2 / 72
2.本物の魔法
しおりを挟むマジシャンの男の子の元から立ち去ろうとして、身を翻したら。
突然、手を掴まれた。
思わずぎょっとして振り返ると——そこには男の子の真面目な顔があった。
「ちょっと待って」
「なに?」
「もうちょっとだけ……話がしたいんだけど」
「何を?」
「実は俺、この町に来たばかりで……」
窺うように見つめてくる男の子は、まるで迷子の子供のような顔をしていた。
こういうのを、母性本能をくすぐられるっていうのかな?
私はしょうがないなぁと思いながらも、悪い気はしなかった。
「ああ、なるほど。町のことを教えてほしいんだね。じゃあ、お婆ちゃんにお弁当を届けてからでもいいかな?」
「お婆ちゃん?」
「うん。私のお婆ちゃんが、この公園のどこかにいるんだ」
「そう……なんだ。わかった、待ってる」
どうやら私は、この綺麗な男の子に懐かれてしまったらしく、男の子はマジックの道具を片付けると、お婆ちゃんを探す私の後ろをついてまわった。
それから広い公園をあちこち探すうち——大きな銀杏の木の下にいる、ワンピースを着たお婆ちゃんの姿を見つけた。
「あ、お婆ちゃん見つけた」
「おや、結菜じゃないか」
「お婆ちゃん、お弁当を届けにきたよ」
「まあ、ありがとう」
「今日は寒いし、帰ったほうがいいんじゃない?」
「そんなわけにはいかないよ。私はあの人が来るまでここにいないといけないんだ」
「あの人? あの人って誰?」
「おや、結菜には言ってなかったかい」
「うん。詳しく教えてほしいけど……今日は連れがいるから……」
お婆ちゃんにマジシャンの男の子を紹介すると、男の子は控えめに告げる。
「俺のことはいいから、君のお婆ちゃんの話を聞きなよ」
「でも、お婆ちゃんの話って長いんだよ」
「かまわないよ」
彼もなぜか聞きたがったので、結局私はお婆ちゃんの話を聞くことにした。
長時間立っていて疲れたのだろう。お婆ちゃんは寄り掛っていた木から離れると、近くにあるベンチに座った。
そして私たちもお婆ちゃんを囲むようにして座ると、お婆ちゃんはゆっくりと思い出を言葉に乗せた。
「実はね。お婆ちゃんには若い頃、小説家の恋人がいたんだよ。でも、安定しない仕事についている彼のことを家族に反対されてね。無理やり他の人と結婚させられそうになって……駆け落ちすることにしたの。でも、待ち合わせ場所にあの人は来なくて、その翌日……彼が死んだことを知らされたんだよ」
お婆ちゃんの突然の告白に驚いた私は、大きく見開くと——とっさに訊いていた。
「え? じゃあもしかして、お爺ちゃんとは無理やり結婚させられたの?」
「違うわよ。そのあとにまた恋愛して、今度は家族にも認められて結婚したのよ。……でもね、私が結婚して間もない時、町であの人の姿を見かけたの。だから……もしかしたら、死んだなんて嘘だったんじゃないかと思って」
「それでお婆ちゃんはその人を待ってるの? 生きてるかどうかもわからないのに?」
「そうだよ。毎年この時期になると、待ちたくなるのよ。あの時の気持ちが蘇って……」
「お爺ちゃんよりも好きなの?」
「ふふふ、心配しないで。私が一番大切なのはお爺ちゃんだよ。けど、あの人にどうしても言いたいことがあってね……」
「そっか……その人に、会えるといいね」
生きているかどうかもわからない人を待つなんて、バカバカしいかもしれないけど……いつまでも待つお婆ちゃんの姿が素敵に見えて、会えたらいいなと思った。
それにお婆ちゃんは待つのも楽しそうだし……私が邪魔しない方がいいかな?
なんて、そんなことを思っていると——ふいに、男の子が呟く。
「——結菜は変わらないね」
「え?」
まるで私のことを知っているくちぶりに、目を瞬かせていると、男の子は思い立ったように立ち上がって告げる。
「よし、じゃあ僕がその願いを叶えてあげるよ」
「どういうこと?」
「ちょっと来て」
「え、ちょ、ちょっと!」
男の子に手を引かれて、私はベンチの後ろにある茂みに回りこんだ。
直後、男の子は手のひらに黒いボールペンで何かを書き始める。
そして何かを書き終えた男の子は、手のひらに口付けをしながら囁いた。
「あなたに幸運を」
すると次の瞬間、辺りが真っ白な光に包まれたかと思えば——光は一瞬で消えた。
何が起きたのかわからなくて、私が瞠目する中、お婆ちゃんの方から小さな悲鳴があがる。
慌てて視線をやると、お婆ちゃんのベンチの前には、知らない男の人が立っていた。
三十代前半くらいだろうか? くたくたのシャツに紺のパンツを履いたその人は、お婆ちゃんを見てにっこりと笑っていた。
「——あなたなのですね?」
お婆ちゃんが震えた声で訊ねると、男の人は穏やかに笑って肯定する。
「君は、ずっと変わらないね」
「いいえ。私は老いてしまったわ」
「いや、君の心はずっと変わらない。透明な色をしているんだ」
「透明な色……?」
驚いた顔をするお婆ちゃん。
茂みで見守っていた私は、思わず男の子の袖を引っ張る。
「もしかして、本当に会えたわけじゃないよね?」
私が目をぱちぱちさせて訊くと、男の子は得意げに笑う。
男の子の笑みを意味深に思いながらも、私は再びお婆ちゃんに注目する。
お婆ちゃんはハンカチで目頭を押さえていた。
「ずっと、お会いしとうございました」
お婆ちゃんの言葉に、向かいにいる男の人は苦い笑みを浮かべた。
「君が幸せで良かった」
「私はあなたにずっと言いたいことがありました。私はあなたといて……幸せでした。ありがとうございました」
そんな風に言ってお婆ちゃんが笑うと、男の人は消えてしまった。
その後は、まるで何もなかったかのように、遊具で遊ぶ子供の声だけが響いた。
なんだか夢みたいだけど、泣いているお婆ちゃんを見たら、夢じゃないことを知る。
私は茂みに隠れたまま、マジシャンの男の子に訊ねる。
「今のはいったい何? どういうこと? あなたはいったい何者なの?」
「ふふふ……今のは『遠い日に会えなくなった恋人の本心を聞いちゃおう』っていう魔法だよ」
「魔法? あなた……魔法使いなの? 本当に?」
「君なら、信じてくれるよね?」
「よくわからないけど、あなたは私を知っているの?」
「それは内緒」
人差し指を口に押して当てて、綺麗に笑う男の子。
これが、私と彼との出会いだった。
40
あなたにおすすめの小説
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する
春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。
しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。
その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。
だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。
そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。
さて、アリスの運命はどうなるのか。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
幽霊じゃありません!足だってありますから‼
かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。
断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど
※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。
【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢
かずえ
恋愛
第一王子は、常に毒を盛られ、すっかり生きることに疲れていた。子爵令嬢は目が悪く、日常生活にも支障が出るほどであったが、育児放棄され、とにかく日々を送ることに必死だった。
12歳で出会った二人は、大人になることを目標に、協力しあう契約を交わす。
悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜
見丘ユタ
恋愛
意地悪な双子の姉に聖女迫害の罪をなすりつけられた伯爵令嬢リーゼロッテは、罰として追放同然の扱いを受け、偏屈な辺境伯ユリウスの家事使用人として過ごすことになる。
ユリウスに仕えた使用人は、十日もたずに次々と辞めさせられるという噂に、家族や婚約者に捨てられ他に行き場のない彼女は戦々恐々とするが……彼女を出迎えたのは自称当主の少年だった。
想像とは全く違う毎日にリーゼロッテは戸惑う。「なんだか大切にされていませんか……?」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる