲気を纏っており、いつも泰然と構えていた。
ティアナが何をしても、何を失敗しても怒らないし、溜息もつかない。
ただ、笑って「そういうこともあるさ」と言う。
一緒にいると、不思議と心がほぐれるような思いがした。
そして、井戸で水を差し出したときのように、ティアナの行動を先回りすることが多かった。
「なんで私のしようとしてることがわかるんですか?」
そう疑問に思って聞いたが、ヴァーリはただ笑うばかりだった。
「なんでも分かるさ。君が今日の夜はキノコのスープを作ろうと思っていることだってね」
そういって冗談めかして笑う。
賢者だし、そういうものか、とティアナは深く考えないことにした。
ある時、ティアナが眠れなくて夜中に空を見上げていると、いつの間にかヴァーリが隣に座っていた。
しばらく二人共黙ってただ座っていたが、ぽつりとティアナが口を開いた。
「クラウスから貰った指輪、失くしちゃったんです」
あの指輪は、ティアナの心の支えだった。
クラウスの気持ちが信じられなくなったとき、それに触れると不思議と心が落ち着いた。
「ほら、私の手、醜いでしょう。こんなに荒れて……。この手には似合わないような、素敵な指輪だったんです」
「……ティアナの手は、綺麗だよ。手だけじゃない、ティアナは綺麗だ」
初めて言われた言葉だ。
「ふわふわしたストロベリーブロンドの髪は朝靄みたいで綺麗だし、愛らしい顔立ちによく似合ってる。ルビーの瞳はキラキラと輝いてとても目を引く。……今は、その輝きは少し陰ってしまっているけどね」
「あ……そんなふうに言われたの、初めて、です。……ふふ、ありがとうございます」
少し照れくさくて、ティアナははにかんだ。
それを見たヴァーリは嬉しそうに微笑んだ。
「ようやく笑ったね。笑うともっと素敵だよ」
言われて気づく。
そういえば、随分久しぶりに笑った気がする。
最後に笑ったのはいつだっただろう。
旅立つ前には、もう心が凍ってしまっていたような気がする。
しばらくなんでも無い話をしていたが、やがてヴァーリはゆったりとした口調で話し出した。
「ティアナは頑張ったよ。頑張っているよ。今も、本当は魔王を倒しにいかないといけないって焦ってるんだろう? ティアナは悪くない。僕がこの結界に勝手に閉じ込めただけさ」
頑張った。頑張ってる。悪くない。
そんなことを言ってもらったのは、『救世の乙女』になってから初めてだった。
目の奥から熱いものがこみ上げてくるのを、ティアナは抑えることが出来なかった。
「私……本当はずっと辛くて……。帰りたくて、逃げたくて、でもクラウスは許してくれなくて……。どうしたら良かったの? 私は、どうしたら……」
ヴァーリは何も言わない。
ただ黙ってティアナの頭を撫でた。
ティアナは子供のように泣きじゃくった。それまでに溜めた涙を全部出すかのように泣いた。
しばらくして泣きつかれて眠ってしまったティアナをヴァーリは抱えあげ、ベッドまで運ぶ。
辛そうな表情で眠るティアナの頭を撫でながら、ヴァーリは呟いた。
「明日には全て終わるから……大丈夫、大丈夫だよ、ティアナ」
懐かしいにおい。見慣れた天井。
(ここは……私の家?)
召喚される前に暮らしていた自分の小屋だった。
祖母と二人で暮らしていたが、祖母が亡くなってからは一人で切り盛りしていた小屋だ。
もしかして、今までのことは全部夢だったのだろうか。
(とりあえず……喉が乾いたな。水を汲みに行こう)
そう思い立ち上がる。
よろよろと歩きながら小屋の裏手の井戸まで行くと、そこにはあのエルフが腰掛けていた。
夢じゃなかったのか。
エルフはティアナに水を汲んで差し出した。
「はい。お水」
ティアナはとりあえずそれを受け取り、一気に飲み干した。
そして一旦深呼吸し、精神の統一を図る。
焦るな焦るな。大丈夫大丈夫。
パニックに陥らない自信がついてから、ようやくティアナは口を開いた。
「あの、全ての整理がついてないんですが。えっと……とりあえず、なんで私はあなたと私の家にいるんでしょうか……?」
エルフはにっこり笑って答えた。
「ちょっと休養が必要なんじゃないかと思ったのさ。ほら、自分の家が一番安らぐだろう?」
「なんで私の家を知ってるんですか? 私が魔王を倒さないと、大変なことになるから休んでる暇はなくて……。あと、あの、すごい今更なんですけど貴方は何なんですか?」
「この一帯にちょっとだけ時間の流れを遅くする結界を張ったから大丈夫。英気を養って戻っても魔王を倒す時間はあるよ。僕はヴァーリ。――賢者ヴァーリっていったらわかるかな?」
建国の賢者の名前に、ティアナは呆然とした。
不思議と嘘とは思えない。
エルフだったら、たしかに当時から今まで生きていてもおかしくないし、「時間を遅くする」なんて芸当も可能だろう。
ヴァーリはにっこり微笑んだ。
「まあ、ちょっとゆっくりしようよ。それに、僕が良いって判断するまで結界からは出られないようにしてある。魔王を倒すのはそれからでも遅くないさ」
そして、数日間のティアナとヴァーリの奇妙な生活が始まった。
◆◆◆
ヴァーリは不思議な雰囲気を纏っており、いつも泰然と構えていた。
ティアナが何をしても、何を失敗しても怒らないし、溜息もつかない。
ただ、笑って「そういうこともあるさ」と言う。
一緒にいると、不思議と心がほぐれるような思いがした。
そして、井戸で水を差し出したときのように、ティアナの行動を先回りすることが多かった。
「なんで私のしようとしてることがわかるんですか?」
そう疑問に思って聞いたが、ヴァーリはただ笑うばかりだった。
「なんでも分かるさ。君が今日の夜はキノコのスープを作ろうと思っていることだってね」
そういって冗談めかして笑う。
賢者だし、そういうものか、とティアナは深く考えないことにした。
ある時、ティアナが眠れなくて夜中に空を見上げていると、いつの間にかヴァーリが隣に座っていた。
しばらく二人共黙ってただ座っていたが、ぽつりとティアナが口を開いた。
「クラウスから貰った指輪、失くしちゃったんです」
あの指輪は、ティアナの心の支えだった。
クラウスの気持ちが信じられなくなったとき、それに触れると不思議と心が落ち着いた。
「ほら、私の手、醜いでしょう。こんなに荒れて……。この手には似合わないような、素敵な指輪だったんです」
「……ティアナの手は、綺麗だよ。手だけじゃない、ティアナは綺麗だ」
初めて言われた言葉だ。
「ふわふわしたストロベリーブロンドの髪は朝靄みたいで綺麗だし、愛らしい顔立ちによく似合ってる。ルビーの瞳はキラキラと輝いてとても目を引く。……今は、その輝きは少し陰ってしまっているけどね」
「あ……そんなふうに言われたの、初めて、です。……ふふ、ありがとうございます」
少し照れくさくて、ティアナははにかんだ。
それを見たヴァーリは嬉しそうに微笑んだ。
「ようやく笑ったね。笑うともっと素敵だよ」
言われて気づく。
そういえば、随分久しぶりに笑った気がする。
最後に笑ったのはいつだっただろう。
旅立つ前には、もう心が凍ってしまっていたような気がする。
しばらくなんでも無い話をしていたが、やがてヴァーリはゆったりとした口調で話し出した。
「ティアナは頑張ったよ。頑張っているよ。今も、本当は魔王を倒しにいかないといけないって焦ってるんだろう? ティアナは悪くない。僕がこの結界に勝手に閉じ込めただけさ」
頑張った。頑張ってる。悪くない。
そんなことを言ってもらったのは、『救世の乙女』になってから初めてだった。
目の奥から熱いものがこみ上げてくるのを、ティアナは抑えることが出来なかった。
「私……本当はずっと辛くて……。帰りたくて、逃げたくて、でもクラウスは許してくれなくて……。どうしたら良かったの? 私は、どうしたら……」
ヴァーリは何も言わない。
ただ黙ってティアナの頭を撫でた。
ティアナは子供のように泣きじゃくった。それまでに溜めた涙を全部出すかのように泣いた。
しばらくして泣きつかれて眠ってしまったティアナをヴァーリは抱えあげ、ベッドまで運ぶ。
辛そうな表情で眠るティアナの頭を撫でながら、ヴァーリは呟いた。
「明日には全て終わるから……大丈夫、大丈夫だよ、ティアナ」
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