アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話

悠木全(#zen)

文字の大きさ
13 / 80
第一章

13.侵略

しおりを挟む


「置いていかれちゃった」

 ジンテール王子が飛び出したあと、広い石造りの神殿には、駆ける音がいつまでも響いた。

 白装束を纏ったスキンヘッドの人たちもジンテール王子を追って出て行ったので、神殿に残ったのは、私とゴリラン大司教だけだった。
 
 それよりも、これから私はどうすればいいのだろう。

 いっそこのまま逃げてしまえば——なんて、私が逃げる算段を考えていると、そのうちゴリラン大司教が沈黙を破った。

「ケイラ様はジンテール様のことをどうお思いですか?」

「なんですかいきなり!?」

 中性的な美しい顔に見つめられて、私は思わず視線を外した。性別はわからないけど、綺麗な人にじっと見られるのは慣れないものである。

 私が口籠もっていると、ゴリラン大司教は勝手に喋り始めた。

「ご存知かと思いますが、この世界には一つの国に必ず一人の聖女が存在します。聖女の始祖アコリーヌ様が世界に聖女の種を撒いたことで、人から厄災を遠ざけてきました」

「なんの話ですか?」

「まあ、聞いてください。——しかし、ある時期を境に爆発的に聖女が増えたことで、一つの国に複数の聖女が存在するようになり、国王は聖女の数を国力だと勘違いするようになったのです。すっかり政治の道具と化した聖女でしたが、民の未来を憂いた聖女は反乱を起こしました。そして圧倒的な神聖力を持つ聖女にただの人間が勝てるわけもなく、各国の王は聖女に屈しました」

「聖女に屈したってことは、聖女が王様になったってこと?」

「皮肉なことに、政治の道具とされるのが嫌で反乱を起こした聖女たちですが、聖女が国を掌握することによって、聖女が国力そのものになったのです」

「聖女がトップになったのなら、国交も平和になりそうね」

「それが、そうでもありません。聖女は確かに人格者ではありますが、慈愛だけで国を動かすことはできません。それを聖女もわかったようでして、結局聖女たちは、政権を王族に返したのです」

「何それ。結局、国のトップは国王に戻ったってこと?」

「はい」

「じゃあ、聖女の反乱は意味なかったの?」

「そうでもありません。聖女が奮起したことで、国王も敵にまわしてはいけない存在だと認識しました。ですから、国力が聖女そのものであることには変わりません」

「聖女は触れてはいけない抑止力ってことね」

「そうです」

「で、私にこの話をする意味は?」

「ジンテール様のことです。王城に向かったということは、最強の兵器とも言える、聖女と戦うことになるでしょう。ジンテール様はもう帰ってこない可能性もあります……あなたはどうなさいますか?」

「もちろん、逃げるに決まってるけど」

「そうですよね……」

「ジンテール殿下って、しぶとそうだし……大丈夫だと思うけど。私はこれ以上ジンテール殿下に振り回されたくないのよ」

「あの方は、お優しいお方だ。決して女性をペットにするなど、人の尊厳を踏みにじるようなことはしないでしょう」

「でも現に、私は尊厳を踏みにじられてるんですけど?」

「それにはきっと事情がおありなのです。ですが、これだけはわかってください。あなたはきっと、ジンテール様にとって光にもなれる存在なのです」

「意味がわかりません」

「あなたがまっすぐ進むなら、封印など必要ないかもしれませんね」

「封印? なんのこと? やっぱりよくわからないわ」

「王族と聖女の恋はいつの時代も叶わぬものですが、今のあなたでしたら——」

「聖女? なんの話?」

「おっと、ここが見つかってしまったようですね」

 その時だった。

 複数の足音が、神殿にわらわらとやってくるのが聞こえた。足音は私やゴリラン大司教のいる部屋に入って来るなり、ピタリと止まる。

 見れば、旗を掲げた兵士たちだった。

 ゴリラン大司教は真剣な顔をこちらに向ける。

「早くお逃げください、ケイラ様」

「もちろん、あなたも一緒にね!」

 私はゴリラン大司教に声をかけると、神殿のさらに奥へと進んだ。

 すると、背後から兵士の攻撃が飛んできて、至るところに矢が落ちるのが見えたけど、決して振り向いたりはしなかった。

「こちらです!」

 走ってる途中で、ゴリラン大司教に手を引かれた私は、連れていかれるがままに神殿の奥を進んだ。まるで迷路のようだった。

 きっと襲撃されることを見越して造られた場所に違いない。いくつも分かれる狭い道は、行き止まりも多数あるという。そんな入り組んだ道をまっすぐ進むと、そのうち森の中に出た。

 外の空気は、やけに焦げついた臭いがした。

「これは何? 火事なの?」

「兵士があちこちに火を放ったようですね」

「さっきの人たち、キウイ王国の兵士なのよね? どうしてこんなことをするの?」

「それはもちろん、侵略のため——と言いたいところですが、もしかしたら、他に狙いがあるのかもしれません」

「狙い?」

「キウイ王国の聖女が何をお考えなのかはわかりませんが、聖女が自ら旗を立てるなど、昨今の情勢ではありえないことですからね」

「国王に政権を返したって話?」

「ええ。あなたはこのまま国外に逃げた方が良いかもしれませんね」

「……え?」

「今なら、ジンテール王子から逃げられますよ」

「ちょっと待って! 逃げるのはいいんだけど、城にゴォフがいるのよね」

「ゴォフですって!?」

「どうかしましたか?」

「それは人の名前なのですか?」

「ええ、そうですけど」

「……そうですか。やはりあなたは……」

 ゴリラン大司教はゴォフという名前を聞いて、えらく驚いていたけど、そのうち顔つきを変えて私に告げる。

「そのゴォフ様をお連れになりたいのなら、一度王城に行ってみますか? 戦に巻き込まれるかと思いますが」

「……だったら、やっぱりこのまま逃げます。(ゴォフごめん)」

「でしたら、馬をお出ししましょう」

「え、乗馬とかできません」

「では、近くの小屋に潜伏していただいて、頃合いを見て馬車で迎えに行きます」

「は、はい」

 それからゴリラン大司教は山奥の小屋に案内してくれた。小屋には魔法がかけられているから、他の人には見えないらしい。

 私は小屋の中でひたすらゴリラン大司教が戻ってくるのを待った。

 けど——。

「外が気になるなぁ。そういえば、ジンテール殿下は大丈夫なのかな? 捕まったりしてないかな?」

 私は暖炉に薪をくべながらため息を吐く。

 夢の中なのに、何をやっているんだろう。夢なら何をしたって死にはしないだろうし。別にこうやって待たなくったっていいよね。
 
 ————なら、ちょっと外の様子を見に行ってみようかな?

 そんな風に思い立ってドアから出ようとしたその時、トントンとドアを叩く音がした。

「あれ? この小屋って、魔法がかかっているから、他の人には見えないんじゃ?」

 おそるおそるドアを開けてみると、外にはなぜかゴォフが立っていた。

しおりを挟む
感想 101

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界もふもふ死にかけライフ☆異世界転移して毛玉な呪いにかけられたら、凶相騎士団長様に拾われました。

和島逆
恋愛
社会人一年目、休日の山登り中に事故に遭った私は、気づけばひとり見知らぬ森の中にいた。そしてなぜか、姿がもふもふな小動物に変わっていて……? しかも早速モンスターっぽい何かに襲われて死にかけてるし! 危ういところを助けてくれたのは、大剣をたずさえた無愛想な大男。 彼の緋色の瞳は、どうやらこの世界では凶相と言われるらしい。でもでも、地位は高い騎士団長様。 頼む騎士様、どうか私を保護してください! あれ、でもこの人なんか怖くない? 心臓がバクバクして止まらないし、なんなら息も苦しいし……? どうやら私は恐怖耐性のなさすぎる聖獣に変身してしまったらしい。いや恐怖だけで死ぬってどんだけよ! 人間に戻るためには騎士団長の助けを借りるしかない。でも騎士団長の側にいると死にかける! ……うん、詰んだ。 ★「小説家になろう」先行投稿中です★

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

処理中です...