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第二章
19.どこか寂しそうな目をするアナタ
しおりを挟む……どうしてこんなことに?
小説家を目指す、しがない日本のOLだった私——高平景は、気づくと西洋じみた舞踏会にいて、王子様ルックに婚約破棄をつきつけられていた。
なんでも、侯爵令嬢のケイラがキウイ王国の聖女、メラニンとやらを陥れたとか。
でも身に覚えなんてないし、とりあえず歯向かっていたら、あれよあれよという間に国外追放されて——私は馬車で隣国に捨てられた。
しかも、グレープ王国に入ったら入ったで、森の中でいきなり盗賊に狙われて、ピンチになるし。
けど、歌にはちょっと自信がある私は、華麗なるダミ声で見事盗賊をやっつけた、——かと思えば。
なんと! 私のダミ声のせいで盗賊の一人が半狂乱になってしまい、襲われそうになっちゃって。
そこでグレープ王国の王子様、ジンテールが登場し、颯爽と助けてくれたのである。
ただ、そのジンテール王子が曲者だった。彼は私に首輪をつけて王城に連れ帰るという、とんでもない行動に出るんだよね。
それからはグレープ王城でなんだかんだ平和な暮らしを送っていた私だけど……ある日、大司教のいる神殿を訪れたら、突然キウイ聖女がグレープ王城を攻めてきて——盗んだ聖女を返しなさいと言ってきた。
仕方なく私は盗まれた聖女のふりをして敵兵の前に出るのだけど、そこでゴタゴタしながらも敵聖女と戦って、見事勝利するのである。
その後、ケイラの故郷であるキウイ王国に帰ることになった私は、ジンテール王子の恋文(?)を読んだことで、グレープ王国に留まることを選んだ——。
「——ちょっと待ってください」
王城の私室で、ベッドに座りながらこれまでの夢を日記に綴っていると、ふいに、従僕のゴォフが声をかけてきた。
相変わらずマッシュショートでもっさいゴォフは、なぜかプンスカ怒っているのだけど。
もう深夜とあって、寝巻き姿の私の前に堂々と現れるなんて、いくら従僕でも失礼ではなかろうか。
けど、ゴォフの方は私のことを女性と認識していないのか、恥じらいのカケラもない堂々とした様子で告げた。
「私のことが一つも書かれていないじゃないですか」
「え? なんのこと?」
「なんのこと、じゃありませんよ。どうして私のことは日記から省かれているんですか?」
「ああ、そういえば。じゃあ……」
それから私は、ゴォフのことを日記に書き足した。
〝このグレープ王国に来る時、一緒の馬車に乗っていたゴォフ。スーツなのにマッシュショートでもっさい雰囲気が特徴の、私の従僕。
彼はここが小説の世界だというけど、私はまだ信じていない〟——と。
「え? それだけですか? それに、まだ信じていないんですか?」
ゴォフが私の手元を覗き込みながら、ブツクサ文句を言った。
だって、夢の中の登場人物全ての説明するのもナンだし。
私はゴォフの不満そうな顔を横目に、日記を閉じた。
「何度も言いますが、ここは〝王子にざまぁしてラブメテオな悪役令嬢♡〟の小説の中なんです! あなたはその主人公であるケイラ・エノール・ジェルドノラなのですからっ」
「はいはい……本当なら、キウイ王国の王子様を断罪して、聖女メラニンと共に魔王を討伐するはずだったのよね。でも、魔王とか本当にいるわけ?」
「います! この世界で最も凶悪な存在が、今も人心を操って国をのっとらんとしているのです」
「へぇ」
私が耳を小指でほじりながら聞いていると、ほじっている手をゴォフに叩かれた。
「貴族の令嬢らしからぬことはおやめください!」
「はいはい」
私が適当に相槌を打ってベッドに入ると、ゴォフのため息が聞こえた。
————そしてその日、私は夢を見た。
夢の中で夢を見るというのも不思議な体験だけど、こういうことはよくあるのだろうか。
ちなみに今回の夢はこんな感じ。
ウェディングドレスみたいな真っ白な衣装に身を包んだ私は、石造りの巨柱に支えられた神殿を駆け回っていた。後ろには同じような衣装を纏った女の子たちがいて、一生懸命に追いかけてくるのだけど、私は止まらずにそのまま外へと飛び出した。
そして燦々と照らされる太陽の下、森の中をたくさん走って、川のある場所にたどり着く。
すると、そこには王子様ルックの美青年が待っていた。
私の胸が高鳴る中、可愛い顔をした王子様は私を見て微笑む。
そこで私はああ、この人のことが好きなんだ——と実感するのだけど。
誰かに呼ばれる声がして、私は目を覚ましたのだった。
「——ケイラ」
「ハッ」
「目を覚ましたか?」
気づくと私のキングサイズベッドの横には、腕を組んで立つジンテール王子の姿があった。私がキウイ王国に帰ると知って、あんな甘い恋文をくれたというのに、扱いはペットからそんなに変わっておらず。
今日もこうやって私を叩き起こしにやってきたのだ。
私がベッドから身を起こすと、ジンテール王子は無表情で告げる。
「おい、今から狩りに行くぞ」
「ちょっと待って、仮にも淑女の寝室に侵入して——まあ、それは恋人ということで良いとしても、まだ寝巻きすら着替えてない私を狩りに誘うとか、正気ですか?」
「無論、俺はいつだって正気だ」
顔だけは一級品の王子は、不遜な態度で堂々と答えた。
その姿は清々しいほど憎らしくて、反論する気も起きなくなる。
「まあ、今に限ったことじゃないけど、さすがにそろそろ恋人らしい場所に行ったってよくない? だってあれからもう二ヶ月よ?」
「あれからとは、どの時間軸を指しているんだ?」
「もちろん、私に恋文をくれた日から!」
「ああ、そんなこともあったな」
「そんなこともあったな、って……ひどい反応! 出会った頃はあんなに甘い言葉を囁いてきたくせに。——って、もしかして……あの恋文、実はジンテール殿下が書いたわけじゃなかったりする?」
「だったらどうする?」
「うわ、最低。私、あの手紙に感銘を受けてここにいるのに。早まったかも……」
手紙というのは、とてもシンプルな内容で〝出会う前からずっと君のことが好きだった〟という類のものだった。
けど、私が王城に留まる理由はそれでじゅうぶんだった。
生まれてから二十八年間、男性に告白なんてされたことのない私には刺激が強すぎたくらいで。
あっさりジンテール王子に落ちた私だけど、今思えば私ってチョロすぎるのよね。
あ、ちなみに二十八年というのは、現実世界の私の年齢であって、この夢(国)の設定では十八歳らしい。ゴォフいわく、それでも適齢期ギリギリなんだそうだ。
なかなか世知辛い夢である。
「それで、行くのか行かないのか?」
「行くわよ。ルーをここに閉じ込めておくのも可哀想だもの」
ルーとは、ジンテール王子の飼っている巨大なカエルだけど、いつの間にか私は寝食を共にするほど仲良くなっていて、今では私の良き相棒である。
三メートルもある巨体のルーだけに、私の部屋にいると運動不足になるので、時々森の中を一緒に散歩したりするのだけど。
ジンテール王子はそんな事情を知っているので、今回の話を持ちかけてきたのだろう。普通の令嬢なら狩りと聞くだけで血の気が引くらしいけど、私はルーのためなら狩りくらいどうってことないのである。
そんな風に私が狩りに対して肯定的なことを知っているジンテール王子は、口の端を上げて告げる。
「なら、五分で支度しろ」
「あなた、本当に鬼ね」
「〝おに〟とはなんだ?」
「最悪の人外ってこと」
「人外? ……そうかもな」
いつもなら、アンチのように私の言葉に噛みついてくるジンテール王子が、どこか寂しそうな目をして苦笑すると、そのまま寝室を出ていった。
「ジンテール殿下?」
その、いつになく大人しいジンテール王子の心の内など知らない私は、風邪なのかな? くらいに思っていて——まさかその時は、ジンテール王子の悲しい事情など知る由もなかった。
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