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第一章
8.本物のペット
しおりを挟む「ジンテール王子のこと聞きたかったのに……」
自分が連れて来られた理由はおおよそわかったもの、今後自分がどうなるのかが気になっていた。
ジンテール王子が珍しい生き物の収集家ってことは、観察でもされるのだろうか?
なんて思っていると、今度はジンテール王子その人がやってくる。
「ケイラ!」
見た目だけは美しいその人が現れると、侍女たちがいっせいに頬を赤らめて去っていった。残された私は、ジンテール王子を睨みつける。
「ジンテール殿下……で呼び方あってるわよね?」
「どうしたんだ、ケイラ。何か必要なものがあれば、なんでも言ってくれ」
「私を解放してください」
「それは嫌だ」
「どうして!? 私なんてそこらへんにいるただの女ですよ! 決して珍しい生き物ではありません」
「そんなことはない。普通の女性なら王子に噛み付いたり、歌声で山賊を撃退したりはしない」
「ちょっと粗野なだけです! 早くこの首輪を外してください!」
「そんなに首輪が嫌なら、腕輪にするか?」
「そういう問題じゃありません!」
「それよりも、お前に見せたいものがあるんだ。こっちに来い」
「え、あ、ちょ! ちょっと!」
なんてマイペースな王子様なのだろう。
ジンテール王子は私の手を引いて歩き出すと、長い回廊を通って庭に出る。
すると、さらに広大な迷園を抜けて、城門も抜けたかと思えば、そのまま森の中に入って、さんざん歩かされた。
途中から引きずられるようにして歩いた私は、森の奥深くへと誘われると、大きな木造の建物の前に連れて行かれた。ログハウスというには、巨大すぎる建物だ。目的地はどうやら、その建物のようだった。
「ぜぇ……ぜぇ……この距離なら、普通は馬車とか馬とか使いません?」
三十分くらい歩かされた私は、肩で息をしながら抗議の目をジンテール王子に向ける。
けど、ジンテール王子の方は気にしない様子で、話を進めた。
「ケイラに会わせたいやつがいるんだ」
「私に会わせたい人?」
「ああ。お前にそっくりな生き物だ」
「なんだか嫌な予感しかしないけど、どういう方ですか?」
「ちょっと待っていろ」
言って、ジンテール王子はログハウスの中へと入っていった。すると、地響きのような雄叫びが聞こえた。
ますます嫌な予感が深まる中、ジンテール王子がログハウスから出てくる。その手には、ロープのようなものが握られていた。
そしてジンテール王子がロープをひっぱると、ズシッズシッと重い足音が聞こえてくる。現れたのは、三メートルはある巨大ガエルだった。
「これって……カエル?」
「ああ、よく知っているな。見たことがあるのか?」
「こんな大きなカエルは見たことないけど——ていうか、私に似てる人って、これのこと!?」
「ああ、似ているだろう。顔つきなんてソックリじゃないか」
「どこがですか!?」
「お前たちなら、きっと気が合うと思ったんだが」
カエルは私のところにやってくると、丸い目でじっと私を見下ろした。
その迫力たるや……動物園のコブラなんて比じゃなかった。
しかもカエルに似ていると言われて、私は複雑な心境だった。
「あの……食べないでくださいね?」
内心ガクプルでカエルを見上げていると、そのうちカエルは長い舌で私の顔をぺろりと舐め上げた。
その瞬間、私は身震いをする。
なんてリアルな夢なんだろう。カエルの舌は、生暖かかった。
「おお、やはり同類なだけあって、気に入られたようだな。よし、ついでにこのまま城下へ——」
————と、その時。
突然カエルがゲコッと声をあげたかと思えば——吸盤のついた手で、その辺の木を薙ぎ倒し始めた。
全身が赤く染まったカエルは、まるで怒り狂ったかのように暴れ始めたのだった。
「何が起きてるの!?」
「おかしい。いつもはおとなしいカエルが、なぜ?」
すかさず木の上に退避した私とジンテール王子は、転げ回るカエルを呆然と見つめていた。
すると、カエルが背中を向けた途端、私はあるものを発見する。
「あ、もしかしてあそこ!」
「なんだ?」
「カエルのお尻を見てください。矢が刺さってます」
「なんだって!?」
私が指摘すると、ジンテール王子は青ざめる。
「まずい。カエルは痛みに弱いんだ。このまま暴れ回れば、城を壊しかねない」
「ここなら、城には届かないんじゃ?」
「とにかく、魔法で眠らせて——」
ジンテール王子は何か呪文を唱え始める。
けど、カエルは体を丸めると、そのままボーリングの球のように回転し始める。
「きゃあああ! こっちに来ないで!」
「ケイラ!」
私たちのいる木に向かってカエルボールが突進してくるのを見て——ジンテール王子は慌てて私をお姫様抱っこして、木から飛び降りた。
その直後、さっきまで私が座っていた木も、カエルボールに薙ぎ倒される。
「私があそこにいたら、死んでたかも」
「まずい、城に向かい始めた」
木々を倒して真っ直ぐ進むカエルボールを見て、ジンテール王子は唇を噛む。
「このままじゃ、魔法の詠唱も間に合わない」
「え? 魔法の詠唱?」
「説明する暇もない」
「じゃあ、この首輪を外してください」
「なんだと!?」
「私の歌で止めてみせますから!」
「だが、首輪を外せば——」
「私はまだ逃げません。だから、首輪を外してください。城にはたくさんの人がいるんでしょう? 考える時間なんてないですよね」
「わかった」
ジンテール王子は頷いた後、私の額にキスを落とす。すると、首輪は弾けて消えた。
それから地面におろされた私は、大きく息を吸い込んで、歌を吐き出した。
今日も絶好調の歌声だった。
ダミ声は空に雷鳴を轟かせ、木々を震わせた。
自分で言うのもなんだけど、なんてひどい歌声だろう。
私の歌は、嵐さえ呼べる気がした。
そして大地を震わせるほどの歌声はカエルにも響いたらしく。そこらじゅうで暴れていたカエルは一度立ち上がると、大きな音を立てて倒れたのだった。
仰向けで白目を剥いたカエルを見て、ほっと息を吐く私。
「ジンテール王子、やりましたよ!」
振り返ると、素敵な顔で微笑むジンテール王子の姿があった。
その心が震えるほど美しい立ち姿を見て、ふと思う。
————あれ? ジンテール王子は歌を聴いてなかったのかな?
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