アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

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第一章

9.状況に慣れるものである

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「ちょっと! 見て見て、この子すごいわ~」

 大地でバスケットボールのように弾んで跳ぶ巨大なカエル。その背中に乗った私は、遠くに立つジンテール王子に手を振った。

 え? カエルに乗って落ちないかって? それは大丈夫! 

 しっかりと首にくくりつけた巨大バンダナに埋もれるようにして捕まっているから、放り出されるようなことはなかった。

 ちなみにバンダナは王城で使われている花刺繍のカーテンを改造したものだった。

「珍獣がカエルの背中に乗るなんて、なかなか面白い状況だ」
 
 しゃがんだカエルの背から滑り降りると、ジンテール王子が私の元にやってくる。

 ジンテール王子のペットである巨大カエルの暴走でどうなることかと思ったけど、私の破壊的な歌声で大人しくなったカエルに、すっかり懐かれてしまったのである。

 最初はちょっと怖かったりもしたけど、よく見ると可愛い顔してるのよね。

 それにヌメヌメしてそうだと思った体皮は、意外にもプニプニしてて柔らかくって触り心地も良かった。

 ジンテール王子から逃げる時の足代わりにもなるかもしれないし、手懐けておくに越したことはないだろう。

 そう思って、カエルと友好を深めてみたわけだけど、これが案外楽しかった。
 
 この悪役令嬢の夢の中で楽しいと思ったのは初めてかもしれない。

 私はカエルの背から降りると、いかに楽しかったかをジンテール王子に報告した。だって、他に言える相手もいなかったし。どうせならゴォフが良かったけど、ゴォフは城の手伝いをするとか言って、ついて来てくれなかったのよね。

 そんな感じで、なんだかんだジンテール王子にもこの状況にも慣れ始めていた私だけど、一つだけ引っかかることがあった。

「そういえば、誰がカエルに矢を放ったりしたんだろう? 普通、王子のペットにそんなことできる?」

 私が呟くように言うと、ジンテール王子はカエルの膝を撫でながら答える。

「おそらく、グクイエのやつだろう」

「グクイエ……殿下って、私の部屋に来た——じゃなくて、回廊で会った弟王子さん?」

「部屋に来た?」

「いえ、こっちの話です。それより、どうしてグクイエ殿下がジンテール殿下のカエルに矢なんて? 証拠はあるんですか?」

「さきほどカエルから取り除いた矢に、グクイエの印がついていたんだ」

「グクイエ殿下の?」

 ジンテール王子が差し出した一本の矢。それを見ようと近づくと、ジンテール王子から甘い香りがして、くらりときてしまった。けど、そんなことは悟らせないように、しっかりとした口調で告げる。

「これが、グクイエ殿下の印なんですか?」

「ああ、俺たち王子にはそれぞれ所有物に印がつけてあるんだ。花弁が五枚ついたこの花は、アクアラという花だ。グクイエで間違いないだろう」

「……この印、どこかで見たことあるような」

「どういうことだ?」

「いえ、きっと見間違いかもしれません」

「……とにかく、グクイエにはあとでしっかり叱りつけておかなくては。第二王子が第一王子の所有物に傷をつけるということは、王位争いにもつながりかねない」

「王位争い? そっか、宣戦布告みたいに見えますもんね。第二王子が第一王子に喧嘩を売るってことは、王位を略奪したい意志の主張になるのかな?」

「そういうことだ」

 ジンテール王子が私の頭を優しく撫でた。

 その行動にぎょっとする私だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。まるでお父さんに撫でられてるみたいな——そんな感じ。

 ていうか、こんなことで絆されてたらダメよね。

 私はなんとしてでもここから逃げなくては……!!

 でもここから逃げたところで、私には行く場所もないんだけど。

 だったらいっそイケメン王子のペットとして生涯を送ったほうが幸せなのかな? どうせ夢の中だし。

 私が色々と考えていると、そのうちジンテール王子が私の額を指で弾く。

 デコピンというやつだ。

「ちょっと何するんですか!」

「お前は何を考えているんだ?」

「もちろん、ここから逃げる方法ですよ」

「逃げてどうする? 王宮にいれば、俺がお前を守ってやれるぞ」

 私の髪の毛をすくって口元に寄せる王子様。

 なにその行動! 誤解されるようなことをするのはやめてほしい。好かれていると勘違いしてしまうじゃないの。

 私は慌てて王子の手を振り払う。

「カエルに名前はあるんですか?」

 照れ隠しで思わずそんなことを言ってしまった私に、ジンテール王子は綺麗な顔で破顔する。

 もう、この王子様は! 見た目だけは良いんだから。

「カエルはカエルだ。他に名前など必要か?」

「それなら、あなたにも人間以外の呼び方は必要ないということですか?」

「やはり面白いな、ケイラは——だったら、お前が名前をつけてくれないか?」

「私が?」
 
「ああ。カエルも私以上にお前に懐いているようだ」

「そうですね。だったら、カエルのルーちゃんでどうでしょう?」

「ルー?」

「安直かしら? この世界の国の名前は、フルーツでできているでしょう? カレーのルーにはフルーツが合うじゃないですか」

「お前の理屈は全くわからないが、お前が良いと言うのなら、そうしよう」

「ありがとうございます、殿下」

「ルー、お前の名前は今日からルーだ。わかったか?」

 ジンテール王子がカエルの膝を撫でながら告げると、ルーがゲコっと鳴いた。





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