18 / 19
3章 幸福
18. ヴァーリの諦念
しおりを挟む
この日々を何周したかわからないが、初めてティアナと出会ってから、日数的には数ヶ月経った頃だった。
幾度となく訪れるクラウスを殺めたが、最近はここに来ずにどこかで死んでいるようで、不規則に時間が巻き戻るようになっていた。
ヴァーリは別に永遠にこの生活が続いたって構わなかった。
同じ生活を繰り返していても一向に飽きないし、そもそも長命なエルフは人間では考えられないほど気が長い。
愛する人と送る日々は、幸せだった。
ティアナは、雨の降る日はよく窓辺でぼんやりしていることが多かった。
そういう時の彼女は、とても穏やかな顔をしていて、ああ、やはりエーファとは違うんだな、と思わされる。
エーファは晴れが好きで、天気が悪いと一日機嫌が悪かったから。
ぼんやりしているティアナに、蜂蜜をたっぷり入れた温かい紅茶を持っていくと、本当に嬉しそうに顔を綻ばせお礼を言う。
出来ればずっとその顔を見ていたかったけれど、ヴァーリには終わりが近いことが分かっていた。
見計らったように、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
「はーい! ……誰かな? ちょっと出てきますね」
慌ててティアナが立ち上がり、来訪者を迎えに行く。
――彼が、ノックをするのは初めてだった。
「ティアナ、久しぶりだな」
「クラウス……」
ティアナは、怯えたように少し後ずさる。
それを見たクラウスは、ひどく傷ついたように、その端正な顔を歪ませた。
「ティアナ、君は……。私と、ユーリアとの距離が近いから嫌だったのか? それが辛くて、寂しい思いをさせてしまったから、私の元に帰ってこなくなってしまったのか?」
「……違う、違うよ、クラウス……」
どこかズレたクラウスの問いかけに、ティアナが絞りだすように答えた。
その声音には、微かに怒りが滲んでいる。
「確かに、ユーリア様のことは苦手。だけど、私が辛かったのは……貴方の、そういうところだよ、クラウス」
「……そういうところ?」
「貴方は、私を手元に置きたがるだけで、私のことを分かろうともしなかった。……私に興味が無いんだよ」
「そんなことはない!」
「そうだよ、だって」
ティアナはヴァーリの方を一瞬見て、それからクラウスに向き直った。
「ねえ、クラウス、私はね、星空を見上げるのが好きなの」
「……」
面食らったようにクラウスが黙り込むが、ティアナは構わずに続けた。
「窓辺で雨音を聞くのが好き。小さな花が好き。蜂蜜をたっぷり入れた紅茶が好き。大きな音と、真っ暗な闇が苦手。……クラウスは、知ってた?」
何が言いたいのかが理解できないクラウスは、ただ首を振った。
ティアナは少し寂しそうに笑う。
「私も自分では気付いてなかった物もあるんだけどね。……ねえ、何が好きかで何が嫌いかにも気付かない相手のこと、興味があるって、好きだって言えるのかな?」
「それは……」
クラウスはそれ以上言葉が出てこないようで、悔しそうな表情で黙った。
「ただ側に居ることと、寄り添うこととは違うんだよ。ヴァーリと過ごして、それが分かった。貴方は私を思い通りにしたいだけだった。……私は貴方が側にいても、ずっと孤独だったんだって」
「ティアナ……」
「……でもね、貴方がこうやって歩み寄ってくれたことは、嬉しいと思ってる。だから、私も、逃げるのはやめるね」
そう言ってティアナはヴァーリの方を向いた。
強い意思が表れたルビーの瞳は、キラキラと輝いていて、ヴァーリは思わずどきりと胸が鳴るのを感じる。
「私はやっぱり、世界を救いたいみたい。……ヴァーリも手伝ってくれますよね?」
ティアナがそう言うなら是非もない。
それはこの生活の終わりを意味していた。
多少はクラウスも成長したようだし、潮時だろう。
……もしかしたら、ティアナはクラウスの元へ戻ってしまうかもしれないけど、でも、それも仕方ないことだ。
一息ついて、ヴァーリは演技がかった口調で言った。
「勿論。賢者ヴァーリが助力するんだ。絶対負けることは無いさ」
◆◆◆
ティアナとクラウス、そしてヴァーリが力を合わせれば、魔王は苦戦していたのが嘘のように倒すことが出来た。
エーファは仲間を守る際に普段の何倍も力を発揮する戦士だった。
クラウスが直接戦闘の役に立ったようには見えなかったが、居るだけでも効果はあったのだろう。
魔王を倒すと同時に魔王城は音を立てて崩れ落ち、急いで脱出すればそこにはただ平穏な草原が広がるばかりだった。
こうして世界に平和は訪れたのだ。
幾度となく訪れるクラウスを殺めたが、最近はここに来ずにどこかで死んでいるようで、不規則に時間が巻き戻るようになっていた。
ヴァーリは別に永遠にこの生活が続いたって構わなかった。
同じ生活を繰り返していても一向に飽きないし、そもそも長命なエルフは人間では考えられないほど気が長い。
愛する人と送る日々は、幸せだった。
ティアナは、雨の降る日はよく窓辺でぼんやりしていることが多かった。
そういう時の彼女は、とても穏やかな顔をしていて、ああ、やはりエーファとは違うんだな、と思わされる。
エーファは晴れが好きで、天気が悪いと一日機嫌が悪かったから。
ぼんやりしているティアナに、蜂蜜をたっぷり入れた温かい紅茶を持っていくと、本当に嬉しそうに顔を綻ばせお礼を言う。
出来ればずっとその顔を見ていたかったけれど、ヴァーリには終わりが近いことが分かっていた。
見計らったように、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
「はーい! ……誰かな? ちょっと出てきますね」
慌ててティアナが立ち上がり、来訪者を迎えに行く。
――彼が、ノックをするのは初めてだった。
「ティアナ、久しぶりだな」
「クラウス……」
ティアナは、怯えたように少し後ずさる。
それを見たクラウスは、ひどく傷ついたように、その端正な顔を歪ませた。
「ティアナ、君は……。私と、ユーリアとの距離が近いから嫌だったのか? それが辛くて、寂しい思いをさせてしまったから、私の元に帰ってこなくなってしまったのか?」
「……違う、違うよ、クラウス……」
どこかズレたクラウスの問いかけに、ティアナが絞りだすように答えた。
その声音には、微かに怒りが滲んでいる。
「確かに、ユーリア様のことは苦手。だけど、私が辛かったのは……貴方の、そういうところだよ、クラウス」
「……そういうところ?」
「貴方は、私を手元に置きたがるだけで、私のことを分かろうともしなかった。……私に興味が無いんだよ」
「そんなことはない!」
「そうだよ、だって」
ティアナはヴァーリの方を一瞬見て、それからクラウスに向き直った。
「ねえ、クラウス、私はね、星空を見上げるのが好きなの」
「……」
面食らったようにクラウスが黙り込むが、ティアナは構わずに続けた。
「窓辺で雨音を聞くのが好き。小さな花が好き。蜂蜜をたっぷり入れた紅茶が好き。大きな音と、真っ暗な闇が苦手。……クラウスは、知ってた?」
何が言いたいのかが理解できないクラウスは、ただ首を振った。
ティアナは少し寂しそうに笑う。
「私も自分では気付いてなかった物もあるんだけどね。……ねえ、何が好きかで何が嫌いかにも気付かない相手のこと、興味があるって、好きだって言えるのかな?」
「それは……」
クラウスはそれ以上言葉が出てこないようで、悔しそうな表情で黙った。
「ただ側に居ることと、寄り添うこととは違うんだよ。ヴァーリと過ごして、それが分かった。貴方は私を思い通りにしたいだけだった。……私は貴方が側にいても、ずっと孤独だったんだって」
「ティアナ……」
「……でもね、貴方がこうやって歩み寄ってくれたことは、嬉しいと思ってる。だから、私も、逃げるのはやめるね」
そう言ってティアナはヴァーリの方を向いた。
強い意思が表れたルビーの瞳は、キラキラと輝いていて、ヴァーリは思わずどきりと胸が鳴るのを感じる。
「私はやっぱり、世界を救いたいみたい。……ヴァーリも手伝ってくれますよね?」
ティアナがそう言うなら是非もない。
それはこの生活の終わりを意味していた。
多少はクラウスも成長したようだし、潮時だろう。
……もしかしたら、ティアナはクラウスの元へ戻ってしまうかもしれないけど、でも、それも仕方ないことだ。
一息ついて、ヴァーリは演技がかった口調で言った。
「勿論。賢者ヴァーリが助力するんだ。絶対負けることは無いさ」
◆◆◆
ティアナとクラウス、そしてヴァーリが力を合わせれば、魔王は苦戦していたのが嘘のように倒すことが出来た。
エーファは仲間を守る際に普段の何倍も力を発揮する戦士だった。
クラウスが直接戦闘の役に立ったようには見えなかったが、居るだけでも効果はあったのだろう。
魔王を倒すと同時に魔王城は音を立てて崩れ落ち、急いで脱出すればそこにはただ平穏な草原が広がるばかりだった。
こうして世界に平和は訪れたのだ。
21
あなたにおすすめの小説
老け顔ですが?何かあります?
宵森みなと
恋愛
可愛くなりたくて、似合わないフリフリの服も着てみた。
でも、鏡に映った自分を見て、そっと諦めた。
――私はきっと、“普通”じゃいられない。
5歳で10歳に見られ、結婚話は破談続き。
周囲からの心ない言葉に傷つきながらも、少女サラサは“自分の見た目に合う年齢で学園に入学する”という前代未聞の決意をする。
努力と覚悟の末、飛び級で入学したサラサが出会ったのは、年上の優しいクラスメートたちと、ちょっと不器用で真っ直ぐな“初めての気持ち”。
年齢差も、噂も、偏見も――ぜんぶ乗り越えて、この恋はきっと、本物になる。
これは、“老け顔”と笑われた少女が、ほんとうの恋と自分自身を見つけるまでの物語。
隠された第四皇女
山田ランチ
恋愛
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
プロローグで主人公が死んでしまう話【アンソロジー】
おてんば松尾
恋愛
プロローグで主人公が死んでしまう話を実は大量生産しています。ただ、ショートショートでいくつもりですので、消化不良のところがあるみたいです。どうしようか迷ったのですが、こっそりこちらでアンソロジーにしようかな。。。と。1話1万字で前後で終わらせます。物語によってはざまぁがない物もあります。
1話「プロローグで死んでしまうリゼの話」
寒さに震えながらリゼは機関車に乗り込んだ。
疲労と空腹で、早く座席に座りたいと願った。
静かな揺れを感じながら、リゼはゆっくりと目を閉じた。
2話「プロローグで死んでしまうカトレアの話」
死ぬ気で城を出たカトレア、途中馬車に轢かれて死んでしまう?
望まない相手と一緒にいたくありませんので
毬禾
恋愛
どのような理由を付けられようとも私の心は変わらない。
一緒にいようが私の気持ちを変えることはできない。
私が一緒にいたいのはあなたではないのだから。
毒姫の婚約騒動
SHIN
恋愛
卒業式を迎え、立食パーティーの懇談会が良い意味でも悪い意味でもどことなくざわめいていた。
「卒業パーティーには一人で行ってくれ。」
「分かりました。」
そう婚約者から言われて一人で来ましたが、あら、その婚約者は何処に?
あらあら、えっと私に用ですか? 所で、お名前は?
毒姫と呼ばれる普通?の少女と常に手袋を着けている潔癖症?の男のお話し。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
【完結】無罪なのに断罪されたモブ令嬢ですが、神に物申したら上手くいった話
もわゆぬ
恋愛
この世は可笑しい。
本当にしたかも分からない罪で”悪役”が作り上げられ断罪される。
そんな世界にむしゃくしゃしながらも、何も出来ないで居たサラ。
しかし、平凡な自分も婚約者から突然婚約破棄をされる。
隣国へと逃亡したが、よく分からないこんな世界に怒りが収まらず神に一言物申してやろうと教会へと向かうのだった…
【短編です、物語7話+αで終わります】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる