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第一章
16.二人の聖女
しおりを挟むそして私は聖女の衣装を借りて、カエルで城に突入したわけだけど——これはどういう状況なのだろう。
よぼよぼの国王陛下が、白い装束の女性に向かって歩いていて、ジンテール王子とグクイエ王子が国王陛下に手を伸ばしたまま固まっていた。
まるで動けないみたいに。
「あなたはいったい——」
白い装束を着た女性が、私を見て眉を顰める。きっと彼女がキウイ王国の聖女なのだろう。
どこかで見たことのある顔だけど、その時はすぐに思い出せなかった。
けど、カエルから降りた私を見て、聖女は驚いた顔をする。
「あなたは……ケイラ様?」
「なんのことでしょうか」
「あなた、ケイラ様ですわよね?」
聖女は顔を輝かせて何度も私の名前を呼んだ。
そういえば、この人……キウイ王国の王子に罵倒された時、私を助けようとしてくれた人じゃない? メラニンって言ったよね?
……ていうか、顔見知りがいたら、私の計画が丸潰れじゃん。
でも、ここで退いたら、グレープ王国がヤバいもんね。やっぱり私が出るしかないわよね。
「人違いです。それより、これはどういうことですか?」
「なんのことですか?」
「聖女が戦争を起こすなんて、とんでもないです」
「グレープ王国が聖女を盗みさえしなければ、こんなことにはなりませんでしたわ」
「おかしいですね。私は私の意志でこの国に来たのに」
「あなたの意志?」
「ええ。聖女の私は、私の意志でここにいるんです。ですから、攻め入る理由にはなりません」
「聖女って、どなたがですか?」
「私です」
「……でしたら、聖女の証拠をお見せください」
「えっ」
それは考えてなかったな。聖女には聖女の証とかあったりするのかな? タトゥーみたいなものがあったり? そういうのゴリラン大司教は教えてくれなかったし。
私が汗をかいて狼狽えていると、キウイ王国の聖女——ええい、キウイ聖女でいいか。キウイ聖女は、見下すような目で笑った。
「あらあら、聖女の証もないのに聖女だなんて……」
「だったら、聖女を誘拐した証拠を見せてください」
「は?」
「なんなら、然るべき機関にお願いして、聖女が存在するか確認してもらいましょうか? 私の嘘が露見したと同時に、そちらの嘘もバレることになりますよ」
「……小賢しいですわね」
「ケイラ、やめなさい」
ジンテール王子の声が聞こえて、私は振り返る。相変わらず、手を伸ばして固まっていたけど、どんな姿もサマになる格好良さである。無駄に顔とスタイルが良いご主人様に、私は笑顔を向けたあと、再びキウイ聖女と向き直る。
ここで退いたら、私の夢は終わる——そんな気がして、退けなかった。
「お互いの嘘がバレたら、国の信用はガタ落ちですよね? だったら、ここは退いていただけないでしょうか」
「あらあら、あなたはこの状況をわかってないようですのね。戦圧してしまえば、聖女のことなんてどうにでもなりますわ。それよりも、ケイラ様——あなたには我が国でやってもらいたいことがありますの。ですから戻ってきてくださいまし」
「やってもらいたいこと?」
「あなたには度胸も才覚もありますわ。ぜひ私の良きパートナーとして、国内の制圧をお願いしたいものです」
「国内の制圧? それってまさか」
「そう、纂逆でしてよ」
「纂逆って、国王を討つってこと? そ、そんなこと、こんなところで言って言い訳!?」
「かまいませんわ。どうせ、聖女の私に逆らえる人間なんていませんもの。それより、私と一緒に来てくださらないかしら? あの方もそれをお望みですわ」
聖女が私に向かって手を差し出した。その慈愛に満ちた笑顔は、とうてい纂逆を目論んでいる顔には見えない。ていうか彼女絶対サイコパスだよね!?
ジンテール王子にペット扱いされるのも困るけど、迷うことはなかった。
「私はどこにも行きません。だって、ジンテール王子のペットですので!」
「まあ、殿方に丸め込まれたのですね。おかわいそうに。私が目を覚まさせて差し上げますわ! みなさん、やっておしまいなさい」
聖女の一言で、控えていた兵士たちが槍や剣を構え始める。剣先はジンテール王子に向いていた。
「ダメ!」
一触即発の雰囲気の中、私は国王や王子たちに背中を向けて手を広げた。
どうしてそんなことをしたのかは自分でもわからないけど、今ここで彼らを守れるのは自分しかいないと——そう確信していた。そして兵士たちがいっせいに掛け声とともになだれ込む中、私は大声を上げた。
「ジンテール殿下、私の首輪を外してください!」
私がジンテール王子に向かって叫ぶと、ジンテール王子は苦しそうな声で告げる。
「だめだ。今は動けないんだ。……魔法が使えない」
「だったら、他に首輪を外す方法はないんですか?」
「キスだ」
「え?」
「全ての魔法はキスで解ける」
その言葉を聞いて、私は迷うことなくジンテールの元に向かった。そしてジンテール王子の唇にそっと触れた。
すると首輪が弾けて消える。
「——よし、外れた!」
それから、私は盛大に歌った。
私のダミ声は効果抜群で、周囲の兵士たちはいっせいに膝を折って、その場でうずくまった。
聖女も顔を歪めて私を見ていた。けど、聖女は長い杖を持ち上げて、呪文を唱えると——広間が光で溢れて、兵士たちが次々と立ち上がる。
「なんて声かしら。これで聖女とはよく言ったものね」
「くっ、無効化されちゃった」
「おやりなさい! 兵士たちよ」
呆然と立っていたその時、目の前に来た兵士が私に向かって剣を振り下ろした。けど、そこにジンテール王子がやってきて、兵士の剣を剣で跳ね飛ばした。
どうやら私の声のおかげで、王子たちが自由に動けるようになったらしい。見ると、グクイエ王子もいつの間にか参戦していた。
「ジンテール殿下!」
「君は国王陛下やグクイエと一緒に逃げろ」
「え? ジンテール殿下はどうするんですか?」
「魔法で時間を稼ぐ。私もすぐに行くから、早くしろ」
私は頷いて、踵を返した。すると、不安そうな顔をしたルーがジンテール王子を見つめていた。
ルーは何が起きているのかわかっていないようだけど、なんて悲しい顔をしているのだろう。
私はグクイエ王子の手を借りて国王をルーに乗せる。そして国王を外に連れていくようにルーにお願いした。ルーがのっしのっしと走り去る中、グクイエ王子は再び剣を抜いた。
「グクイエ殿下?」
「僕も戦ってくる」
「どうして? ジンテール殿下の気持ちを無駄にする気?」
「兄さんを一人で戦わせるなんて、僕にはできないよ」
「大丈夫、ジンテール殿下は一人じゃないわ」
「え?」
「私がいるもの」
どうせ夢なら、私の都合に合わせてもらわなくちゃ。
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