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第一章
7.弟王子
しおりを挟む「ケイラ、君はどうしてケイラなんだ」
甘く囁く声は透き通っていて、耳の奥をとろかされてしまいそうになる。
しかも素敵なのは声だけじゃなくて、その容姿も芸術品のように美しかった。
そんな完璧の逸品ともいえる彼が、王子様だなんて——神は公平という言葉を知らないのだろうか。
そして彼の差し出した手を取った私は、まるでお姫様みたいに綺麗な衣装を纏っていた。
「ジンテール様、あなた様はどうしてジンテール様なのですか?」
私は切ない気持ちをぶつけるように王子様を見つめていた。
この王子様となら、きっとどこへでも行くことができる。そんな気がしていた。
おかしいよね。会ったばかりでこんなことを思うなんて。
けど、現実はそう甘くはなかった。
王子様をほれぼれとした目で見ていた私の首元で、突然ガシャンと金属音がしたかと思えば、黒い首輪が出現する。
「え? 王子様? これはいったい——」
「捕まえたよ、私の可愛いケイラ!」
何が何だかわからず瞠目する私に、今度はやや幼い顔をした青年——グクイエ王子が告げる。
「あれ? 知らなかったの? うちの兄さんは珍しい生き物の収集家なんだよ」
「ええ!?」
高笑いをするジンテール王子の声。
世界の全てがガラスとなって砕け散る中、私は汗だくで夢から目を覚ましたのだった。
***
「——ケイラ様、大丈夫ですか? ケイラ様!」
目を覚ました時、知らない天蓋付きの真っ白なベッドの上にいた。そしてすぐ傍には、スーツを着たマッシュショートヘアの青年が立っていて、心配そうに私を覗き込んでいた。
「あ……あなた、確か……ゴォフ?」
夢から醒めたと思えば、まだ夢は続いているらしい。豪華な調度品に包まれた見慣れない部屋を見て、私は盛大なため息を落とした。
「なんなのよ。これってまだ悪役令嬢の夢の続きなの?」
「夢ではありませんよ、お嬢様」
そう告げたのは、従僕のゴォフだった。
レディの部屋に男がいるなんてどうかと思うけど、顔見知りがいることで逆に安心してしまった。
悪役令嬢が大嫌いな私が、悪役令嬢になって国外追放されて、さらには隣国の王子に捕まるという謎の夢を見たのは覚えていた。だがまさか、夢が続いているとは誰が思うだろうか。
「レディの部屋に勝手に入ってくるなんて非常識じゃない?」
「私は退出しても構いませんが、お嬢様の方が困るのではありませんか?」
「何がよ」
「まだお嬢様にはこの世界の知識がないのでしょう?」
「そんなの、夢だからどうにでもなるわよ」
「まだ夢だとお思いなのですか?」
「当たり前でしょ? 私が悪役令嬢になるなんて、そんなこと——天地がひっくり返ってもありえないことよ」
「まあ、転生自体、普通ではあり得ないことですからね。お気持ちはわかります。ですが、このままあの王子のペットになっても良いのですか?」
「あの王子? ペット?」
「珍しい生き物収集家のジンテール王子ですよ。捕まって首輪をつけられたでしょう?」
「ああ、そうだった」
「早く逃げないと、何をされるかわかりま——」
その時だった。
大きなドアが勢いよく開いたと思ったら、使用人のドレスを着た女の人たちがわらわらと部屋に入ってくる。
「え? なに?」
私が狼狽える中、一番恰幅の良い女性が、私に向かって挨拶をした。
「お初にお目にかかります、ケイラ様。私はこの城の侍女長を務めるリビでございます。これから湯浴みの準備をさせていただきます」
「え? 湯浴み? ちょ、ちょっと——」
私が狼狽えている間にも、ゴォフは部屋の外に放り出され、私は服を脱がされる。他人に体を洗われるなんて、幼稚園以来だけど、恥ずかしがる間もなく、私は隅々まで綺麗にされて、新しいドレスを着せられたのだった。
そしてお姫様のように美しく仕立て上げられた私を見て、リビは満足したように笑った。
「ジンテール殿下が女性をお連れになるなんて、こんな嬉しいことはございません。こんなことを私めが申し上げるのもどうかと思いますが……どうか、お早いうちにお世継ぎをお願いいたします」
「よ、世継ぎ!?」
私が驚いて目をむいていると、近くから大きな笑い声が聞こえた。
「アハハ! すっかり勘違いされてるね、お嬢さん」
現れたのは、幼い顔をした美青年だった。先日、ジンテール王子が珍しい生き物の収集家だということを教えてくれた人だ。
しっかりとした体格のわりに、とても可愛い顔をした男の人だったけど、その顔は面白いものを見に来たという雰囲気だった。
「グクイエ殿下! こちらはジンテール殿下の大切なお嬢様のお部屋ですよ! 簡単に入ってはなりません」
リビが怒り気味に告げると、グクイエと呼ばれた王子様ルックは、またもや吹き出す。そして私の元にゆっくりとやってきた。
「こんなに可愛いお嬢さんなのに、ジンテール兄さんのペットだなんて勿体ないね」
「グクイエ殿下!」
「はいはい、わかってるよ。すぐに去るから、ここに来たこと兄さんには言わないでね」
「当たり前です! 大切な女性の寝所にグクイエ殿下が来たとなれば、いくらお優しいジンテール殿下でも不快に思われるでしょう」
「じゃあね、ケイラ嬢」
「え、あ、ちょっと」
結局、私は話しかけるタイミングを逃したまま、グクイエ王子は去っていった。
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