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第一章
12.大司教
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「それで、今日はどこに行くんですか?」
「君には大司教に会ってもらおうと思って」
「大司教?」
「ああ、この国の頭とも言える存在だ」
「え? でも国のトップと言えば、国王陛下じゃないんですか?」
「確かにこの国は国王が治めているが、民を動かすのはいつの時代も宗教だからな。もし宗教上の頭である大司教が民を扇動して王城に攻め入れば、ひとたまりもないだろうな」
「じゃあ、国王と敵対する存在ということですか?」
「そういうわけでもない。大司教は神が定めた人格者だからな。無益な争いは好まないんだ」
「神が定めるんですか?」
「ああ。民の上に立つからには、ただの人間であってはならないんだ」
「ただの人間ではないってどういうことですか?」
「それは、会ってみればわかるさ」
「……はあ」
ジンテール王子の説明はわかるようでわからなかったけど、とりあえず納得するふりをした。だって、興味のない話をいくら聞かされてもきっと頭には入ってこないと思うから。聞いたところで仕方ないよね。
そんな感じで長い時間、馬車に揺られて連れて行かれたのは、巨大な石造の神殿だった。
床も柱も真っ白な空間の中央には、川がひかれていて、その川に沿って奥に進むと、噴水があって、引きずるほど長い白髪の女の人が立っていた。
巨大な女性の像に向かって祈りを捧げていたその人は、私が部屋に踏み入った瞬間、こちらを振り返る。
そして女の人は、ジンテール王子を前にして膝を折った。
「ようこそお越しくださいました。ジンテール王子殿下」
「堅苦しい挨拶は抜きだ、大司教。今日は私用だからな」
「私用でございますか?」
「紹介したい生き物がいるんだ」
ジンテール王子の言い方!
これでも同じ生き物なんだから、せめて女性と言ってくれないかな——なんて、私が呆れた目を向けていると、大司教と呼ばれたその人は私をじっと見つめた。
「こちらの方はもしや……ジンテール様の良いお方ですか? 良かったですね。これで我が国も安泰です」
「いや、私のペットだ」
「ペットですって?」
「ああ」
「いくらジンテール様でも、女性をペット呼ばわりするなんてよくないですよ」
「なら、他にどう呼べばいいんだ? こんなに面白い生き物は他にいないぞ」
「ちょっと! だから、その紹介の仕方やめてください」
私が口を出すと、長い髪の女の人はハッとした顔をする。そして私の右手を、その人は両手で包み込んだ。
「な、なんですか?」
「あなたはとても珍しいオーラをしていますね」
近くで見ると、とても背の高い人だった。手も大きいし、まるで男の人みたいな——って、まさか?
「こらこら、女性をペット呼ばわりするなと言いながら、女性に対して慎みがないな」
「申し訳ありません、ジンテール様の大切な御方に」
「大切といえば、大切だな。こいつはキウイ王国の侯爵令嬢だが、王太子に国外追放されてな。山賊に襲われそうになっていたところを拾ってきたんだ」
「侯爵家といえば、キウイ王国の要みたいなものではありませんか。キウイ王国の王太子も何をお考えなのか……」
「だろう?」
「しかし、この方がここにいることで、余計な火種を生まなければ良いのですが」
「それは覚悟していることだ」
「そこまでして手に入れたかったのですね?」
二人が私の話をしているのはわかったけど、話の内容が全く見えなくてやや不貞腐れていると、そのうち私の手を握っていた人が自己紹介を始めた。
「私はこのグレープ王国の大司教を担っております、ゴリランです。どうぞお見知り置きを」
「……はあ。大司教様」
「ゴリランとお呼びください。傾国の姫君」
「もしかして、男性……なんですか?」
「どちらだと思いますか?」
ゴリラン大司教は試すように告げるけど、私にはわからないし——その辺デリケートな問題だと見て、あえて答えるのをやめた。
「ケイラ様は面白い方ですね。たいていはどちらかハッキリさせようと思う人がほとんどですが」
「そうなんですか?」
「ええ。どちらでもいいですよね?」
「はあ」
「本当に面白い生き物を見つけましたね、ジンテール様」
「だろう?」
大司教にまで面白い生き物認定されるなんて、私はいったい何者なんだろう。やっぱり、異世界とは価値観が違うせいだろうか? きっと日本ではどこにでもいる人間でも、この世界では異端児に思われるんだ。
でなければ、私みたいな凡庸な人間が面白いなんて、言われるはずがないし。
そう、私はずっと平凡な執筆家と呼ばれていたのだから。
過去作のアクセス数伸び悩みや、職場での扱いを思い出してため息を吐いていると、そんな時、どこからともなく足音が聞こえてくる。
なだれ込むように部屋に入ってきたのは、真っ白な衣装を着たスキンヘッドの男たちだった。
「ゴリラン様! 大変です!」
「どうしました?」
「実は、王城に兵が押し寄せておりまして」
「なんですって!? どの国の旗ですか?」
「それが、キウイ王国の聖女の紋章らしく——」
「聖女ですって!?」
ゴリラン大司教が目を細める中、ジンテール王子がスキンヘッドの男に詰め寄る。その顔はとんでもなく怒った顔をしていた。
「おい、今の話は本当か? 聖女が兵を率いてきた、だと?」
「ど、どうやら姿隠しの魔法で忍びこんできたようです」
「姿隠しの魔法?」
誰となく訊ねると、大司教が教えてくれた。
「姿隠しの魔法とは、文字通り、姿を消す魔法です。キウイ王国は我が国と同じで、魔法が発達しておりまして。これまで侵略地を広げてこられたのはその魔法技術のおかげです」
「魔法って……姿を隠して忍び込んできたってこと?」
「そういうことだ」
「あ! ちょっと!」
ジンテール王子はそう言うと、私を置いて神殿を飛び出したのだった。
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