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第一章
17.聖なる扉が開いた時
しおりを挟むどうせ夢なんだし、自分の思う通りにしたっていいじゃない。
私には怖いものなんてないはずなんだから。
大勢の兵士たちを魔法で迎え撃つジンテール王子は、善戦していたけど、それでも多勢に無勢なのはあきらかだった。
「平和にあぐらをかいて、衛兵の数を減らしたのがよくなかったんだ。だから僕はあれほど国王陛下に進言したのに……」
グクイエ王子は剣を手に、小さくこぼした。
「心配しなくても大丈夫。私がいるって言ったでしょう? これは私の夢なんだから、キウイ聖女の思い通りになんかさせない」
「どうするの?」
「私にできることは一つしかないわ。ねぇ、それより。グクイエ殿下は魔法で音を大きくしたりできないの?」
「できないことは……ないけど」
「なら、お願い。私はこれから歌うから、ここにいる全ての人たちに声を届けてほしいの。あ、でもグクイエ殿下は耳を塞いでね」
「そんなことをしてなんになるの?」
「迷う暇があったら行動しなさいよ」
「僕は王子だぞ……!」
「だから何よ。今はできることをやるのが大切でしょ?」
「——わかった」
「じゃあ、歌うわよ」
それから私は、大きく息を吸って吐き出すと同時に、ダミ声を爆発させた。
どうせやるなら、喉が壊れるまで歌ってやる——そんな気持ちで、私は最悪の歌声を披露した。
すると、キウイ王国の兵士たちは、もがき苦しみ、その場にのたうち回った。
どれだけひどい歌なんだろう。自分でも呆れてしまうけど、自分の声が武器になるなんて、素敵だと思ったのは、これが初めてだった。
そうよ。武器になるなら、使わないものはないわ。
敵なんて、みんなぶっとばしてやるんだから!
——けど、聖女がまた邪魔をした。
長い杖を掲げた聖女が光を放つと、兵士たちが回復してゆく。私の歌を無効化したようだった。だからといって私もここで負けられるはずもないし、私は歌うのをやめなかった。
私が歌う度に、石造りの床にヒビが入り、通りすがりの鳥が落ちていった。
最初は対抗していた聖女も、辛くなってきたのだろう。苦々しい顔をして、長い杖を何度も掲げた。その度に兵士は元気になるけど、こっちも負けじと歌って——を繰り返し、とうとう私は血を吐いて倒れた。
「ケイラ!」
ジンテール王子が、魔法で防御をしながら、こちらに駆け寄ってくる。
なんでだろう、すごく喉が痛い。でも悔しい。こんなところで終わるとか、悪夢にしかならないじゃない。そんなの、私が許せない。
大嫌いな悪役令嬢の世界で、ただ死ぬだけなんて——つまんないってもんじゃないわよ。どうせなら、この悪役令嬢の役をぶっ壊してやろうじゃないの!
私は再び立ち上がる。
「ケイラ! もうやめろ! もういい!」
ジンテール王子が悲壮な顔をして私を抱きしめる。けど、私はそんなジンテール王子の胸板を押し返した。
「どいて! 邪魔よ」
そして息を吸って吐いたその時、目の前にゴォフが現れる。
「ケイラ嬢」
「なによ、なんでこのタイミングであなたが現れるの?」
「君はどうしてもこの国を救いたいんだね」
「私は国が救いたいんじゃないわ。あの聖女のやることが気にいらないだけよ!」
「そうか。その強い意志——君ならきっと——」
ゴォフは何かを言いかけて、まるで泡のように消えた。そして声だけが天井でこだまする。
————歌って、ケイラ————と。
「言われなくても歌うわよ」
私はまたもや大きく息を吸って吐くと同時に、声を吐き出した。
けど、今度の声はいつもと違っていて——美しい声が響いた。
透き通るような高い声は、広間を包み込み、そして魔法を使わなくても皆の耳に届いたようで、兵士たちは次々と剣を落としてゆく。
気づくとその場にいた全ての兵士たちが涙を流して、私の歌を聴いていた。
キウイ王国の聖女もまた、涙をこぼしながら呆然と立ち尽くしている。
なんだろう。この感じ。
胸が————熱い。
私自身も感極まる中、私の歌声が響く広間は、いつの間にか戦うことを忘れているようだった。
そして、私が歌い終えた時——みんな私の前で跪いていた。
「……偉大なる聖女よ」
兵士の一人が、震える声で告げた。
「え? なに? 何が起きたの?」
何がなんだかわからず、私が目を瞬かせていると、キウイ王国の聖女が口を開いた。
「戦を鎮めるその声は、アコリーヌ様の直系聖女のみが受け継ぐもの。あなたは偉大なる聖女そのもの」
「偉大なる聖女? なにそれ。それよりも、これ以上戦うつもりなら、私はまだ歌いますからね!」
「もうけっこうでございます。私たちはすっかり戦意を失いました。偉大なる聖女の歌は、大切なもの、優しい時間を思い出させてくださいました。これ以上戦をして、無意味な血を流そうものなら、今度は私が止めましょう」
「ということは、もう撤退してくれるということ?」
「はい。私は自分の罪を悔いております。聖女の名に背いてこのような悪しき所業に走るなど、この命をもって償うほか——」
聖女はその場で懐剣を取り出すと、自分の胸に剣を突き立てようとする。
私は慌てて聖女から短剣を奪い取った。
「戦争をやめてくれるならいいから! あなたの罪は——私が不問にできるわけじゃないけど、きっと聖女様ということでグレープ国王も温情を与えてくださるに違いないわ」
「ああ、なんとお優しき聖女様。わたくしはきっと罪を償って参ります」
「……はあ」
さっきまでとはまるで別人のように改心(?)したキウイ王国の聖女を見て、グクイエ王子は脱力し、ジンテール王子はなぜか笑い出したのだった。
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