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第一章
15.横暴者
しおりを挟む「我らもここまでか……ジンテール、お前だけでも逃げなさい」
老齢のグレープ国王は、敵兵に囲まれた王座で、傍にいる王子に告げる。
長い平和の中の、予期せぬ急襲とあって、城内は混乱に満ちていた。
それでも抗うつもりでいるジンテールは静かに剣を抜いた。
「いやです。どうして私が逃げなくてはならないのですか、父上。私も最後まで戦いますよ」
「僕は死にたくないけどね」
「グクイエ」
咎めるように名を呼ぶジンテールだったが、グクイエもその場で剣を抜いた。
「だからって、ここで逃げても夢見が悪いよね」
「お前たち、命を粗末にするでない」
国王の言葉も聞かず、剣を構える二人だったが——その時、国王たちを囲んでいたキウイ王国の兵士たちが道を作り始める。
ジンテールとグクイエが顔を見合わせる中、道の向こうから白い装束を纏った女性がゆっくりと歩いてきた。その美しさたるや、同じ生き物とは思えないほどであったが、ジンテールたちは彼女の美しさよりも、そこに現れた意味が気になった。
そして白い装束の女性は、国王に向かって言い放った。
「お初にお目にかかります。グレープ国王陛下」
「そなたは……キウイ王国の聖女か?」
「ええ。わたくしはキウイ王国の聖女、メラニンです」
「この戦は、そなたが企てたことか? 戦を嫌う聖女が、どうしてこのようなことを——」
「我が国の聖女を返していただきにまいりましたの」
「聖女だと?」
「あなたがたは、我が国の大事な聖女を拐かしたでしょう?」
「馬鹿なことを言うな。我が国に聖女がいないことは、周知の事実であろう」
「あくまでとぼけるおつもりですね。でしたら、陛下を人質として連れ帰りますわ。あなたたち、グレープ国王陛下を捕らえなさい」
「待て! 連れていくなら僕を連れていけ!」
国王をかばうようにして前に出たグクイエ。長距離の移動にすら耐えられるかどうかわからない国王の体を気遣ってのことだったが、聖女は首を縦には振らなかった。
「ダメよ。第二王子を捨て駒にされても意味がないもの。やはりここは国王陛下の首を持ち帰らなければ、国を取ったことにはならないわ」
「人質として連れ帰るんじゃなかったのか?」
ジンテールの指摘に、聖女は高らかに笑う。
「この世界には平和条約なるものがありますので、理由もなく攻め入れば、我が国が同盟国に潰されますもの。ですから、聖女が盗まれたという話を作りましたの。今頃周辺諸国には、グレープ王国の悪行が広まっている頃ですわ。この状況なら、聖女奪還のために攻め入ってもおかしくはないでしょう? 聖女が聖女を奪還しにやってくるなんて、美談ですもの」
「どうして我が国を狙った?」
「これはまず手始めですわ。いずれは私があの方のために大陸を掌握しますわ」
「なんと野心に満ちた聖女だ……そなたは本当に聖女なのか?」
「でしたら、その身を以って知るといいですわ。わたくしの力を」
そして聖女が長い杖を掲げた瞬間、城は光に包まれ、グレープ国王も王子も、彼らを守っていた兵士たちも動けなくなる。
「聖なる光……これは間違いなく聖女のものだ」
暴虐な所業を前に、聖女の資質を疑っていたジンテールだったが、キウイ王国の聖女は間違いなく聖女だった。
「こちらにおいでなさい、グレープ国王」
聖女の言葉に従うようにして、前に出る老齢の国王。その足取りはおぼつかないものだったが、決して足を止めようとはしなかった。
ジンテールやグクイエは国王を止めようとするもの、体が動かず、ただ手を伸ばすのがやっとだった。
「父上!」
「無駄よ。この聖なる光を浴びて、私の言うことが聞けない人はいないもの」
再び高らかに笑う聖女だったが——その時だった。
「待ちなさーい!」
のっしのっしと重い地響きとともに聖女の前に滑りこんだのは、巨大カエルの背に乗ったケイラだった。
***
———時間は遡る。
ジンテール王子が王城に向かってから、三時間ほど経った頃。
カエルに乗った私——景ことケイラは、聖女が住むとされる神殿に向かった。盗まれた聖女を返せば戦争がおさまると聞いて、聖女の住処にやってきたのだけど——神殿には聖女の銅像しかなくて、本物の聖女なんて存在しなかった。
「どういうこと? ここに聖女がいるんじゃないの?」
蔦が巻き付いた神殿は、大司教の神殿よりもさらに立派だったけど、中は雑草で荒れ放題だった。
「聖女がいるなら、この場所で保護するはずです。聖域はここしかありませんから」
「聖域って何?」
「聖なる場所です。聖女は清められた場所の方が長く生きられますから」
「そうなの?」
「ええ。ですから、この国には聖女なんていないということです」
「じゃあ、なんでキウイ王国は喧嘩を売ってきたの?」
「戦争の大義名分かもしれませんね。聖女が奪われたとなれば、他国も干渉してこないでしょうし——むしろキウイ王国を助ける方向に進むでしょう」
「そんな……なんて国なの!」
「でもおかしいですね。いくら隣国とはいえ、この国は魔法の国ですから。そう簡単には入ってこられないはずですが」
「どうして?」
「この国には魔法で結界が張ってあるんです。いくら姿を隠す魔法を使っても、結界は突破できるものじゃありませんからね」
「じゃあ、もしかして、この国に手引きした人間がいるとか?」
「そうとしか考えられません」
「その結界は、どうすれば解除できるわけ?」
「解除の呪文があるのです。それは国王の書斎に管理されています」
「管理されるっていうことは、書類なの?」
「いえ、魔導書の類です」
「じゃあ、忍び込めば誰でも読めるってこと?」
「ですが、国王の書斎にそう簡単に忍び込めるものでは……それより、これからどうなさるおつもりですか?」
「聖女がいないんだったら、作るしかないんじゃない?」
「作る、ですって?」
「言ったでしょう? 私が聖女のふりをするのよ」
「なんですって!?」
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