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3章 幸福
19. ティアナの幸福
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「は~……疲れたな……」
ティアナは城に与えられた自室で休んでいた。
当たり前のようにクラウスはティアナと結婚する気で、自宅に帰ろうとするティアナを半ば強引に自領の城へ連れ帰った。
このまま帰してはヴァーリにティアナを奪われる、という危機感もあったのだろう。
いつのまにかヴァーリはどこかに消えていて、帰りの道中、式や指輪の話を捲し立てるクラウスに、ティアナは呆気にとられた。
(またクラウスは、私の意思も確認せずに話を進めようとしている……)
反省したとはいえ、独善的なその性格は、すぐに矯正されるものでもないのだろう。
行きは一緒だったユーリアはと言うと、ティアナたちが街に戻る前に先に城へと帰ってしまっていた。
顔を合わせるのは嫌だったので、正直なところ有り難い。
逃げようと思えば逃げられたが、ここまで大人しくついてきたのは考えがあるからだった。
機会が来るまでティアナは大人しく過ごすことにした。
◆◆◆
皆が寝静まった夜中、ティアナはそっと部屋を抜け出した。
見回りの衛兵や、監視の魔法の目を避けること等、今のティアナには造作もない。
目的地に何事も無くたどり着き、ティアナはほっと息をつく。
これがここでの最後の大仕事。
「《消えろ、壊れろ、跡形もなく》」
破壊の意思を念入りに込めて、ティアナは自分をここに喚び出した召喚陣を剣で貫いた。
瞬間、召喚陣は淡く発光して、すぐに消える。
物理的には、少し地面に傷が入っただけ。
しかし、そこに込められた魔術は、ティアナの思惑どおり破壊された。
ここに込められていた古の魔術は既に失伝していて、現代の魔術師がどれだけ再現しようとしたって不可能だろう。
これでもう、何度生まれ変わったって一方的に呼びつけられることはない。
自分に用事があるなら、頑張って探して直接お願いしてくるべきだ。
ティアナは満足気に一人頷き、召喚陣の部屋を後にした。
用事は済んだので、後は逃げるだけ。
高さがあってもティアナには関係ないので、手頃な窓から外に飛び降りようとして――。
「ティアナ!」
呼び止められ、驚いて振り向く。
アイスブルーの瞳に焦りを乗せて、クラウスがティアナを見ていた。
「ティアナ、また、私から逃げるのか」
「クラウス……」
「あれから、もっと君を大事にすると誓ったのに! 何が不満なんだ、言ってくれ、なんでもするから……」
必死に懇願するクラウス。
その言葉を、旅立つ前に言ってくれれば、いや、旅の途中でもいい。もっと前に言ってくれれば、こうはならなかったのかもしれないけれど。
そう思ったが、しかしティアナはそれを口にすることは無かった。
「あのね、クラウス。私は、もう自分をすり減らしたくないの。それだけだよ」
それだけ言って、絶望の表情を浮かべているクラウスを横目に、ティアナは窓から飛び降りた。
落下しながら、小さく囁く。
「ヴァーリ……迎えに来てくれますか?」
勿論だよ、と耳元でヴァーリの声がして、ティアナは小さく笑った。
ヴァーリとなら、きっと、ずっとお互いを想い合って過ごせる気がする。
すれ違うたびに話し合いをして、お互いの価値観を確かめあって。
――それは、ああなんて、幸福なんだろう。
下で待っていたヴァーリにふわりと受け止められ、二人は顔を見合わせ笑った。
「ヴァーリ、私、何か綺麗なものをたくさん見に行きたいんです。とても狭い世界で、狭い視野で過ごしてたから、もっともっと、世界の美しさを知りたい。付き合って、くれますよね?」
「君となら、どこへでも」
そうして朝焼けの中、二人は歩き出した。
過去に背を向けて、未来へと。
朝日が祝福するように二人を照らしていた。
◆◆◆
その後、城は大騒ぎとなった。
『救世の乙女』はどこかに姿を消し、国の秘宝である召喚陣は破壊された。
ただでさえ、聖女ユーリアという問題をこの城は抱えているというのに。
――何度も何度も魔物に嬲り殺されたユーリアは完全に気が触れてしまっていて、目に映るもの全てを怖がり、また、自分がこんなに不幸なのは『救世の乙女』のせいだと大声で喚き散らすようになっていた。
その有様から、城の外や王都では、狂ったユーリアが『救世の乙女』を迫害したことで、嫌気がさした彼女が姿を消してしまったのだという噂がまことしやかに囁かれた。
この城の問題はもはや揉み消すことが難しい程大きくなっていた。
全ての責任を取ってクラウスは王位継承権を失って臣籍降下し、本来王族が臣籍に下るよりも低い地位に置かれることとなる。
クラウスのものだった城が別の王子の物になると、それに合わせて、城に勤める人間たちはほぼ全員交換された。
ティアナが城にいた時の人間は、全員城から消える結果となった。
また、ユーリアが正気を取り戻すことなく、しばらくして聖女の病死が発表される。
実際には毒を用いた処分だったが、夢と現実の間で殺され続ける彼女にとっては、あるいはそれは救いだったのかもしれない。
そして、その後『救世の乙女』が表舞台に出てくることは無かった。
彼女を恐れた王家や諦めきれないクラウスが捜索するも、見つけることは出来ず、また、ティアナの生家は忽然と消え失せていて、辺りには木々が茂るばかりだった。
やがてこの地に剣にも魔術にも優れたハーフエルフの少女が現れ、冒険者として名を轟かすようになるが、それはまた別の話。
ティアナは城に与えられた自室で休んでいた。
当たり前のようにクラウスはティアナと結婚する気で、自宅に帰ろうとするティアナを半ば強引に自領の城へ連れ帰った。
このまま帰してはヴァーリにティアナを奪われる、という危機感もあったのだろう。
いつのまにかヴァーリはどこかに消えていて、帰りの道中、式や指輪の話を捲し立てるクラウスに、ティアナは呆気にとられた。
(またクラウスは、私の意思も確認せずに話を進めようとしている……)
反省したとはいえ、独善的なその性格は、すぐに矯正されるものでもないのだろう。
行きは一緒だったユーリアはと言うと、ティアナたちが街に戻る前に先に城へと帰ってしまっていた。
顔を合わせるのは嫌だったので、正直なところ有り難い。
逃げようと思えば逃げられたが、ここまで大人しくついてきたのは考えがあるからだった。
機会が来るまでティアナは大人しく過ごすことにした。
◆◆◆
皆が寝静まった夜中、ティアナはそっと部屋を抜け出した。
見回りの衛兵や、監視の魔法の目を避けること等、今のティアナには造作もない。
目的地に何事も無くたどり着き、ティアナはほっと息をつく。
これがここでの最後の大仕事。
「《消えろ、壊れろ、跡形もなく》」
破壊の意思を念入りに込めて、ティアナは自分をここに喚び出した召喚陣を剣で貫いた。
瞬間、召喚陣は淡く発光して、すぐに消える。
物理的には、少し地面に傷が入っただけ。
しかし、そこに込められた魔術は、ティアナの思惑どおり破壊された。
ここに込められていた古の魔術は既に失伝していて、現代の魔術師がどれだけ再現しようとしたって不可能だろう。
これでもう、何度生まれ変わったって一方的に呼びつけられることはない。
自分に用事があるなら、頑張って探して直接お願いしてくるべきだ。
ティアナは満足気に一人頷き、召喚陣の部屋を後にした。
用事は済んだので、後は逃げるだけ。
高さがあってもティアナには関係ないので、手頃な窓から外に飛び降りようとして――。
「ティアナ!」
呼び止められ、驚いて振り向く。
アイスブルーの瞳に焦りを乗せて、クラウスがティアナを見ていた。
「ティアナ、また、私から逃げるのか」
「クラウス……」
「あれから、もっと君を大事にすると誓ったのに! 何が不満なんだ、言ってくれ、なんでもするから……」
必死に懇願するクラウス。
その言葉を、旅立つ前に言ってくれれば、いや、旅の途中でもいい。もっと前に言ってくれれば、こうはならなかったのかもしれないけれど。
そう思ったが、しかしティアナはそれを口にすることは無かった。
「あのね、クラウス。私は、もう自分をすり減らしたくないの。それだけだよ」
それだけ言って、絶望の表情を浮かべているクラウスを横目に、ティアナは窓から飛び降りた。
落下しながら、小さく囁く。
「ヴァーリ……迎えに来てくれますか?」
勿論だよ、と耳元でヴァーリの声がして、ティアナは小さく笑った。
ヴァーリとなら、きっと、ずっとお互いを想い合って過ごせる気がする。
すれ違うたびに話し合いをして、お互いの価値観を確かめあって。
――それは、ああなんて、幸福なんだろう。
下で待っていたヴァーリにふわりと受け止められ、二人は顔を見合わせ笑った。
「ヴァーリ、私、何か綺麗なものをたくさん見に行きたいんです。とても狭い世界で、狭い視野で過ごしてたから、もっともっと、世界の美しさを知りたい。付き合って、くれますよね?」
「君となら、どこへでも」
そうして朝焼けの中、二人は歩き出した。
過去に背を向けて、未来へと。
朝日が祝福するように二人を照らしていた。
◆◆◆
その後、城は大騒ぎとなった。
『救世の乙女』はどこかに姿を消し、国の秘宝である召喚陣は破壊された。
ただでさえ、聖女ユーリアという問題をこの城は抱えているというのに。
――何度も何度も魔物に嬲り殺されたユーリアは完全に気が触れてしまっていて、目に映るもの全てを怖がり、また、自分がこんなに不幸なのは『救世の乙女』のせいだと大声で喚き散らすようになっていた。
その有様から、城の外や王都では、狂ったユーリアが『救世の乙女』を迫害したことで、嫌気がさした彼女が姿を消してしまったのだという噂がまことしやかに囁かれた。
この城の問題はもはや揉み消すことが難しい程大きくなっていた。
全ての責任を取ってクラウスは王位継承権を失って臣籍降下し、本来王族が臣籍に下るよりも低い地位に置かれることとなる。
クラウスのものだった城が別の王子の物になると、それに合わせて、城に勤める人間たちはほぼ全員交換された。
ティアナが城にいた時の人間は、全員城から消える結果となった。
また、ユーリアが正気を取り戻すことなく、しばらくして聖女の病死が発表される。
実際には毒を用いた処分だったが、夢と現実の間で殺され続ける彼女にとっては、あるいはそれは救いだったのかもしれない。
そして、その後『救世の乙女』が表舞台に出てくることは無かった。
彼女を恐れた王家や諦めきれないクラウスが捜索するも、見つけることは出来ず、また、ティアナの生家は忽然と消え失せていて、辺りには木々が茂るばかりだった。
やがてこの地に剣にも魔術にも優れたハーフエルフの少女が現れ、冒険者として名を轟かすようになるが、それはまた別の話。
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