ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ

文字の大きさ
1 / 6

1.やってきた浮気相手

しおりを挟む
 応接室に通され、涙目でこちらを睨みつけている薄い金髪の可憐な美少女――アルエット・カルネ男爵令嬢を前に、私は溜息をついた。

 誰だって溜息をつきたくなるだろう、婚約者の浮気相手が乗り込んできたという、こんな状況なら。

 

 アルエットは震える声で話しだした。



「ミュリエル様……。レナルド様を縛り付けるのは、辞めてください。彼は私を愛しているんです」

「別に、縛り付けてなどいません」

「じゃあなんで、レナルド様は最近私に会ってくれないんですか!? 無理やり結んだ婚約なんか解消するって、そう私に言ってたのに……」



 令嬢らしからぬ大声を上げるアルエット。

 私は再び溜息をつきながらそれに答えた。

 

「さあ。私にもわかりませんわ。だって、彼、もう一月も帰ってきていないんですもの」







 ◆◆◆

 

 

 

 レナルド・ラグランジュは公爵家の長男で、私の婚約者だった。

 私の家、ブランシャール家は、伯爵家だが建国当時からある古い家系だ。

 加えて、領土から豊富に鉱石が産出されることから、国の貴族の中でも一、二を争う豊かさを誇る。

 大きな力を持っているが、どこの派閥にも属さず中立を保ってきていた。

 

 この婚約は、ブランシャール家の娘を国王派の忠臣であるラグランジュ家に嫁がせることで、ブランシャールを国王派に取り込む狙いがあった。

 王命で結ばれる婚約だ。断ることなどできない。

 両親は心配したが、私は喜んで承諾した。

 初めて会ったときから、レナルドに恋をしてしまっていたから。

 

 彼に初めて会ったのは、その婚約の打診がくる少し前のこと。

 黒髪にアイスブルーの瞳をした、美しい少年だった。

 彼は瞳に似合わず温かく優しい笑みを浮かべていった。

 

「はじめまして。僕はレナルド・ラグランジュ。――君に贈り物があるんだ」



 彼が差し出したのは、色とりどりの小さな花束。

 

「噂通り可愛らしい君に、ぴったりだろう?」



 そう言って得意げに笑う。

 幼い私が、ほのかな恋心を抱くのには十分だった。

 それから私は、ずっと彼に夢中だった。

 

 

 婚約が成立し、時々彼と私は会うようになった。

 初めの印象どおり優しい少年で、引っ込み思案だった私をいつも引っ張ってくれた。

 その柔らかく温かな瞳に、声色に、私はどんどん夢中になっていった。

 

 彼の家で会うときは、だいたい彼の弟、リュカも交えた三人で遊ぶことが多かった。

 それはレナルドが貴族の学園に入学するまで続いた。

 

 ブランシャール家の人間は伝統的に学園には入学しないので、私は彼の卒業を待つことになる。

 それに、結婚前に少し離れる期間を設けるのも良いだろうと思ったのだ。

 

 レナルドは学園の寮に入り、休暇にも帰ってくることは無かった。

 流石に休暇には会えるだろうと思っていた私は寂しい思いをすることになった。

 

 二年後、レナルドの卒業まで後一年というところで私はラグランジュ家に住み始めた。

 レナルドの母親である公爵夫人が病を患ったため、王都にあるタウンハウスの実権を完全にレナルドに譲り、公爵夫妻は自然豊かな領地でのんびり暮らすことになったのだ。

 レナルドは不在のため、実質的にこの屋敷と王都での付き合いを切り盛りするのは婚約者である私の役目となった。

 まだ正式に婚姻した訳ではないのではじめは辞退したのだが、公爵夫妻は幼い頃からの付き合いである私を信頼していてくれたらしく、強くお願いされ断り切ることが出来なかった。

 

 幸いリュカは寮には入らず屋敷から通っているので、公爵夫妻が領地に越した後も相談相手は居た。

 とはいえ、どちらかというと気の弱い方だった私は、横柄なメイドにも舐められる始末で、初めはかなり苦労した。

 

 レナルドは学園でも優秀な成績を収め、ゆくゆくは宰相の地位も手に出来るのではないかと噂されているのだという。

 ならば、私も、彼の婚約者として、未来の公爵夫人にふさわしい強い人間にならなければならない。

 

 生まれ変わったつもりで頑張ろう。

 そう決意した私は、実家の両親に教えを仰ぎ、リュカに相談に乗ってもらい、おかげでなんとか一年間切り抜けることが出来た。

 やや傾きかけていた財政を立て直し、横領を行っていた例のメイドは追い出した。

 大変だがなんとかやっていけそうだ。

 

 レナルドが帰ってくるまでは、そう思っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

婚約者とその幼なじみがいい雰囲気すぎることに不安を覚えていましたが、誤解が解けたあとで、その立ち位置にいたのは私でした

珠宮さくら
恋愛
クレメンティアは、婚約者とその幼なじみの雰囲気が良すぎることに不安を覚えていた。 そんな時に幼なじみから、婚約破棄したがっていると聞かされてしまい……。 ※全4話。

お飾りの私と怖そうな隣国の王子様

mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。 だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。 その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。 「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」 そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。 いつかこの日が来るとは思っていた。 思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。 思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。

処理中です...